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野菜に込めて、届け! イタリアのスローライフ

2013.8.6 up

イタリアの野菜といえば、トマト、パプリカ、ズッキーニなど、スーパーに並ぶ種類ばかりを想像するが、農業の盛んなイタリアだけあって、その種類はとても豊富。ビーツ、フェンネル、アーティチョークなど、日本の食卓にはまだまだ馴染みが薄いけれど、色彩豊かなものが多く、見ているだけで元気になる。そんなイタリア野菜がもっと身近になるように、と奮闘を続けるテヌータカンピフレグレイ農園のシルビオさんを訪ねた。

ビニールハウスひとつからはじまった野菜づくり

見渡すかぎりの田園風景。玄界灘に面する福岡県福津市の緑豊かな山々に囲まれたテヌータカンピフレグレイ農園。「テヌータ」はイタリア語で「土地」、「カンピフレグレイ」はナポリ西部に位置するフレグレイ平野のこと。そのひらけた畑に立つと、一気に土と緑の香りに包まれる。
「ここは私が生まれたナポリにそっくり。まるで故郷だから、自分のことを“フクツ・ボーイ”って呼んでるんです」。畑を案内しながら茶目っ気たっぷりに話してくれたのは、農園主のシルビオさん。その大きな手で、鈴なりのグリーンピースをちぎって差し出してくれた。一粒食べると、みずみずしい甘さが口いっぱいに広がった。思わず口からこぼれたのは「美味しい!」の一言。長年のグリーンピース嫌いが、あっけなく克服された。
イタリアナポリ出身のシルビオさんは、トスカーナで日本人の愛さんと出会い、結婚。5年前に来日した。福岡市内のレストランでシェフとして腕を振るうも、イタリア野菜がなかなか手に入りにくいことに物足りなさを感じ、愛さんの地元である福津市で一緒に野菜の栽培をはじめた。最初に植えたのは、ルッコラやブロッコリーナターレ(葉を食べるブロッコリ)など、4~5種類ほど。その広さは、ビニールハウスひとつ分だった。

鈴なりのエンドウマメが収穫を待つばかり。このほか、タマネギやトウモロコシなども収穫シーズン。

オレガノ、タイム、セージなど、イタリア料理には欠かせないハーブも育てている。

日本では手に入りにくいと思っていたイタリア野菜は、思いのほかすんなりと、しかも美味しく、たくさんできた。その理由は、ここ、奴山(ぬやま)の、粘土質で粒子が小さく、肥料を吸収しやすい土質にある。土の中の養分を保ちやすいという、野菜づくりには優れた特徴があるのだ。しかもこれが、ナポリの土質ととても近い。つまり、イタリア野菜をつくる上での欠かせない条件が最初からそろっていたのだ。
「上手にできたのに余っちゃうのはもったいないから、知り合いのシェフの方に使ってもらったのが始まりでね」と、愛さんは当時を振り返る。結果、お店で使いたいと好評で、注文が次々と入るようになった。 それから4年。その声に応えるために毎年少しずつ野菜の種類と量を増やし、今では4ヘクタールという広大な土地で、年間60種類にもおよぶ野菜を育てている。水分が少なく加熱向きのトマト、肉厚で甘みの強いパプリカ、旨味が強く、刻めばソースとしても役立つ根セロリ……。ざっと列挙するだけでも、イタリアの陽気なお国柄がそのまま溢れ出さんばかりに、見た目も鮮やか、使い道もユニークなものばかりだ。

イタリアのエンドウ豆と、トロペアと呼ばれる赤タマネギ。南イタリアで一番ポピュラーな野菜で、サラダやカルパッチョによく合う。

イタリアの葉タマネギ、チポロット。甘みが強く、煮込み料理やパスタと一緒に食べても。

チェリートマトのソットオーリオ(オイル漬け)は、シルビオさん自慢の一品。ニンニク、オレガノ、唐辛子など、オイル以外の材料はすべて農園産。

自然の恵みを最大限に受けながら育てる

テヌータカンピフレグレイ農園で育てられる野菜は、そのほとんどが無農薬と減農薬。化学肥料もいっさい使わない有機栽培が中心だ。土づくりひとつをとってみても、この土地に棲んでいる微生物や菌などの土着有機物を山や田畑から採取し、米ぬかや油かすなどで培養して肥料をつくる。害虫が増えれば、ひとつひとつ手で取り除く。それもこれも「安心して美味しいものを食べてもらいたいから」と、口をそろえるシルビオさんと愛さん。今年に入ってからは、より自然と調和した野菜づくりがしたいという思いから、新しく「バイオダイナミック」と呼ばれる農法を取り入れた。
バイオダイナミック農法では、農薬や肥料のかわりに天然のハーブや鉱物、家畜の糞や角などを利用して作った調合剤のようなものを使用する。土壌の改良には、ライ麦やソルゴーなどイネ科の作物を乾燥させて土に混ぜ込み、アブラムシや夜盗虫などの害虫が増えれば、日干しして乾燥させたスギナを煎じた薬草液を振りかける。周りに適度な雑草を残すことで、害虫の行き場をつくってあげることもある。
土づくりから種まき、収穫までの農作業は、季節や気候、地球や太陽などの天体リズムに合わせて行われるのが、この農法の一番の特徴。月の満ち欠けや潮の満ち引きが人体や大地に影響をおよぼしているように、そのタイミングさえ合えば、野菜の生命力もぐっと高くなるのだとか。
日本の移り気な天気に左右されながらの野菜づくりは、もちろんうまくいかないことも多いけれど、美味しい野菜が収穫できたときは、ふたりで子どものように目を輝かせて大はしゃぎする。「まだまだ勉強段階だけど、元気な野菜は食べる人に必ず影響するから、そんな野菜を届けていきたい」という二人のまなざしには、生産者としての強い想いが溢れている。

「トロペア」と呼ばれるイタリアの赤タマネギは収穫間近。ひと株抜いて、成長具合を手で確かめる。

ふたりに農業の手ほどきをしてくれたのは、奴山の土質を生かした米づくりを長年実践してきた花田智昭さん。今も欠かせないアドバイザーであり、信頼できる仲間でもある。

グリーンピースをひとつひとつ手で袋詰めする愛さん。「出会った土地、出会った人に導かれて、ここまで来たという感じです」

手塩にかけて育てられたイタリア野菜は、主にレストラン用の食材として全国に送られる。最近は、一般の人たちの手元にも旬の野菜を届けたいという思いから、畑のそばに週末限定のイタリアン八百屋「アプテカ」をオープン。この春で1周年を迎えたばかりだ。店内には旬のとれたて野菜のほかにも、イタリアから輸入したパスタやオリーブオイル、地元福津産のオーガニックなパンや卵など、選び抜かれた食材がところ狭しと並び、さながらメルカート(イタリアの市場)のよう。「せっかく美味しいお野菜だから、美味しいオリーブオイルやパスタと一緒に食べて欲しい。そう言っていたら色々揃えちゃったんです」と愛さんは話す。

畑のそばにたたずむイタリア野菜の八百屋さん、アプテカ。オリーブの木がやさしく迎えてくれる。

旬のとれたて野菜はもちろん、地元のオーガニックな食材や雑貨なども販売している。

バイオダイナミック農法で育てたイタリアンラディッシュ。「形や大きさは不揃いでも、味はしっかりしています」

加工した乾燥野菜は、スープに入れたりパスタとあえても美味しい。

イタリアのスローライフをまるごと

「電車が時間通りに来ることはまずないし、店は3時間も昼休みがあるから何も買いに行けないんです」。イタリアの暮らしは、ほかのヨーロッパの国と比べても、とにかくゆっくり。1980年代に、高度経済成長とともに早くて便利なファストフードが次々に世界の大都市に進出するなか、その画一化された食文化に対するスローフード運動が最初にわき起こったのもローマだったのだから、そのスローな国民性は筋金入りなのだ。
昔も今も、衣食住すべてにおいてスローライフが息づくイタリアでの生活を振返り、愛さんは「ゆっくりすぎて、日本人の私からしたらむずむずしちゃうくらい。やっぱり私は日本人やね」と笑う。
そんなイタリアの暮らしを経験し、ゆったりとしたリズムを、日本に伝えたいと感じるようになった。「野菜づくりって、スムーズにいかないことも多いでしょう。なんせ自然が相手だから。でもそうやって手間ひまかけて育てた野菜を食べてもらうことで、ゆったりとした余裕も味わって欲しいんです」
大地の力、自然の恵みを享受することからはじまる野菜づくりは、ひたすら耐え忍ぶこともときには必要なのだ。とくに農薬や化学肥料をほとんど使わないテヌータカンピフレグレイ農園での野菜づくりは、ゆったりした心構えがあってこそ。スローな気質は、農業に不可欠なのかもしれない。
「ここで育てた野菜を使った料理を提供できるように、ゆくゆくはレストランも開きたくて。最終的には、足を運んでくれた方がのんびり滞在できるような宿もあれば最高です」と、スローライフをまるごと味わってもらうためのふたりの構想は膨らむばかり。
美味しくて安全な野菜を食べてもらうだけじゃなくて、その先にあるのは、家族や仲間と笑顔で食卓を囲むという当たり前の風景。そんな暮らしそのものに気づいてもらうために、ふたりは今日もイタリア野菜を通して誰かの食卓に笑顔の種を蒔く。

取材中も笑顔の絶えないふたり。「農業って自然が相手だから面倒じゃなくって楽しい。野菜も子どものようにかわいいんです」とほがらかな表情。

ナポリにそっくりという福津市奴山の広大な田園風景。ひらひらはためくイタリアのトリコロールが「アプテカ」の目印だ。

取材・文/堀尾真理 写真/木下由貴

アナバナ取材メモ

  • イタリアン八百屋「アプテカ」に足を踏み入れると、まず驚くのが、お洒落にディスプレイされた野菜たち。実は愛さん、過去にデザイナーとしての経歴もお持ちで、店内のディスプレイをはじめ、お野菜のパッケージやラベルもすべて愛さんデザインなんだとか。美味しい野菜をそのまま提供するだけではなくて、もうひと工夫してあげることで、食べる人の心に残るようにーー。そんな愛さんの野菜への愛が、買い手に届くその瞬間まで染み渡っているのが嬉しいですね。ちなみに店内では、染織家だという愛さんのお母さまがつくった染め物グッズも販売されています。週末限定なのが本当に残念なくらい、足を運びたくなるお店でした。(堀尾)

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