やました農園土づくり奮闘記

「菌の力を信じる」。これぞ、いちごの無農薬栽培に挑戦するやました農園の真骨頂!

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「菌の力を信じる」。これぞ、いちごの無農薬栽培に挑戦するやました農園の真骨頂!

「梅雨が乗り切れるかが、ひとつの大きなポイントだね」と言っていたマナブさん。そしていよいよ、その梅雨がついに明けて、畑を覗きに行くことにしました。「梅雨の最、“緑の絨毯”だった畑はだんだん色が褪せていって、枯葉になって茶色に変わっていったんですよ。もう気が気じゃなかったです」とマナミさん。機械トラブルなどさまざまありながらも、土作りは順調に進んでいたはずが…。前回の取材から1ヶ月半、やました農園は本当に万事休すなのか!?

畑がキャパオーバーで、葉っぱが見るも無惨な姿に

真夜中と朝の狭間。群青色の空が、鮮やかな瑠璃色に変わる午前5時。布団のなかで目をこすりながら思うのは、山下夫妻のこと。ムンとした熱気と目覚まし時計のように蝉が鳴き始めるこの時間帯に、せっせと畑仕事を始める準備をしているのです。真夏の二人の作業は、早朝6時から10時すぎまでの『朝の部』と、地獄のような暑さが少し落ち着いた16時から20時頃までの『夕方の部』に分けられています。取材に伺ったのは、朝の作業が終わった正午前。ギラギラと輝く太陽は体力を容赦なく奪い、数分立っているだけでも軽いめまいがするほど。温度計は、34℃を指している。まずは、マナミさんの言う“梅雨のへこんだ話”を室内で伺うことになりました。

部屋に入ると愛猫のハナちゃんが、すりすりと足下に寄ってきます。こんにちは、と挨拶はほどほどに、ニャーと鳴いてマナミさんの足下へ。「土作りからチャレンジした今年、ちょくちょく壁にぶつかっているけど、これはまた別格に厳しいですね。梅雨の合間に、いちごの苗がみるみる弱っていくんですもん。畑をみたら一目瞭然!前回取材に来てもらった5月末の畑の様子と比べると、見るも無惨な姿になっていいます」。ぽつりと言葉を発したマナミさんは、午前の作業の疲れもあってか、ため息まじり。

疲れている様子のマナミさんを横に説明を始めたのは、マナブさん。「原因はいくつもあるけれど一番の原因は、畑のキャパオーバーによって起きた土の栄養不足だと思う。今年は土作りからの初めてのチャレンジで不安もあって、通常は50センチ間隔で植えるものをランナー(つる)が出なかった時のことを考え、その半分の間隔で、つまりいつもの倍の親株を植えたんだ。計画ではランナーがたくさん出たら、半分間引きをして通常の数に整える予定だったんだよね。だけど梅雨に入る前の畑は、青々としていて(以下の写真参照)想像以上に元気に育っている様子を見て、このままいこうと」。
「元気ないちごの株をバサバサ抜くのが忍びないと、私が強く主張しまして…」と申し訳なさそうにつぶやくマナミさん。

【5月下旬に取材した時の畑の様子】

本人たちの考えていたこととは裏腹に、畑はキャパオーバーの状態になったまま、梅雨が到来。その時の畑の様子をマナブさんはこう振り返ります。「強い雨が打ち付けた後に、急にギラギラの太陽が出たと思えば、またザーザー雨が降る。この繰り返しが栄養不足の苗にとっては、かなり過酷な状況だったと思う。これはマズイと気づいた時には、ランナーがあまりにもいっぱいで複雑に絡み合っていた。そんな状態の株を、しかも雨でグズグズの畑に足を踏み入れて間引きすると、いちごに深刻なダメージを与えると考えて間引きは断念したんだ。追肥をしたりとフォローはしたものの、根本的な策はなくて、弱っている葉っぱは太陽の日に負けてパサパサ。やけどのような跡や黒い斑点もある。かなり厳しい状況だと思う」。

目の前でどんどん力を失っていくいちごの苗。二人にとって畑は子どものように育てている大切なものであり、まる一年栽培を止めて一念発起して土作りからスタートしたこともあって、心に迫ってくる不安は計り知れないものだったと思います。

「反省点はいくつもあって、どの選択が正解だったかは正直わからないです。例えば、梅雨の真っ只中でも間引きした方がよかったかもしれない。間引きしないにしても、ケアの方法は他にもあったんじゃないかと…。私たちの力が及ばず、いちごに申し訳ないことをしました。ん〜、悩みは尽きんとです!」と、当時の迷いや反省の想いをマナミさんが語ってくださいました。

「菌の力を信じている」。これぞ、やました農園の真骨頂!

そうこうしていると時間はすでに15時を回り、夕方の作業の時間に合わせて畑に向かうと…。ふたりの言う通り、葉っぱは見るも無惨な痛々しい姿に。これまで様々な困難やトラブルはあったものの、苗の直接的なダメージを見て何も知らない素人は、たくさんの不安がよぎりました。

これまでの努力がパーになるの?病原菌に侵されているの?いちごは実らないの?そんな想いをぶつけると…。

「葉っぱの斑点は、いちご栽培の大敵として知られる『葉炭そ病(はたんそびょう)』を疑うのだけど、根っこを見ると白くて代謝も良さそうだし、新しく出てきている葉を見ると、青々としたものが生まれているから大丈夫だと思う。梅雨時期は、どうなることかと思ったけどね」とマナブさん。聞けば、農家さんによっては葉っぱの斑点が少し出ただけでも、葉炭そ病を疑って「絶対に病原菌を入れない!」と排除してしまうこともあるのだとか。

「土の中には、無数の菌がいるんです。たとえ病原菌がいたとしても、土のなかで優勢にならなければいいんですね。害になりそうな菌を完全に排除しようとするのではなくて、有用菌が元気になる環境をできるだけ整えることが、私たちの一番大事な仕事だと思っています。そのために微生物のご飯を入れたり、水はけをよくしたり、土が乾燥しすぎないようにしたり…」とマナミさん。

そんな話を聞きながらふと思い浮かんだのが、人が風邪をひいた時のこと。たとえば、微熱が出ただけですぐ病院に行く人もいれば、ゆっくり休んで様子を見ながらセルフケアで治そうとする人もいる。どちらも“風邪を治す方法”としては同じで、ただ、やました農園は苗の力を信じて、農薬を入れずに有機肥料だけで育てようとしているだけなのです。

「熱が出た時は、体が病原菌と戦っているサインなので、これを間髪入れずに薬で下げてしまうと逆に症状を長引かせたり、根本的な問題を改善できないこともあるでしょう。もちろん、状況によっては病院にいくことも必要だけど、できるだけ免疫力を高めたいですよね。人間もいちごも。なのでここは、いちごちゃんには基本的に自力でがんばってもらいます。もちろん、ケアはさせていただきますよー。がんばって〜とか声かけしたりしつつ、やました農園的なケアを」と、くよくよしていた二人はもういません。

これで後ろ向きになって農薬を入れると意味がない。状況を冷静に見極めて、前向きに進んでいく。けれども判断を誤れば、畑全体が病気に襲われて大惨事にもなる。それは、踏み絵をするような究極の選択。もしかしたらこんなトラブルが起きた時が『無農薬栽培にチャレンジするか、諦めるか』の分かれ道なのかもしれない。今回は、本当の意味でのやました農園の強い決意を改めて感じた一日でした。

【本日の作業は『苗切り』】

葉っぱが3枚ぐらいになるように余分なものを切り落としたり、根っこを身近くしたりと、ひとつひとつ整えていくマナミさん。太陽が照りつけるなか何千本の苗にハサミを入れていきます。手伝いを少ししただけでも、汗が吹き出てくるこの仕事は、夜まで続くそうです。「農家の仕事は大変だ」とはよく言いますが、現場を訪れると本当の意味での辛さがよくわかりました。スーパーには平然と野菜や果物が並ぶのですが、こういった日々の苦労を目の当たりにすると、改めて農家の方々への感謝の気持ちが生まれます。

(写真/文 ミキナオコ)

【予告】9月のイチゴ(15)の日は…?!人の腸内に住む100兆匹以上の菌ちゃんと上手に付き合うコツは「土づくり」にヒントがある!? 『やました農園日記 vol.4』後編です!


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