インタビュー

“はみ出すこと”で可能性と出会う

2013.8.8 up

株式会社YURIWORLD代表/アーティストの吉永有里さんに会いました

あるとき知人に教えてもらったそのお菓子は、ショッキングピンクのクリームにユーモアたっぷりのクッキーがのっかった、まるで絵本から飛び出してきたようなカップケーキだった。手がけているのは、吉永有里さん。「Café Edomacho」というカフェを経営しながら、アーティストとしても活躍するパワフルな女性だ。鮮やかな色彩や目の表情が印象的な女の子、のびのびと表現される彼女の絵を見れば、あの大胆なケーキも納得だ。今日も忙しく店の中を飛び回る有里さんは、どんな想いで活動しているのだろうか。

テーマは驚きと感動とロマン

『Cafe Edomacho』。名前を聞くだけでも足を運んでみたくなるそのカフェの扉を開けると、天井まで手足が伸びた女の子の絵が目に飛び込んできた。軽やかに宙に浮かぶ、ハイヒールをはいた赤毛の天使「そるちゃん」。スペイン語で“太陽”という意味の、有里さんオリジナルのキャラクターだ。この奔放で力強く女性らしい艶やかさこそが、有里さんの作品の魅力。天井や壁にまではみ出したモチーフが色の洪水のような吉永有里ワールドを形成していく。

「いつもテーマにあるのは、驚きと感動とロマン。見る人をびっくりさせたいんです」形の決まったキャンバスの中にきれいに収めるよりも、大きな板に好きなように描いてイメージする形に切り出した方が、自分らしいものがつくれると言う有里さん。「あなたの絵は足が切れているから使えない、と言われたことがあるんです。じゃあもっとはみ出させてやろうって、どんどん作品が大きくなってきて。展示会場に作品が入らないこともありますが、それは私の絵が大きいのではなく、会場が小さいんです」と笑う。

枠にはまらず、自由にのびやかに。そうやって生み出すあらゆるものを“私のアート”と位置づける有里さんにとって、アートは単に絵画制作だけを指す言葉ではない。

Edomachoのドアを開けるとコーヒーの香りとともに出迎えてくるのは 壁からはみ出さんばかりの特大のそるちゃん。

「曇りの日が多いペルーの人々が喜んでくれるものを見せたかった」と、昨年ペルーで行った個展では、100体のそるちゃんが会場中を飛びまわった。

幸福感、浮遊感、エネルギー、光、鮮やかな色彩は作品に共通するキーワード。一目見れば彼女のものとすぐに分かる、圧倒的な世界観が広がる。

“カフェ”という枠にはまらない場所

アートメディアカフェ『Cafe Edomacho』は、福岡の中心部から少し離れた福岡市東区の九州産業大学近くにある赤い屋根が目印のカフェだ。 店内には、有里さんの作品を中心に、 オブジェやアート作品があふれる。喫茶メニューも、思わずつっこみたくなる遊び心がたっぷり。お店に足を踏み入れるとあっという間に有里さんの世界に入り込んでいた。

一見普通のカフェだが、店内は多彩な作品でいっぱい。” Edomacho ”という名は、お兄さんが選んだ「江戸」という単語に、有里さんの好きな「マッチョ」を組み合わせたのだとか。

おすすめメニューがこんなところに隠れていたり。

ここでは、アートを”食べる”こともできる。Edomacho名物のARTケーキは、ショッキングな色づかいのクリームが、これでもかとモリモリに盛られている。飾りに使われるおもちゃのようなクッキーは、なんと母峰子さんの手づくり。見た目に反して甘さは控えめで、男性にもファンが多いのだそう。「その人のイメージや食べるシーンを考えながら、まずは下書きをして実際に作ります。クッキーは、具体的なイメージを母に伝えて、手づくりしてもらっているんですよ」もちろん、このケーキも有里さんの作品のひとつだ。

〈左〉この日は大学生の茶道部の送別会のための注文が。お多福と金魚、梅の花と和風クッキーでおめでたい飾り付け。 〈右〉峰子さんの手づくりクッキー。「カフェを始めて、母の隠れた才能に気づいた!」と有里さん。

店内にはギャラリースペースがあり、作家さんや小物屋さんなど、定期的に展示を変えながら、貸し出も行っている。アートを学ぶ学生に、このスペースを作品展示の場として利用してもらうことにも意欲的な有里さん。「若い人にももっと自分の作品を売り込んでいってほしい 」と、学生時代から、売り込みを通じて様々な可能性に巡りあってきた自身の経験を振り返る。

ガラスの向こうがギャラリースペース〈写真右〉。オープン当初は”見えるアトリエ”として、有里さんの作品の制作過程をお客さんに公開していた。

「普通のお店をするつもりはないんです。カフェという枠にはまらない、新しい可能性をいつも探していたいと思っています」業種や年齢を超えて交流できる場所にしたいと、今年から「美JYO 会」という 不定期のトークイベントを始めた。ゲストには、中洲の伝説のママ藤堂和子さんや、太宰府天満宮の権宮司西高辻信宏氏と、一線で活躍する方を招いてきた。著名な方には少し不釣り合いかもしれない小さな会場や、ちょっと中心部から離れていることは有里さんにとっては小さなこと。話を聞きたいと思えば、まずは当たってみる。だめなら仕方がないと、次の機会をうかがう。彼女はこうやって、たくさんの可能性を自分のものにしてきたのかもしれない。

「出会いは、自分の枠を超えるきっかけになるんです。自分とは関係ない遠い世界の人だと思ってしまいがちな著名な方も、同じ人間。私たちと同じように暮らしているんですよね。だから、必ず通じ合うものはある。自分の考えを持っていて、独自の世界観をつくりあげている人の話は、面白い視点や刺激がいっぱい。このイベントに来た人の中に新しい考えが生まれたらいいな」そう言って、まっすぐに前を見つめる有里さん。地域の人や学生、遠方から参加する人も多く、早くも人気のイベントになっているようだ。
(美JYO会2回目のゲスト西高辻氏のトークイベントの様子をアナバナチューンで紹介しています)

どうしても実現させたかったという太宰府天満宮の権宮司・西高辻信宏さんによるトークイベント。太宰府天満宮と現代アートという興味深いテーマに、幅広い年齢の参加者集まった。

兄妹3人ではじめたアートの情報発信基地

アーティストである有里さんが、カフェを始めることになったのはどうしてなのか。実はこの場所は、ご両親が約30年間にわたり「WORLD COFEE」という喫茶店を営んでいた。大学卒業後は海外に出たいと考えていた有里さんと、当時すでに福岡を離れ、それぞれブラジルと東京に拠点を移していた2人の兄。そんな3人の子供たちに、「このままでは家族がバラバラになってしまう。兄妹3人で力を合わせて何かできる場所にしなさい」と、この場所を両親から譲り受けた。
「両親からのとつぜんのムチャ振りでした(笑)。私は大学を卒業したばかりで、兄たちと何ができるのかを考えて。私も兄も同じように絵の仕事をしていて、九州産業大学という美術系の大学もすぐ隣にある。じゃあ“アートの情報発信基地のような場所にしようか?”という話になって。アートメディアカフェというお店を始めることになったんです」 こうして、両親の想いを継いで兄弟3人ではじめたのが『Cafe Edomacho』だ。

現在、長兄の拓哉さんはサンパウロ新聞社に在籍しながら、「KYOUDAI」社博多支店を設立し、在日外国人を対象とした事業を行っている。「給食番長」シリーズをはじめとする人気絵本作家として活躍中の次兄のよしながこうたくさんも、今年より活動拠点を東京から福岡に移した。それぞれ忙しい日々を送っている3兄妹だが、お互いの節目にはかならず一緒にお祝いをするのだそう。

作品制作の傍ら、オーナー兼店長としてカフェを切り盛りする有里さんは、「Edomachoも作品のひとつです」と話す。「お店を始めた頃は、自分はアーティストとカフェ経営者の2輪で走っていると思っていました。でも、根底にあるコンセプトは同じ、繋がっていることに気づいたんです」彼女にとって、アートもカフェも“自分”という、同じ母親から生まれた子供のようなものなのだ。

ユーモアたっぷりの世界観で大人にも人気の、兄よしながこうたくさんの絵本。語り口は、標準語のほか博多弁バージョンも収録されている。こうたくさんのファンも多く訪れるそう。

右から長兄の拓哉さん、次兄のこうたくさん、末妹の有里さん。

もっと「はみ出す」

北九州で生まれ育ち、カフェのすぐ近く、九州産業大学の芸術学部を卒業した有里さん。卒業後はずっと、この場所を拠点に活動してきた。「私の名前は“里が有る”と書いて有里。名前の影響もあるのか、他の土地に行こうと思ったこともあったけど、気がつけばずっとここにいます」
アートの力で色んな人を幸せにしていけたらと、今年4月に『株式会社YURI WORLD』を設立した。これまでも多くの広告物や雑誌の表紙の仕事をしてきた彼女だが、今後はファッションやプロデュースの分野など、形にこだわらず活動の幅をもっと広げて行きたいと考えている。

「大学在学中にイラストレーターの仕事をしていたときは、油絵を勉強しているのにイラストなんて、と言われたこともありました。でも、こだわりなくいろいろなことに挑戦していくうちに、 枠を飛び越えたさまざまなお仕事をすることができたんです」

アイディアノートにはカフェの新メニューやラフスケッチまで、新しい作品の素が詰まっている。

そんな有里さんの目下の興味のひとつは、 活動の拠点であるここ東区を盛り上げてくこと。

「東区をもっとはみ出させたいんですよね(笑)。そしていずれ“アートの町”と呼ばれるようになるといいな、と思っています。福岡市内に住む人からすると、東区って少し離れているというイメージがあるんです。”東区はこういうところ!”というインパクトが弱いからかもしれない。 せっかく九産大というアートやデザインを学べる学校も近くにあるし、学生さんとも何かできたらと考えています。アートは0から1が生み出せるもの。一緒にアートで地域を魅力的な場所にしていきたいです」この場所で発信し続けている有里さんだからこそ言えるその想いは、とても純粋でゆらぎがない。そういえば、彼女の描く女の子も、力強い目が印象的だったなと、そるちゃんと有里さんがふと重なる瞬間がある。まっすぐな眼差しと気丈な姿勢に、思わず質問を忘れて聞き入ってしまった。

「枠にはまらない」ということ。言葉にするとありふれていても、実践するのは難しいもの。けれど有里さんは、感性が響く方向へおそれずに飛び出していく。自由な発想と情熱は、カフェというかたちに姿を変え、東区をもっとワクワクする場所に変えてくれるという期待と予感がする。ご両親が“有里”という名前に込めた「太陽のように明るく美しくあれ」という願いは、まさに今の有里さんそのものだった。

両親が3人の兄妹それぞれに込めた願いを手形とともに額に入れたものがYURIWORLDの事務所に飾られている。

(取材・文/コウモト 写真/西田)

Profile 

  • 吉永 有里(よしなが ゆり)
  • 株式会社YURIWORLD代表。大学在学中よりイラストレーターとして活動し、個展、舞台美術の他ファッションブランドや商業施設とのコラボレーション経験を持つ。イラストレーターとして活躍する傍ら、福岡市東区にてアートカフェ『Cafe Edomacho』を経営するなど、その活動は多岐にわたる。

    Cafe Edomacho
    福岡市東区松香台2-1-3ラティーナ2-102
    営業時間 10:00 ~ 19:00
    tel/fax : 092-672-1764
    1日中ランチタイム
    定休日 無休
    *ホールのアートケーキは要事前予約


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