2014.07.10 up
二話 日々のものづくり
木工製品以外に、店舗の改装も手がけている村上さん。最初に手がけたのは、ここ、村上レシピだ。
「自然のそばで暮らしたい」という想いを持っていた村上さんがこの古民家に越してきたのは15年ほど前。たまたま車で通りかかった際に見つけた空き家に一目惚れしたのがきっかけだった。運良く家を借りられたものの、築年数すら不明だった空き家。実際に住み始めるにはそれなりに手を加える必要があったそう。
土間の壁に貼ってあったタイルや広間の畳をはずして床に張り替え、建て付けが悪くてガタガタだった窓は修繕した。汲取式のトイレや昔ながらのタイル貼りの洗面台は残しつつ、蛇口などの細かい器具は自分で選んだものを取り付けた。
「古い家の良さは残したかった。どこまでいっても完成とは言えないけれど、自分の手でコツコツ改装しました。寝袋持参で寝泊まりしてたなあ」と、自然と表情がゆるむ。
築年数不明だったという住まいの一部を改築したアトリエの入り口。村上さんの家具が庭に溶け込むように並ぶ。
家の前に広がるのは小さな棚田。
暮らしはさらにシンプルな方向へ。できるだけ環境への負荷が少ない生活を心がけるようになった。空調設備がなかった居間には、電気に頼らなくてもいいように薪ストーブを設置。道を隔てた向こう側の畑では、季節の野菜を家族が食べられる分だけ育てている。春になると、庭に置かれた手づくりの養蜂箱はミツバチでいっぱいだ。必要なものを“お金で買う”ことでまかなうのではなく、周囲の人や自然と助け合う暮らし。
「かといって、電気が悪いとかネットは使わないとか、便利さを否定するつもりはないんです。自分もネットで買い物とかしますし。そうではなくて、自分の暮らしに“無理”が生じるのが嫌なのかもしれません。だから、「こうしたら人が喜ぶかも」とか「もっと作ってもっと稼がなくちゃ」とかは、あんまり考えられないんですよ。自分ができるペースで、自分が思いつくままにしか作れない。それって職人としてどうなのかとも思いますけど」。恐縮して話す村上さんだが、表情からは、関わる人たちが幸せになればという想いがひしひしとにじみ出ている。
取材の日、ご近所からいただいたというタケノコを薪ストーブでアクを抜く奥さまにご挨拶。「もう少し時間があればお分けするんですが」と恐縮された。お裾分けをお裾分けできる暮らし、いいなあ。
永く、気持ちよく、人に役に立つものづくりを
こうした日常の一部に、村上さんのものづくりがあるからだろう。その正直な生き方は、丹念に作られた作品を見ても伝わってくる。
改装の経験もほとんどなかった村上さんが14年ほど前に手がけたカフェ「ふら」(福岡市平尾)も、そのひとつ。
ツタで半分隠れた木の扉をゆっくり開けると、こじんまりとしたスペースの奥には小さなキッチンが備え付けられ、窓から見える緑とその隙間から漏れる優しい陽射しが目に飛び込んでくる。もともと古い民家だった物件を、村上さんは一人で、自然な素朴さを兼ね備えたカフェに作り上げた。
「毎日夕暮れになるとポッと明かりを灯して、愚痴ひとつこぼさずに黙々と作業に没頭する彼の姿を今でも忘れられない」と話すのは、オーナーの平野千絵子さん。麻衣さんのお母さんだ。駆け出しの村上さんに「この人だったら間違いない」と店舗改装をお願いした。
そんな「ふら」も、今や隠れ家的カフェのはしりとして、知る人ぞ知る名店となっている。
ツタの見える窓が印象的な「ふら」の店内。当時店内に置かれていた村上さんの家具は売れてしまって今はほとんど残されていないのだとか。
市街地のそばとは思えないほど風情溢れる一画にある「ふら」。古い民家だった建物の壁にはツタが茂り、ナンキンハゼの大きな木が店を覆うように生える。2階には雑貨店「枇杷」もあり、村上さんの作った木工製品も販売されている。
店の名前がわかりづらいからと表札も手づくり。「村上さんが何にも言わずに作って掛けてくれてたの」。村上さんの人柄が溢れるエピソードを、千絵子さんが嬉しそうに話してくれた。
自然とともに暮らすこと。無理なく暮らすこと。気づいたら大切なものになっていたと思ってもらえるものをつくること。村上さんはひとつひとつ、着実に叶えてきた。
「それでもまだまだ」と村上さんは言う。「木工でも改装でも、永く、気持ちよく、人に役に立つものを作りたいですねえ」と。
手に取る作品には、村上さんのものづくりと生き方の哲学が込められている。