コトバナ

暮らしと仕事の良い関係。 “私サイズ”で身の丈ブランディング 〜前編〜

VOL.011 「暮らしと仕事の良い関係。 “私サイズ”で身の丈ブランディング」

2015.05.20(水)

新しいライフスタイルや面白いコトの実践を通して、いまの時代をいきいきと生きる魅力的な方々を招いたトークイベント「コトバナ」。今回のテーマは、「暮らしと仕事の良い関係。 “私サイズ”で身の丈ブランディング」です。ゲストは、ブランディング・ディレクターとして川上から川下までさまざまなブランドのコンセプトワークを受け持ちながら、ご自身も築150年の屋敷に暮らし、生活や生き方そのものをデザインする前崎成一さん。これまでの活動やこれからの暮らしと仕事のあり方を、会場の皆さんと一緒に考えました。

モデレーター 三迫太郎
1980年北九州生まれ。アート・デザイン・暮らしに関わるデザインの仕事と平行して、ひとりwebマガジン「taromagazine」、「prefab」の運営など、街と人を繋ぐメディアの在り方について試行錯誤中。
ゲスト ブランディング・ディレクター 前崎成一
1978年福岡県生まれ。「デザインは友を呼ぶ」をテーマに、その人らしい在り方や働き方を共に考え、出会うべき人に出会える姿にしていくブランディング・ディレクター。2013年より、広大な森付きの築150年の古屋敷で宿借生活を始め、暮らし働き生きる事を模索中。

デザイナーは、本来あるべき姿を現す鏡

三迫さん(以下、三迫) 今日は、前崎さんの現在のライフスタイルや働き方、考え方を通じて、仕事と暮らしのよりよい関係について、皆さんと一緒に考えていきます。前崎さん、よろしくお願いします。

前崎さん(以下、前崎) Design studio SYUの前崎です。よろしくお願いします。

三迫 さっそくですが、前崎さんはデザイナーではなく、“ブランディング・ディレクター”という肩書きなんですよね?

前崎 はい。そう名乗り始めたのは、3ヶ月くらい前からなんですが(笑)。グラフィックを作るだけでなく、依頼主の課題解決に向けてコンセプトワークから担当することが多いということもありますし、自分もそこに注力して、プロデュース、プランニング、編集、イラストと、自分のできることをやっているので、「グラフィックデザイナー」ではなく、このほうがしっくりくるなと思って。

三迫 僕もデザイナーなのでよくわかりますが、特に小さなクライアントが相手の場合はプロのライターやカメラマンに毎回発注していたら、時間やコストがかかりすぎますよね。だから、必然的に自分でやるようになる、と。

前崎 そうです。デザイナーって、本来あるべき姿を現す鏡のような存在だと思うんです。依頼主が「本当はこうできたらいい」と思っていることを聞き出して、そこにフィットするように仕立てること。そのために、話をして関係を深めていく必要があるんです。

三迫 わかります。僕も気づいたら、相手の悩み相談になっていることがよくあります(笑)。


コミュニケーションの伝達過程を示した図。表現や伝えるという行為の土台には、十分に聞いて整理する過程が必要

三迫 クライアントさんは、長い付き合いの方が多いんですか?

前崎 そうですね。例えば、糸島にあるインテリア雑貨のお店Kifulさんは、もう9年の付き合いになります。ロゴとネーミングをお願いしますと言われて、名刺やDM、看板、封筒などを制作したのがきっかけです。ネーミングは、どうありたいかを凝縮した行為なので、名前が決まれば方向性が定まります。コンセプトワークをまとめ、迷ったら立ち返る原点にもなります。

三迫 なるほど、そうやってヒアリングを重ねてコンセプトを考えていく中で、ブランディングに関わるようになったわけですね。

前崎 そうですね。商品開発や新規事業の立ち上げは、子育てにも似ていると思います。妊娠から出産までを計画するだけでなく、産んでからどう育てていくか、そこに自分がどう関わっていくか。ブランディング・ディレクターは、助産婦さんや保健師さんのような役割かもしれません。

三迫 いいブランドは、放っておいてできるわけではないですもんね。

前崎 「のれんは百年守って一人前」と言われるくらいで、ブランドも何のために存在し、何のために続けるのかを問い続ける必要があると思います。直接目に触れるロゴやパッケージデザインなどの仕事は、大きな氷山のほんの一角ですね。


会場には、現役のデザイナーやデザインを学ぶ学生、新しいライフスタイルに関心を持つお客さんが集まり、前崎さんの話に熱心に耳を傾けた

森の声を聞く暮らし

三迫 子育てという話が出ましたが、前崎さんは今、森の中の古いお屋敷で生活しているんですよね?

前崎 そうなんです。太宰府の近くの、築150年の屋敷を10年の約束で借りて、自分たちで手を入れながら暮らしています。僕の仕事場でもあり、ピラティスを教えている妻の仕事場でもあり、食事や子育ての場でもあります。住みながら改装を続けているんですが、僕の仕事場になる予定の2階はまだ手つかずで、代わりにアライグマが隠れていたりします(笑)。

三迫 大自然に囲まれているんですね! どうして移住を決めたんですか?

前崎 環境の良いところで子どもを育てたいということと、自然の中で仕事をしたいという思いが僕にも妻にもずっとあったんです。都会では子どもを遊ばせるところもあまりないし、公園の遊具だって、使い方まで指定されていますよね。そういう制限が、子どもの自由な発想や成長によくない気がして、マンションから引っ越しました。


休憩中のヒトコマ。パパのことが大好きな、前崎さんのお子さんたちは毎日外で遊んでいるそうで、ほどよく日焼けし、元気いっぱいでした

三迫 便利な都会から離れることで、仕事の面での不安はなかったんですか?

前崎 自分で情報発信ができて、自分の在り方を示せれば、人との繋がりは維持できるし、むしろ深まっていくだろうと思ったんです。「僕はこういうスタンスで仕事をしています」と伝えられれば、そこに興味を示してくれる人や関わってくれる人が現れて、いい出会いができます。今の家も、いろんな人が集まる拠点になって、新しく誰かと出会ったり、一緒にパーティーをしたりと楽しんでいますし、それが次の仕事に繋がることもあります。

三迫 それは理想的ですね。田舎暮らしならではの苦労はありますか?

前崎 もちろんありますよ。オシャレな理想の田舎暮らしのように見えるかもしれませんし、SNSではわざとそう見せているところもありますが、実際は想像を絶する大変さです(笑)。

三迫 ははは。僕は、ネット上だけで生きていってもいいかなーと思うくらい自然とは縁遠い人間なので、ちょっと無理かもしれません(笑) でも、デザイン的な感性の刺激になってよさそうですね。例えば、田んぼの緑にとても綺麗な蛍光グリーンの色彩を見てはっとする瞬間があるとか。

前崎 そうそう。竹を切ることも、ある意味ではアートなんです。伐採することで、差し込む光とその空間がどう変化するかは、デザインの観点からとても面白いです。それに、自分たちが自然の恩恵をこうむっていることが体感できるので、畏敬の念も感じます。

三迫 それは前崎さんらしい視点だなと感じます。森の声を聞く生活、というのもいいですね。


このGWは、ずっと竹林の伐採をしてました。梅雨の時期になると、洋服が黴びてしまうくらい湿気がこもるので、何とかしないといけなくて」と前崎さん

私の一冊

ガブリエル・バンサン「アンジュール-ある犬の物語」

言葉が一切なく、素描だけで描かれている絵本の原点のような本です。デッサン力が素晴らしく、少ないタッチで犬の動きや感情を表現しています。全部を見せてしまうのではなく、読み手に想像力を働かせる余白を残しておくことがいかに大切か、気づかされますね。

米沢亜衣「イタリア料理の本」

デザインの綺麗さに惹かれてたまたま手に取ったのですが、昔から好きだった山口信博さんによるデザインとわかり、納得。レシピ本という機能性を保ちながら、写真集のように美しい料理写真や米沢さんのエッセイが魅力的ですし、米沢さんのイタリアへの愛情や暮らしっぷりを感じさせてくれる、大好きな本です。

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