日々のてまひまの日々

吉田さんと工房まるが歩む日々〜前編〜

日々のてまひま」を語るときに欠かせないのが、福岡市南区にある福祉施設「工房まる」の存在。(詳しくは第一話
今回は、「工房まる」の施設長である吉田さんが抱いている施設や福祉への想いと、創作活動に勤しむメンバー達の日々をまるっとお伝えします。

障害に関係なく 集い交じり合う多くの人の 日常でありたい

朝一番は、みんな一緒にストレッチ体操。

工房まるにお邪魔する日は晴天率が高い。木の温もりが心地いい工房内は、やわらかな春の光がいっぱいに溢れていた。部屋のあちこちに絵やクラフト、陶器などの作品がセンス良く並べられ、楽しげな会話や陽気な笑い声が絶え間なく耳に入ってくる。はじめての訪問時には戸惑う場面もあったが、時間を重ねるごとに「また行ってみたい」「もうちょっとおしゃべりしたい」となんだか気になる存在に。行けば行くほど味のある、魅力的な空間なのだ。

給食の時間はテンションも上がって、ワイワイ賑やか。

机に置かれた小さな観葉植物が、カラフルに幾何学的に描かれていく。

乾燥中だったり作業待ちだったり…棚一面に生産中の陶器がずらり。

罪悪感と戸惑いからのスタート

工房まるの施設長である吉田さんが、はじめて福祉の世界に足を踏み入れたのが大学4期生の時。写真学科を専攻していた吉田さんは、卒業制作として「障害のある人」をテーマに選んだ。「自分の自己主張のなさに悶々としていた時があって。言葉を発せない人や言語障害のある人たちは、どうやって自己表現しているんだろう?ってふと思ったんです」。

小学校時代の恩師を通じ、特別支援学校のドキュメンタリー写真を撮ることになったが、吉田さんを迎えてくれたのは今まで出会ったことのないような障害を持つ生徒達。「それまでの僕は、街中で障害者に出会うとギョッと固まってしまう方だった。こんな感覚を持っている自分は福祉には関われない、悪い人間だという思いがあって」。障害者のために「何かしなければ」と気持ちだけが焦り、どう接していいのかが分からない。行くたびに疲れていく自分に気が付いたという。「先生の真似事をしていたんだから、そりゃ疲れますよね」。

「人と人」のシンプルな交わりを求めて

写真だけに集中しようと気持ちを切り替え、ひたすら撮り続けるうちに「カメラぶらさげたお兄ちゃん」として生徒から認識されるようになってきた。カメラに興味を持つ子や、吉田さんの手に触れる子も現れ、言葉はなくても、お互いの距離が少しずつ縮んでいくのを感じたという。「写真という自分ならではの表現を通じて彼らとコミュニケーションがとれたことがすごい衝撃でした。そして、ゆっくり理解し合えばいいんだと気がついたんです」。この経験をきっかけに、福祉の世界にどんどん惹き込まれていった。

次第に吉田さんは、「ここには障害のある人がたくさんいるのに、街中であまり見かけないのはなぜだろう」という疑問を感じはじめた。障害者だけが集められ囲われていることに違和感を抱くようになってきたという。「僕がそれまで生きてきた環境には、障害者と接する場所も機会も時間の積み重ねもなかった。差別とか偏見って、〝相手をよく知らない〟がゆえに起こりがちですよね。小さい頃から一緒に過ごしていれば、障害者は日常的で当たり前の存在になっていくんじゃないか。障害のある人とない人を分けるのではなく、お互いに交わっていけば世の中は変わっていくんじゃないかと思ったんです」。

その想いは、20年以上の時を経た今も、工房まるの原点として息づいている。

素朴なフォトフレームに飾られているのは、工房まるの売れっ子アーティストHIROKIさんの代表作。

目は見えないが耳はピカイチのまさしさんが、見学者と一緒につくる鈴「おとたま」。

かなり細い紐状の粘土を、気が遠くなるほど積み重ねて作られた繊細なカップ。

障害のあるなしで区切らない、開かれた空間

工房まるはとにかく来客が多い。メンバー(利用者)さん達もお客さんには慣れたもので、時には空気のように、時には親友のように接してくれる。そんな工房まるの心地よさに取りつかれ、足繁く通うファンたちが繋がっていく。そこから数々のイベントやコラボレーションの企画が生まれ、外へと広がる。

木工、陶芸、絵画と3つのグループに分かれて創作活動をしているメンバー達は、イベントや自らの作品を通して社会とどんどん繋がっている。同じ時間やモノを共有することで、障害のあるなしを越えた交わりが自然と生まれていくのだ。

アートイベントではメンバーによる似顔絵コーナーを開催。

書店やカフェ、雑貨店など異業種をどんどん巻き込むイベントを仕掛けている。

「いろんな人が出入りする公民館みたいな施設になることが当初の目標でした」。と吉田さん。「障害者として一括りにされるのではなく、ひとり一人の個性をみてもらいたい。そのために、魅力的な空間づくりと商品づくり、ここにいるメンバーひとり一人の魅力づくりをすることが僕らの仕事なのです」。

工房まるの創作活動も社会との関わりづくりのツールのひとつ。「同じ磨く、切る、色を塗るという作業でも、初めのデザインさえしっかりしてればいいものが作れる。あえて『買ってください』と言わなくても買ってもらえるはずです」。制約のある作業の中でいかに個性を生かし、良いものを作れるかが、常に課題だという。絵を描くことが好きな人もいれば、ひたすら木を磨く人、細かな作業が得意な人もいる。刻々と身体の状態も変化していくため、臨機応変に対応しなければいけない。メンバーひとり一人の“できること”を追求し、角度を変えてアイディアを出し合う。その結果が、現在の魅力的なモノづくりに繋がっているようだ。

型の中に陶土を入れてポンポン叩くうちに、豆皿の形ができあがっていく。

木のボールを転がして平皿を作るのは、メンバー自らが考案した製法。

絵画チームの使う画材は様々。それぞれ思い思いに絵を完成させていく。

手の力がなくてもしっかりと握ることができる工夫が。

福祉のジレンマ

「僕らが本来やるべき仕事は、メンバー達の日常や将来をより豊かにすること。日常生活の介助はもちろん、医療的なケアやひとり一人のメンバーに対する細かい配慮が必要とされています。それに加えて、商品の企画・営業・販売すべてをこなすのは至難の業。メンバーの健康面で問題が起きると、必然的に作業や商売は二の次になる。福祉的な部分とビジネス的な部分の両立が非常に難しいですね」。

精力的に活動の場を広げているようにみえても、やはり福祉施設特有の悩みを抱えていた。吉田さんも「日々のてまひま」のこれからの仕事ぶりには大いに関心を寄せてくれている。

「福祉施設は商品の発信力が弱くて売り方も下手くそ。苦手なことがたくさんあります。そこに『日々のてまひま』が絡むことで、今まで福祉のことを知り得なかった人たちにまで層が広がり、どんどん交わってもらえたらと思います」。

終始穏やかな表情で、ひとつひとつ丁寧に言葉を探しながら取材に応じてくださった吉田さん。優しい笑顔の中に、静かに燃え続ける情熱を感じた。


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