やました農園土づくり奮闘記

春うらら!マナブ実験室

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春うらら!マナブ実験室

山下マナブさんと話していると、そのメガネ姿が時々〝先生〟に見えてくる時がある。奥が深い農業の話を素人のこちら側の目線にぐっと下げて、わかりやすい言葉で伝えてくださる。とても勉強熱心なのだけれども、超真面目なガリ勉タイプではなくて、面白いと思ったことを純粋に本気でやってしまう子どもみたい。もしかしたら、〝勉強〟より〝冒険〟とか〝探検〟という言葉がしっくりくるのかもしれない。今回は、そんなマナブさんが土作りのためにせっせと行っている研究のお話。春のうららかな陽気に誘われ、いざ、マナブ実験室へ出発!

休業したからこそ、できること。

河原の土手には黄色い菜の花の絨毯。桜は、今だとばかりに美しい姿を披露し始めた頃…。春はいちごのベストシーズン。「フェイスブックで他の農家の方が収穫したいちごを載せていたり、いちご狩りの様子を見たらやっぱりちょっと羨ましいなぁと思ったりするよ!」とマナブさん。「スーパーでいちごが並んでいると、キュゥゥーンってへこみます。なんか、こう…。キュウウゥ−ンってなるんです」。二ヶ月ぶりに再会したやました農園のご夫婦。独特の言葉で感情を表現するマナミさん。それをクールに聞き流したり、時に突っ込みを入れるマナブさん。久々にお会いしたおふたりは、相も変わらず健在です。

マナブ実験室に向かうべく車に乗り、のどかな田園風景を辿って到着したのは、元々農業高校だった場所を再利用して開校した大人のための農業学校『アグリガーデンスクール&アカデミー』です。現在、この学校に通っているマナブさんは、ビニールハウスの一角を借りて実験を行っています。微生物の力を借りて手作りした肥料の管理をしたり、土に混ぜ込む素材の配合を観察したりと研究内容はさまざま。「いちご作りは、年に一度の大勝負だから失敗はしたくない。しかも、今年は土作りから始めるので不安もいっぱいだったけど、実際に自分の畑に植える本番前にこういった時間が取れたのは、休業したからこそだねぇ」。

ビニールハウスに足を踏み入れると、太陽が強く照りつけ、湿気を帯びた空気が肌にまとわりつきます。マナブさんがまず足を運んだのは、ポットにラディッシュを植えているブース。ハート型の葉っぱと土から覗いた赤い頭。愛らしい姿が目に飛び込んできました。

「これは子株をポットで育てる時の実験。土に混ぜる材料をいろいろ変えて経過を見てるんよ」とマナブさん。発酵させた籾殻を土に混ぜていちごの代用としてラディッシュを植え、発育状況を観察。土と籾殻の割合を変えたものを数パターン用意し、経過を見ます。素人目に見ると、実が土から元気よく出ているものをひいき目に見てしまいがちですが、比較対象は他にもあるようです。

その比較対象のひとつが“根っこ”です。
「根は、発育の様子が一目で分かるバロメーター。たとえば、根が古くなると茶色くなるけど、ずっと白い状態のものは細胞が作り続けられている証拠なの。人間で言うと新陳代謝がいい状態。同じ環境で育てていても、土と籾殻の配分を変えるだけで、こんなに違いが出るんだよ」。たしかに色もさることながら、根が綿密に詰まっているもの、動脈のように強く堂々と息づいているものなど個性豊か。本来いちごは春に旬を迎えますが、クリスマスやお正月がある年末年始に出荷できるように逆算して、土と籾殻の配合を考慮したり、肥料を与えるタイミングを検討したりするそうです。

マナブさんがラディッシュに水を与えはじめました。「単に給水するのではなく、水のはけ方もチェックしてるんよ。今回僕が目指している土は、打ち付けるような強い雨が降っても耐えられるような水はけがよいもの。土のなかの水がはけないと、根腐れを起こすからね」。

今日も元気な〝菌ちゃん〟たち

マナブ実験室の中でも一際目につくものがあります。それは、黄色いポリバケツに入った〝ぼかし肥料〟のブース。ぼかし肥料とは、有機肥料を微生物によって発酵させた肥料のこと。やました農園の場合は、焼酎の搾りかす(液体)などをベースに、米糠や菜種油の油かすなどを混ぜて発酵させ、手作りしています。

中を見せてもらうと糠床を開けた時のような甘酸っぱい香り。まだ菌が若いせいか、フルーティーで爽やかな香りが漂ってきました。ふわっと周囲に漂う芳醇な香りに癒されながら、ふと気づいたことがあります。籾殻に菜種の油かすに、米糠。酵母菌も焼酎や日本酒が原料となるもの…。そうなんです、今年やました農園が土作りに使う肥料は全て植物由来のもの。しかも地元であるちくご地域の農家さんや酒屋さんに協力をあおいで、材料を集めたそう。
「たとえば“焼酎かす”は、栄養価も高くて有用菌の塊のようなもの。実際のところは廃棄物としてお金を払ってまで捨てられているけど、僕たちにとっては大事な土作りの素材のひとつであり、まさに宝の山。捨てられるものこそ、捨てるものがないんだよ!」とマナブさんは嬉しそう。しかも、肥料で使っている材料のどれもが信頼のおける事業者さんのものばかりだと言います。出所がはっきりしていて安心できる素材を使うことを大事にしているのは、やました農園の旗ふり役であるマナミさんの強い想いから。「私たちが毎日口にする食べ物が、その人の血となり肉となるのと一緒だと思うんです。だから、いちごの養分となる土作りの肥料もないがしろにできません。作り手の顔が見えるものを使いたい」。

環境にもやさしくて、肥料にまでとことん心を配る農業。「すごい取り組みですね!」とこちらが言葉をかけると「イヤイヤ、そんな大げさな話じゃないんです!あははは〜」と、それまで真剣に語っていたマナミさんがいつもの陽気なマナミさんに(マナミさんは照れ屋さんなのです)。

発酵という昔からの知恵を使い、身の回りのものを循環させながら、安心で安全な食べ物を作ること。それは、経済性や利便性を重視した私たちがいつの間にか忘れてしまった「当たり前」だったのかもしれません。つい好奇に見てしまう『無農薬栽培』には、暮らしの原点に戻ろうというメッセージが込められているのではないか。そんなふうに思えてくるのです。いつかおふたりが口を揃えて言っていました。無農薬がふつうになる社会になるといい、と。「私も畑を借りて、山下さんたちのような方法で自分の家の野菜を作ってみたいです」。取材後にこんな相談をすると、ふたりはしめしめと笑っていました。

取材・撮影・文/ミキナオコ

5月のイチゴ(15)の日…は!?やました農園の〝カミさん〟による、やました農園日記 vol.2です!

「今年は、いちごを売らないでどうやって生活するの?」。「マナブさんって、どんな人?」。「土作り、実は順調なの?どうなの?」…。といった、やました農園の裏事情を山下マナミさんがさくっと紹介します!


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