おいしいチーズは 健康な牛を育てるところから
朝5時半。チーズづくりの朝は早い。朝もやのような湯気と湿気が室内を包むなか、もくもくと作業が進んで行く。ふいに「食べてみますか?」と、差し出されたモッツァレラチーズ。まだほんのりと温かい。プルンとした弾力とともに、口いっぱいにミルクの優しい風味が広がる。「このおいしさが味わえるのは、作りたてだけなんですよ」。そう教えてくれたのは、和利さんの息子の誠朗さんだ。本格的に父を手伝い始めて4年。チーズづくりの現場を先導する若き担い手だ。
「おいしいチーズをつくるには、原料の生乳が大事」と誠朗さんはいう。朝夕2回搾乳された生乳は、牛舎と隣接する工房へと運ばれ、新鮮なうちにチーズやヨーグルトなどの乳製品へと加工される。
農場にはホルスタインとブラウンスイスの2種類の牛が約30頭おり、これらの生乳を混合させてチーズをつくる。牛のエサは牧草主体。腸内環境が整い健康状態を良好に保つことができ、脂肪分やタンパク質の高い、濃い成分の生乳ができるからだ。飲む水は、牧場から2.6キロメートル離れた国有林から引いたもの。天然鉱山でろ過される地下水脈から湧き出た清浄な水だ。牛舎にはふかふかしたカンナくずを敷く。牛のストレスを軽減し、腹部を保護する役割も果たす。
牛は生きもの。その日の体調や気温によって生乳の状態も変化する。誠朗さんが生乳に乳酸菌を加えて分離させる過程は、まるで生きた命と対話をするようだった。ゆっくりとゆっくりと、かき混ぜるその手先に全神経を集中させるようにして状態を見極める。乳酸菌の力を借りて、生乳があらたな形状へと変化していく。決められた時間はあくまで目安だった。最後は人の勘が決める。良しと思ったら次の工程に移る。そうやって日々、牛や生乳と向き合いながらチーズをつくる。