コトバナ

暮らしと仕事の良い関係。 “私サイズ”で身の丈ブランディング 〜後編〜

VOL.011 「暮らしと仕事の良い関係。 “私サイズ”で身の丈ブランディング」

2015.05.21(木)

共感してくれる人との出会い

三迫 そういったライフスタイルを実践して、外に発信していくことから、新しい仕事も派生してきているんですよね。

前崎 はい。例えば、蒜山耕藝ひるぜんこうげいさんは、震災と原発事故をきっかけに千葉から岡山に移住した方たちで、僕のサイトと仕事のスタンスを見てくれて、相談を受けました。初年度は費用もあまりかけられなかったので、「食べたいものをつくる」というシンプルなコピーのもとに、彼らの生き方や価値観を伝えていくことに徹しました。2年目からはデザインに力を入れて、ゴム印やパッケージをつくり、3年目にはサイトもリニューアルしました。台所と作業場と食卓を兼ねたスペース「くど」の運営も始まり、人々が交流する場所ができあがってきています。

三迫 楽しそうに食卓を囲んでいる姿が、印象的ですね。

前崎 「食」は年齢も性別も肩書きも関係なく、おいしいものはおいしいと皆で楽しめるので、人を集めるには最適のテーマですね。

三迫 『紙漉思考室』さんも前崎さんが関わってらっしゃるお仕事ですよね?

前崎 ええ。前田君という学生時代の同級生がやっている工房なんです。高知で和紙づくりの修行をした後、独立。知恵や技術は素晴らしいものを持っているのに、それを発揮できるような仕事がなかなかできないことにジレンマを感じて、僕に相談してくれました。そこで、商品そのものを宣伝するのではなく、建築家やデザイナーなど、表現活動をする人に向けての技術のアピールから始めました。社名もわかりやすく「紙漉思考室」へと変更したんです。京都で開いた展示会「ミエルかみ」では、前田君の和紙を素材に、美術家や料理家(コトバナvol.002でも登壇いただいた井口和泉さん)の方々に作品を作っていただきました。

三迫 僕も先日伺ってきましたが、和紙の潜在的な魅力が引き出された素晴らしい展示でしたね。


京都丹波ギャラリー白田で開催された「ミエルかみ」の様子。かみについて4人の表現者が思い描き、それを紙漉思考室 の前田さんが漉くという実験的な展示でもあった。

働き方を、ともに考えサポートする。

三迫 長く関係を続けていくために、意識していることはありますか?

前崎 定期的に会うことですね。関係を深められそうな時や、依頼主自身が課題を把握できていない時には、「定期的にブランド会議を開きませんか」という提案もします。納品してからでないとギャラが発生しないような案件の場合は、会議を開くこと自体にお金をいただき、お互いに仕事として継続しやすい形にしていきます。僕の場合、制作物を納品することより、その前の相談からコンセプトワークが始まっていきますから。

三迫 依頼主と一緒に進めていくイメージですね。

前崎 そうですね。無理なことを要求するのも、高すぎる目標を立てるのもよくないと思っています。売上の目標も、私からはあまり提案しません。その人らしい働き方や生き方を、一緒に考えていきたいんです。

三迫 人を集めた講座なども計画されているんですよね?

前崎 技術がありながら先が見えにくい業界の二代目や三代目人たちと一緒に、今後を作っていく活動ができたらと思って。

三迫 なるほど。こうして見ていくと、本当に従来のデザイナーの枠に収まらない広範囲の活動をされていますよね。前崎さんが仕事において一番大切にしているのは、どんなことでしょうか?

前崎 やはり、パートナーとしての信頼関係をいかに築くか、ということですね。震災以降、利益や効率を優先し過ぎたビジネススタイルに多くの人が疑問を持って、信頼できる人との繋がりの場を求めていますよね。デザインも同じで、時間も予算もなく、インスタントに仕上げることだけを求められても、それはいい仕事にはならないし、お互いに疲弊していってしまいます。カタチにするだけなら、若くてセンスのいいデザイナーがたくさん出てくるので、いくらでも替えがきいてしまうんです。そうではなく、パートナーシップを築いて、依頼主の「本当はこうしたい」を形にし、事業が継続できるようにサポートしていく。そこで初めて、ゆるぎない、力強いデザインができるのではないかと。

三迫 その信頼関係を築くために、情報発信もあるわけですね。

前崎 そうですね。僕の情報発信は、趣味ではなく、すべて人と出会うための取り組みとして意識的にやっていることです。自分の生活や暮らしの場、仕事を発信し、知ってもらうことでコミュニケーションを深めて、人と人が出会い、一緒に何かをできる場所を作っていきたいですね。


遊びに来たいという人がいれば、なるべく応じるようにしている前崎さん。「人が集まれば、必ず僕が知らない知恵を持っている人がいるので、それが楽しくて」
ゲストに聞きたいコト

満席近い会場から、多くの質問が飛び出しました

質問1 嫌いな人や苦手な人はいますか? そういう人たちと、どう付き合っていますか?

前崎 僕も人間なので好き嫌いはありますよ(笑)。どうしても苦手な人と会わないといけない時には、極力笑顔でいるように心掛けています。笑顔は伝染するので、こちらがしつこく笑顔でいれば、相手も心がほぐれていくのではないでしょうか。

質問2 家づくりや田舎暮らしは原始的なのに対して、デザインは先進的なものというイメージなのですが、前崎さんの中ではどう繋がっているのでしょうか。

前崎 パソコンが登場する前までは、デザインも方眼紙とトレーシングペーパーを使う、人の手がいっぱい込められているものでしたから、デザインも本来は原始的なものだと思いますよ。パソコンの恩恵は大きいのですが、自分の手を動かして考えることが少なくなることで失うものもあるので、その点は気をつけたいと思います。

質問3 前崎さんのお父様は書道家ですが、お父様や書道の経験に影響を受けていることはありますか?

前崎 僕は熱心に書道を習ったわけではないのですが、父の作品はいつも身近にあったので、染み付いたものはあると思います。父の自由な書には、影響を受けているでしょうね。アートとデザインの違いは、アートが自分に問いかけるのに対して、デザインは社会に問いかけるもの、と考えています。最近はデザイン寄りの活動が多かったのですが、これからは書や絵を書くことやアートの活動も充実させたいです。

コトバナ編集後記

ブログやSNSの面白さは、情報が更新されるごとに、その人の見たものや気持ちの動きを追体験できるような感覚にあるのではないでしょうか。前崎さんの宿借日記を読んでいると、行ったことのないその家に、勝手な愛着を感じてしまうほど。「ブランディングは子育てに似ている」との言葉通り、長い時間をかけて変化していきながら、ともに成長できる、そんな仕事や暮らし方ができたら、素晴らしいことですね。(佐藤)

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