コトバナ

愉快な物語から見えてくる、これからの『福祉のしごと』 〜前編〜

VOL.007 「愉快な物語から見えてくる、これからの『福祉のしごと』」

2015.03.25(水)

あたらしいライフスタイルを実践し、地域を元気にしていく方を招いたトークイベント「コトバナ」。今回のテーマは、「愉快な物語から見えてくるこれからの『福祉のしごと』」です。福祉事業所で作られる商品を、物語とともに届けるブランド『日々のてまひま』の仕掛人であるNPO法人まる代表の樋口龍二さんとデザイナーの先崎哲進さんをゲストに迎え、障害のある人たちのいきいきとした「しごとぶり」、その魅力を商品化して伝えていく方法について、現在の取り組みの様子をわかりやすく語っていただきました。

山内泰
「自分たちの求めるものを自分たちでつくる」文化的な社会を目指して、コミュニティデザインや文化事業に取り組むNPO法人ドネルモの代表理事。
NPO法人代表 樋口龍二
1997年、染色会社在職中に福祉作業所「工房まる」と出会い、障害のある人たちの表現に魅了されて即転職。2007年に法人設立と同時に代表理事就任。障害のある人たちの表現活動をもとに、社会に新たな価値観を提示するべく活動中。「日々のてまひま」を運営する株式会社ふくしごと取締役副社長。
デザイナー 先崎哲進
1978年佐賀県生まれ。九州芸術工科大学卒業。主にグラフィックデザイン、ブランディング、商品開発、空間アートワーク等の分野で、何かと何かのあいだを繋ぐデザインを手がけるテツシンデザインオフィスの代表。株式会社ふくしごと取締役。

人と社会のあいだを繋ぐ活動

山内さん(以下、山内) 本日のテーマは「福祉」です。2005年より始まった障害者総合支援法の流れを受けて、福祉施設では自立支援のためのさまざまな取り組みが行われてきました。近年では、施設の枠を超えた組織も生まれています。本日はその最新の事例として、「日々のてまひま」を運営するおふたりをお招きし、福祉業界を取り巻く現状と今後について皆さんと情報共有していきたいと思います。それではまず樋口さんから、自己紹介をしていただけますか。

樋口さん(以下、樋口) 「NPO法人まる」代表の樋口です。染色会社で働きながら音楽活動をしていた1997年、友人の吉田(現施設長の吉田修一さん)に紹介されたことがきっかけで、この道に入りました。

山内 もともと福祉の専門家ではなかったんですね。

樋口 そうなんです。「こんにちは」と普通に声をかけていいのかさえ、最初はわからなかったですから。

アナバナの特集で、当時のことを詳しく語っていただいています。
こちらもぜひご覧ください。

山内 「まる」の特徴は、職員と障害者が対等な立場で接し、それぞれの「その人らしさ」を大切にしていることですね。

樋口 指導者として上に立つのではなく、彼らのできることを伸ばしていくのが基本方針なので、上から引っ張るというより、「一緒に登っていこうぜ」という感じで運営してます。できないことを補うのではなく、できることを伸ばして、彼ら一人ひとりが自分のやりたいことを外に出して人と繋がっていく、そんなスタイルを模索しています。


障害者福祉の現場に魅せられ、まったく関係のないフィールドから飛び込んだ樋口さん

山内 ありがとうございます。では続いて先崎さん、よろしくお願いします。

先崎さん(以下、先崎) 僕は、デザイン事務所の代表として、主にグラフィックデザインを担当しています。そこから空間やプロダクトなど分野をまたいで活動することが多くなりました。保育園の空間のグラフィックデザイン、大川の木工メーカーと一緒にプロダクトブランドの開発、糸島野菜を使った商品開発など、何かと何かの”あいだ”をつなぐデザインをしています。Webサイトでこれまでの仕事を紹介しているのでよかったらご覧ください。

山内 ”あいだ”をつなぐとは、一方に作り手がいて、他方に消費者がいて、そこにデザインを介在させて見せ方を整えることでモノを売っていく、ということでしょうか。

先崎 それももちろんデザインの役割ですが、僕が目指しているのはその先です。人やモノが持っている魅力を社会に伝える時に、そのままでは受け入れにくい部分や障壁になっている部分を見つけて、そこから整理し直していく、ということをいつも心がけています。

樋口 あり得ない話なんですが、たとえば目の不自由な人が何の欲求もなく生活していれば障害は生まれませんが、何かを見たいと思ったり、外に出ようと思ったりしたときにはじめて “障害”が生まれるんです。その人に障害があるというより、それができない状態になっている社会とのあいだに“障害”があるということですね。

山内 なるほど。その人と社会のあいだの障害を取り除いていくことで、壁がなくなっていくということですね。おふたりの共通点が見えてきました。


モデレーターの山内さん。「福祉」というともすれば難しいテーマを、論点を整理しわかりやすく進行してくれた。

ゆかいな現場をそのまま届けたい

山内 お二人が運営に携わる「日々のてまひま」の活動について教えてください。

樋口 「日々のてまひま」は、NPO法人まると、このトークイベントの主催でもあるダイス・プロジェクトが中心となって、先崎さんのテツシンデザインオフィスやWebやシステム開発のブリックハウスと共同設立した「株式会社ふくしごと」内のブランドです。これまでも福祉施設発の商品開発や販売などはさまざまに展開してきたんですが、なかなか持続するのが難しくて。

山内 福祉施設自体は、もともと障害者のケアのための場所ですもんね。

樋口 そうなんです。だから、商品を販売するノウハウも余力もありません。そこで、プロジェクトを立ち上げて会社組織としてちゃんと管理し、商品を作るだけでなく、商品価値を高めるためのデザインや宣伝等を整えて、障害者の自立支援をしていこうという目的で、発足しました。

山内 「日々のてまひま」、いい名前ですね。

先崎 福祉施設は、手間(=労力)とか暇(=時間)といった、一件無駄だと思われているところに、価値が置かれている場所なんですよね。そのことを表現したくて。

山内 なるほど。第一弾の商品は、糸島の障害者施設「MUKA」さんのパスタですね。無農薬野菜の鮮やかな6色パスタ、とてもおいしいそうですね! 同封のパンフレットは、先崎さんのデザインですか?

先崎 そうです。施設の雰囲気を伝えるゆかいなストーリーと写真を入れました。

樋口 実際、とても楽しそうにパスタを作ってるんですよ。撮影チームが来たら、もう大はしゃぎで。「パスタで儲けて、車を買って、彼女とドライブするんだ」なんて夢まで聞かせてくれました。福祉施設というと“正しくまじめに”という印象が強く、なかなか明るいイメージを持ちにくいですが、実際はこんなに楽しい現場です。それを、なるべくそのまま伝えたいなぁと。

先崎 デザイナーはどうしても、きれいに、かっこよくデザインしたくなりがちなんですが、そもそもそういうふうに伝えるべきなのか、それで本当に伝わるのかを考えましたね。

山内 文章からは現場の様子が伝わってくるし、写真の上に落書きがあったりして、生き生きとした様子が伝わってきますね。

先崎 カメラマンが撮った写真に、工房まるメンバー(利用者)の皆さんが上から落書きしてくれたんですが、そんなこと僕らの感覚だとなかなかできないんですよ。

樋口 障害者の顔に落書きをするのは、なかなかできませんよね(笑)

先崎 でもこういう時に、自分が勝手に壁を作ってしまっていることに気づいたりもします。障害者を特別扱いし、障害を抱えた人が頑張って作りましたという”お涙ちょうだい”ストーリーを商品にのせて売るのは抵抗があったので、こういう自然な形で完成させることができてよかったです。

樋口 MUKAの施設長にデザインを確認してもらう時は、怒られやしないかとドキドキしましたが、「現場の楽しい雰囲気が伝わってる」と実際にはとても喜んでいただきました。

山内 福祉施設運営の経験が長い樋口さんと、デザイナーである先崎さんのそれぞれの持ち分がうまく発揮されて形になったわけですね。


日々のてまひまで販売されている「糸島生まれの彩りパスタ」セット。箱や包装紙、封入する冊子にオリジナルのロゴやイラストが散りばめられている。ギフトセットとして開始から2ヶ月で数百個の販売につながっている。

会場に展示された工房まるで生み出されるアイテム。独特な存在感と個性が光る。

私の一冊

樋口さん:
鷲田 清一『「待つ」ということ』

障害を持つ人たちと日常的に接する中で感じていたことが、見事に表現されている本だと思います。彼らに何かを実現してもらうためには、こちらが引っ張っていくことも必要なんですけど、促すだけではお互いに疲れていきます。意志が生まれるまで待ち、実現を願うこと。それも、その人だけでなく、自分自身がそうなってほしい未来をちゃんと願うことが大事。哲学的な広がりのあるいい本だと思います。

先崎さん:
アレックス・カー「犬と鬼-知られざる日本の肖像-」

大学生の時に読んで衝撃を受けた本です。鬼という空想上のものを描くのは意外と簡単だが、犬のように実在するものをきちんと捉えて描くのはとても難しいという、中国の故事からきています。そして、日本は、鬼のようなものばかりを描いてきたのではないかという問いがあります。自分があたりまえに思っていることが、無関心のままだといかに崩れていくかを痛感する本です。

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