動画「HAKATag CLAPS」のなかで、まちの案内役の一人として登場するのが、ピンクのシャツをまとった男性、宮野秀二郎さん。福岡のおしゃれ文化発祥の地大名地区をリードし続けてきた、古着屋「BINGOBONGO」のオーナーです。古い商店やおしゃれな路面店が常に軒を連ねるこの一帯で、17年間にわたりまちの変遷を目の当たりにしてきた宮野さんからみた大名、福岡、そしてアジアとは? 一都市を超えて精力的に活躍の場を広げ続ける宮野さんにインタビューしました!
宮野秀二郎/ビンゴボンゴ・グループ代表。アパレル、飲食を運営する傍ら、大名地区を盛り上げる活動に積極的に取り組む。最近の主な活動として「Fashion Week Fukuoka」や「MUSIC CITY TENJIN」など、福岡を代表するイベントで大名地区を取り込む役を担うほか、アジアをも視野に入れた「ASIAN NIGHT SUMMIT」などが挙げられる。すべての源にあるのは、大名をこよなく愛す地元愛。
アメリカのヴィンテージファッションを地元、福岡に
—–宮野さんがファッション業界に入った経緯を教えてください。
もともと兄の影響でファッションと音楽が大好きで、中学生くらいの頃から服屋になりたいと思うようになったんです。学生のときはまわりの友だちも長髪。でも卒業間際から就職活動のために髪を切ったりスーツ着たりする姿を見て、自分はそんなことせずに絶対服屋になるぞ、と。でもあるとき、母親から「あんた、服は好きやろうけど、服屋の商売のことは何も知らんよね」と言われてハッとしたんです(笑)。現場に身を置かないと何もはじまらないと思って、大名で古着屋を経営しているアメカジ系セレクトショップで、社員として雇ってもらうことになりました。
—–ファッションのなかでも、どうして古着なのでしょうか?
入社して間もない時、買い付けでアメリカに同行させてもらう機会があったんですね。現地の古着屋で、子どものためにたった99セントの古着を、時間をかけて探しているお母さんの姿を見て衝撃を受けたんです。シカゴの中でも、いわゆる貧困層と言われるような人たちが住んでいる地域でしたが、そんな状況でもファッションを楽しんでいる人たちがいる。これから日本にも格差社会が訪れると感じていたし、古着に「ファッションの楽しさ」を見出す時代が来る!と直観的に感じたというか。この買い付けがきっかけになって、帰国後に「独立したいんで会社辞めます」と言って退社し、BINGO BONGOをオープンしました。
—–すごい行動力ですね! アメリカでの買い付けの経験が、宮野さんの原体験になったということですが、お金をかけずに気軽にファッションが楽しめるという点では、近年「ファストファッション」も世界的にブームになっていますね。古着との違いについてどう思いますか?
僕たちが扱っている古着は一点モノが多くて、一定のクオリティを保っているという意味で“ヴィンテージ”なんです。ファストファッションは基本的に大量生産・大量消費ですから、まずそこが違う。でもファストファッションを肯定できない一番の理由は、何よりもそれが作られている“背景”にありますよね。例えば、未成年が毎晩残業しながら工場に缶詰め状態になっているようなひどい労働環境や、にもかかわらず一日数百円しかもらえないような搾取の現場。そういう裏のからくりがありますからね。ファストファッションを買うことは、そういう状況をサポートすることにつながりますから、僕は買いません。あと、今「お金をかけずに」とおっしゃいましたが、古着は今、若い世代にとって高くて“ぜいたくな”ファッションになってきているんですよ。
—–そうなんですか! となると、古着も気軽に楽しむことが難しくなっているのでしょうか……?
いやいや、ハイクオリティ、ハイセンスの服を新品で手に入れようとすると、もっと高価ですよ。相対的には、古着はまだ“安い”ですから。
福岡らしい文化を生み出すまち、大名
—–ベンさんの動画「HAKATag CLAPS」のなかでは、大名のまちを案内する役として登場しますね。ベンさんとの出会いはどのようなものですか?
「HAKATag CLAPS」を作るにあたって、知り合いが「大名のオススメスポットを案内してくれ」ってベンを連れてきてくれたんです。彼の出身地オークランドには僕もよく買い付けに行くので意気投合しましたね。「飲み行こうや」と言いながらまだ行けてないんですけど(笑)
—–ベンさんのような海外からの人たちにとって、大名とはどのようなまちだと思いますか?
大きな都市は、正直どこも“リトル・トーキョー”だなと思ってます。東京資本ばっかりでしょ。でも大名は、福岡にしかない「まち特有のまち」。昔からの饅頭屋、本屋、醤油屋、居酒屋、喫茶店、レコード屋……。とにかく小さな商店や小売店がたくさんあって、福岡らしさというか、固有の文化を生み出すまちですよね。
自分のまちから“種”を持ち帰って育ててもらう
—–そんな福岡のまちを、ファッションだけではなく音楽シーンでも盛り上げる“仕掛人”でもある宮野さんですが、活動の先に見据えるビジョンはどのようなものですか?
例えば、昨年からはじめた「ASIAN NIGHT SUMMIT」は、アジア各国からDJやミュージシャンを招聘するという、世界初のアジア限定クラブイベントなんですね。台湾、韓国、上海……と、アジアのスペシャルDJが勢ぞろいするんですが、これは、ナイトライフに乏しい福岡の夜を少しでも盛り上げたい、という気持ちからはじめました。かたやお隣の韓国では、ファッションビルは夜中でもごった返してるし、台湾の夜市も夜中まで賑わってます。こんなふうに、福岡も夜の経済活動が活発になればもっと魅力的なまちになるんじゃないかなと思っています。
—–「アジア限定」というところが、日本でアジアにもっとも近い都市・福岡らしいですね。
そうなんです。日本ではもちろん、アジアでも誰もやったことのないようなことを仕掛けていきたいですよね。そういう意味で、福岡はアジアを舞台にできるポテンシャルがありますよ。
—–最後に、長く大名を見てこられた宮野さんの今後、そして大名の今後について展望を教えてください。
今後も変わらずというか、大名がひとつの“村”のように、小さくても人と人がつながって、支え合うまちであってほしいですね。僕は、その変わらない良さをずっと見守る村長のような存在でありたい(笑)。このまちで育った文化という“種”を、来た人が持ち帰って自分たちのまちで育ててほしい。僕自身がファッションや音楽を通して大名というまちに育ててもらったし、今その恩返しがしたいと思っています。
大名のまちなかで、幾人もの友人知人とばったり会って挨拶を交わす宮野さんの姿を見て、改めて大名の兄貴的存在であることを実感したこの日の取材。今後もファッションと音楽を通して、大名、福岡、そしてアジアを盛り上げていってくださることを期待しています。宮野さん、ありがとうございました!
■「HAKATag CLAPS」を撮ったベンさんのインタビュー記事はこちら
(取材/編集部)