届けたいものを作りながら 蓮根農家の道は続いていく。
水をたっぷり張った泥の海からすくい上げると、3節重なった蓮根が顔を出した。泥を落とすと、ふっくらとしたきれいなクリーム色が目に入る。自然豊かな圃場で出迎えてくれたのは、坂本光陽さん・真穂さん夫婦だ。大阪の野菜宅配会社で働いていた光陽さんが、地元である山都町に圃場を持ったのが2014年のこと。会社員時代に有機農業の生産者とのやりとりが多かったことから、食の安全について関心を持ったのが就農のきっかけ。結婚し、家庭をもったことで、「本当に安全な食べものを自分たちでつくろう」と有機農業に参入することを決めた。
山都町は11月下旬以降ぐっと気温が下がる。蓮根は気温が低いと養分を多く根に蓄える性質があり、平野部より気温の低い山間部のほうがおいしい蓮根ができる。有機農家の数は増えているが、実は蓮根農家は坂本さんだけ。「身動きしづらい泥田に浸かりますので、高齢者の方には負担が大きいんですよ。一番寒い時季は氷を割りながら畑に入りますし、かなりの重労働です」。またほかの野菜に比べると周囲の環境整備が大変なため、山都町にはあまり条件が整った圃場がないそうだ。さらに「とりわけサイズが大きく育つわけでもないんです。本当は山都町の特産にしたいと考えているんですが…まずはうちの蓮根のおいしさをお客さんに知ってもらうのが必要かな」と語る。
山都町で有機栽培の蓮根づくりはなかなか難しいのでは?というこちらの心配をよそに、味に絶対の自信を持っている。坂本さんの蓮根は、肉厚でシャキシャキとした歯ざわりが特徴。筋が少なくでんぷん質が多いことから、加熱するとねばりが出て、もちもちとした弾力が生まれるのだ。一番の喜びは、食べた人に「おいしかった」といわれること。そして、「自分たちが食べたいもの、つくりたいものをつくる」こと。いずれは山都町で10品を超える有機野菜を育て、自分たちの食卓とまわりにいる家族の食卓を彩る。それが坂本さん夫婦の最終目標。「夢はでっかくね」と語った真穂さんの、やわらかな言葉が圃場に響いた。