コトバナ

究極の男性美を追い求める 気鋭写真家の世界を切り開く仕事術〜後編〜

VOL.016 究極の男性美を追い求める 気鋭写真家の世界を切り開く仕事術

2015.08.31(月)

ベッカムと占いに導かれ、ロンドン行きを決定!

和泉さん(以下、和泉) ここからは、大串さんが写真家になった経緯や、現在のお仕事についても聞いていきたいと思います。もともとは電通でコピーライターをされていたんですよね? そこから写真家というのも、大きな転身ですね。

大串さん(以下、大串) 電通では、給料もよかったし、上司にも恵まれて満足していたんです。でもちょっとしたきっかけで、イギリスに住む事になって。

和泉 どんなきっかけですか?

大串 私、85年のトヨタカップでユベントスFCを見てから、サッカーにどっぷりはまりまして。イタリアにはこんなに美しい男性がいるのかと。

和泉 ほぉ。

大串 その後もずっとサッカーファンだったんですが、まだ日本ではほとんど知られていない存在だったベッカムにも早くから注目していて、マンチェスターユナイテッドマガジンを毎号英国から取り寄せていましたし、電通時代はお金も有り余っていたので、イギリスまで行って4万円もするチケットを買って最前列でベッカムを見たりして。それで、行きつけの占いの先生に「いつかイギリスに住みたいんです」と相談したら、「あなたは来年6月には会社を辞めてイギリスに住んでいるわよ」と予言されて。そこから逆算して、イギリスに住む準備を始めたんです。

和泉 ええー、面白いですね!

大串 それで、ロンドンのアートカレッジで写真を学ぶことにして。

和泉 なぜ写真なのですか?

大串 写真ぐらいなら私でもできるかも、と。 いま思えば写真家の方々に対して本当に失礼なんですけど。

和泉 はは。


歯に衣着せぬ、率直な物言いが魅力的な大串さん。決断力や行動力を感じさせる

相手の望みも叶えられるプレゼンテーションに

大串 それで97年にロンドンに行って、2001年までいました。その時にイートン校やドイツ軍を撮影して。

和泉 よく撮影許可が下りましたよね。

大串 卒業制作として「男性社会に女性目線で入り込んで撮影する」ことをテーマにイートン校を撮影したいと先生方に相談したんですが、「許可が取れたら面白いんじゃない?」ぐらいの反応で、実現するとは思われていませんでした。でも連絡してみたら、ポートフォリオを持ってきてくださいと言われて。プレゼンテーションをさせていただいて、許可をいただきました。

和泉 ええー! 意外とあっさりですね。

大串 前年にダイアナ妃が事故死した当時は、王子たちをパパラッチから守れという世論が強かったので、自分でもよく許可が下りたなぁと思いましたね。

和泉 プレゼンがすごかったんですか?

大串 企画書はA4の紙1枚にまとめて、上半分に撮影意図、下半分に使用目的と、イートン校側へどんなメリットがあるかを書きました。イギリスの写真大学の先生に、相手は忙しい人たちだから企画書は1枚で簡潔にまとめた方がいいと、アドバイスを受けて。

和泉 電通時代に学んだプレゼンスキルも役に立ったのでしょうね。

大串 それはありますね。一回しかチャンスがないプレゼンの場で、相手がどういうふうにしたら喜ぶか、いつも考えるよう教えられましたから。

和泉 日本だったら、フリーランスのプレゼンはそんなにスムーズにいかなさそうですね。

大串 ドイツ軍の時は、実際に会ってのプレゼンテーションはなく、FAXやメールでのやり取りで許可をもらって、直接3月1日から撮影に来い、ということでした。やるべき準備はもちろんしましたけど、 コソボ出兵の後だったら、許可が取れていたかは分かりません。運もあると思います。

和泉 強運ですね。断られた事はないんですか?

大串 いやいや、もちろんありますよ。いま撮影している少林寺は、最初の2回は無視されましたから。3度目でやっと許可が下りて。これが”三顧の礼”かと。

和泉 ははは。相手を説得するコツはあるんですか?

大串 私が撮りたいというだけじゃなくて、相手にとってのメリットをきちんと示すことですね。写真を提供して自由に使ってもらうとか、日本の人に宣伝できるとか、相手の望みも叶えられるようにすることだと思います。


大串さんにご用意いただいた写真集やおすすめの本を手に取る来場者の皆さん。『美少年論』  の50部限定豪華特装版にも興味津々のごようすでした

いい写真とは、自分の力だけではない何かによって撮れるもの

和泉 2001年以降は東京に戻られたんですよね。

大串 ええ、北京オリンピックで近代五種を撮ったり、東京で写真の仕事を続けたりしていたんですが、そうこうしているうちに東日本大震災が起きて。

和泉 あの時期だったんですね。

大串 住んでいるマンションが振り子のように揺れて、思わず玄関に飛び出しました。その時、ここにいたら危ないという危機感を感じたんですよね。特に写真のフィルムは、火事で燃えてしまったら、それで終わりですから。隣人は4月に北海道に帰って、私も5月には佐賀に戻りました。

和泉 佐賀に戻ってからはどんな仕事を?

大串 やはり東京に比べれば写真の仕事は少ないので、広告やCMを作る仕事、商品のコピーライトなどもやっています。昔取った杵柄ですね。

和泉 コピーの仕事と写真の仕事の違いはどう感じてますか?

大串 昔は、広告コピーの仕事をしていくにつれて、商品を売るための誇張した表現がイヤになってきました。言葉って、嘘をつきやすいんですよね。その点、写真は嘘をつけないからいいなと思っていたんです。

和泉 なるほど。

大串 でも、やってみてわかったんですが、結局写真も嘘をつけるんですよね。 誰かが泣いている写真があっても、それは戦争が恐ろしくて泣いている訳ではなく、他の悲しみの涙かもしれない。そういう意味で写真でも文脈を変えることはないとはいえません。加工すれば何でもできちゃいますから。だから最近は、文章と写真それぞれのいいところを生かしていきたいと思っています。写真は違う言語の人にも直接的に伝えられるのがいいですね。それに、撮影でいろんな人に会えるのも魅力です。

和泉 これまでの撮影体験でよかったことや、気に入っている写真はありますか?

大串  例えば、近代五種でロシア代表イリア・フロロフ選手のゴールシーンを撮ったこの写真です。

© SHOKO OGUSHI

大串 開催地はハンガリーで、現地のムキムキの男性カメラマンたちと格闘しながら撮りました。ハンガリーは、旧ソ連時代の恨みからか、ロシア人があまり好きじゃないんですが、この時はロシア人選手が一位になって。だからおもしろくない上に、東洋人の私とは場所取り争い。「この場所は俺のもんだ」「このクソ女!」とか言われ、こっちも怯まずに言い返しながら、バシャバシャ撮る。そういうヒリヒリとした現場も楽しいですね。

和泉 うわー、激しいんですね。シャッターを押すときは何を考えているんですか?

大串 オリンピックなんかのスポーツの場合は、その一瞬しかないから、いい写真を撮ろうという余裕もなく、とにかくピントがちゃんと合っていてほしいとか、その瞬間が撮れていてほしいと願うだけですね。いいのが撮れたと思っても、後で見返すとそうでもない場合も多いです。本当にいい写真は、どこか自分だけの力じゃないもので撮れている感覚があります。そういう意味でも、このゴールシーンは好きですね。一瞬、時が止まったように感じられる写真が撮れると、不思議な気持ちになります。

和泉 話はまだまだつきないんですが、そろそろ時間になってしまいました。今後の予定も教えてください。

大串 現在は、中国の少林寺を撮影していて、来年に出版予定です。 僧侶でも結婚ができる日本とは異なり、少林寺に来る僧は死ぬまで独身で、一生をそこで終える覚悟で来ています。年齢もそれぞれで、おじいちゃんもいるので美少年とは言えないんですが、スピリットは美少年のそれと同じです。他にも、アメリカのカウボーイやアメフトなど、どんな国にでも、その国を象徴している特殊な男性世界があるはず。それも制服付きの! それを追いかけていきたいですね。

和泉 本日は、ありがとうございました!

ゲストに聞きたかったコト

会場ではこんな質問がありました

質問 私は占い愛好家でして、佐賀のシアター・シエマのチャリティータロットで大串さんに占ってもらったことがあります。的中率がハンパなくて、占い師としても信頼しています。占いと写真は、ご自分の中でどう繋がっているのですか?

和泉 え、大串さん、占いもされるんですか?

大串 ええ、そうなんですよ。タロットカードには、女帝や死神といった象徴的な存在が描かれています。同じように写真も、被写体の中に「世界の象徴」のようなものを感じることがあって、それが自分の心に引っ掛かかるんだと思います。写真の他に占いもやっている事で、その象徴性やパターンを早く見い出す訓練ができているのかもしれません。

コトバナ編集後記

「美少年」についてこれまで考える機会がなかったので、大串さんのお話や稲垣足穂の表現は、とても興味深いものでした。美少年の美しさは移ろいゆく儚さにあるとすれば、その一瞬を切り取れる写真というツールは、とても相応しいものに思えます。大串さんの写真からも、単なるイケメンではない、どこか荘厳な雰囲気が漂ってきます。少しだけ見せていただいた次回作「少林寺」も、肉体の躍動感に目を見張るものがありました。次回作にも期待しています。(佐藤)

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