コトバナ

究極の男性美を追い求める 気鋭写真家の世界を切り開く仕事術〜前編〜

VOL.016 究極の男性美を追い求める 気鋭写真家の世界を切り開く仕事術

2015.08.31(月)

ユニークな活動を通じて、これからの福岡や日本を面白くする方々を招いたトークイベント「コトバナ」。今回は、確固たる美意識のもと、女性のみならず男性から見ても魅力的な「美少年」を撮り続ける、写真家の大串祥子さんがゲストです。通常であれば立ち入る事さえ難しい特殊な環境下で撮影したさまざまな写真とエピソードを交えながら、大串さんのキャリアや美学について、たっぷりとお話いただいた充実の2時間となりました。

モデレーター 和泉尚吾
コトバナの開催地でもある、天神IMS 4Fにあるブックカフェ「solid & liquid TENJIN」の店長兼雑貨マネージャー。京都生まれ、福岡在住一年生。住み始めて早速福岡が大好きになり、福岡を元気にしたい人を続々発掘、紹介中。
ゲスト 写真家 大串祥子
佐賀県生まれ。株式会社電通にてコピーライター、CMプランナーとして勤務。退社後渡英し、ロンドン・カレッジ・オブ・プリンティング・アンド・ディストリビューティブ・トレードにて写真を学ぶ。2008年、北京五輪における国際近代五種連合UIPM公式フォトグラファーに任命され、同種目を撮影。2014年、佐賀新聞社より写真集「美少年論 Men Behind the Scenes」を出版。現在はシリーズ第2章アジア篇「嵩山少林寺」を撮影中。

常識を超えた 美少年たちの聖域

和泉さん(以下、和泉) みなさん、こんばんは。本日は、写真家の大串祥子さんをお招きしました。昨年11月に出版された写真集「美少年論」の写真とともに、お話を聞いていきたいと思います。

大串さん(以下、大串) よろしくお願いします。

和泉 この写真集は、イギリスのイートン校とドイツ連邦軍の兵役、そして近代五種という、3つのパートに分かれていますね。まずはイートン校の話から伺っていいですか。

大串 はい。イートン校は、500年以上の歴史を持つイギリスの名門パブリックスクールです。生徒はいわゆる良家の子が多くて、私の撮影中にはイギリスのウィリアム王子も在学していました。

和泉 へぇ。

大串 アールグレイ紅茶を作ったチャールズ・グレイ、最近ではイギリスのデイヴィッド・キャメロン首相、映画「レ・ミゼラブル」で有名になったエディ・レッドメインなど、イギリスから世界に影響力を持つ人を多く育ててきた学校です。

和泉 日本で言う、中高一貫校ですか?

大串 そうですね。全寮制で、13歳から18歳までの学生がいて、制服は燕尾服です。卒業の3分の1はオックスフォードやケンブリッジといった名門大学に行くといわれています。

和泉 環境もよさそうですね。

大串 ええ。学校の敷地は、サッカーのピッチ11面、テニスコート25面を擁する、総面積400エーカーで、中にテムズ川が流れていて、ボート工場もあって。

和泉 校内に川? そんなに広いんですか!?

大串 そうなんです。授業に1分でも遅刻すると入室禁止、先生ですら5分遅れたらその授業は中止という厳しいルールがあるんですが、なんせ広過ぎて、教室の移動が大変で。時間節約のために、みんな屋外のフェンスにノートやファイルを置きっぱなしにしています。歴史ある名門校なので、いろいろと常識を超えた世界が広がっていましたね。

英国紳士のあるべき姿

和泉 この、表紙の男の子は誰ですか?

© SHOKO OGUSHI

大串 私のお気に入り、ティム君です。美術の時間が終わって、みんなランチに行くのに一人残って絵を描いていたのがティム君で。なんてきれいな人なんだろうと。

和泉 俳優さんみたいに堂々としてますねぇ。

大串 彼がしてるボウタイは最上級生だけが着けるものなんですが、先輩から借りてもらって、表紙用に撮影しました。ご学友が通りかかって、「何してんの?」とからかわれて、「俺が表紙になるんだよ」とドヤ顔をしたところの写真ですね。

和泉 美少年というテーマにぴったりで。

大串 彼は当時まだ17歳だったんですが、何歳か聞いたら「もうすぐ18歳」と答えて。早く大人になりたいんでしょうね。そんなところもかわいかったです。

© SHOKO OGUSHI
ランチは意外にも質素で、量も少ない。「ガツガツせず、食べられる分、必要な分だけを取り分けるという、紳士の教育なんだと思います。寮に行ったら、みんな私物のシリアルを食べています

和泉 これは何かのイベントですか。

© SHOKO OGUSHI

大串 ええ、“ Fourth of June ”というものです。家族や外の人を招いて、この日のための特別なボートウェアを着て、麦わら帽子に思い思いの花を飾り付け、テムズ川にボートを漕ぎ出し、花を散らすんです。絵画のような嘆美な世界が繰り広げられるイベントなんですが、人が多く集まるので、場所取りが大変なんですよ。

和泉 ええ。

大串 それで、遅れてきた夫婦が座る場所を探していると、ぽっかり空いているところが一箇所だけあって、そこには犬のうんちがあったんです。奥様が「私、そこに座るわ」というと、夫がサッとバーバリーのコートを脱いで、なんのためらいもなく地面に敷いて、奥さんを座らせたんですよ!

和泉 ええー!

大串 それを見た時に、英国紳士とはこういうものかと、思い知りましたね。夫が「いやだな、どうしよう」と取り乱すこと自体が、奥さんにとっては屈辱になるんでしょう。もちろん、そのコートを自分で洗う必要がないくらい、上流階級の家庭だと思いますが。

ドイツ軍の兵役の知られざる真実

和泉 続いてドイツ連邦軍の兵役の写真ですが、そもそもなぜドイツ軍なんでしょう。

大串 私は、美しい男性が制服を着ているのが好きなんです。裸は好みじゃなくて、顔以外は全部覆ってほしいぐらい。革手袋やブーツで覆われているくらいがベストなのですが、そういう意味ではドイツ軍の制服は上から下まで特に美しくて。

和泉 ほぉ~。

大串 ドイツは2011年まで徴兵制があって、私はその徴兵を撮影しました。3月1日の入隊から、10ヶ月間の軍隊生活を、数回に分けて撮影したんですが、その間に顔つきが変わっていくんですよね。撮影開始から2日後の3月3日に、戦後初の海外派兵でコソボに行くことが決定して、軍が急に慌ただしくなって。この後だったら、撮影許可も降りなかったかもしれません。

© SHOKO OGUSHI

和泉 銃を構えながらカメラ目線でニコッとしていたり、禁煙と書かれてる場所で堂々と煙草を吸っていたり、ちょっと軍隊にしては気が抜けているような写真もありますね。

大串 それには理由があって。ドイツには、軍人がナチスの影響でエリート化して暴走したという第二次大戦の反省があるので、軍隊の半分に民間人を入れるというシビリアンコントロールの意味で、極端な右傾化や先鋭化を防いでいます。だから、少し気がたるんでいるぐらいは仕方ないと大目に見られているのかもしれません。
例えばこの写真も

© SHOKO OGUSHI

よくみると縮尺がおかしいでしょ?

和泉 ほんとですね。

大串 全部小さいサイズで模型を作ってあって、そこで訓練するんです。縮尺の小さいモデルで練習すれば、広大な敷地がいりません。軍事費の節約ですね。兵役はわずか10ヶ月で、結局兵隊としては使い物にならないことはわかっているので、なるべく予算をかけたくないんです。だから、軍服も払い下げで、銃も旧式。戦車なんかも、実物ではなくプラモだったり。

和泉 面白いですね。

大串 イギリスで写真展をやった時には、イギリス人に皮肉っぽく笑われましたよ。「俺たちはこんな連中を相手に必死で戦ってたのか」って。

© SHOKO OGUSHI
本当は真っ黒に塗らなきゃいけないのに、塗り残しが目立つテイツ君。自分の美貌を汚したくなかった?

和泉 そう言えば、大串さんのプロフィール写真も、ドイツ軍の戦車に乗っているところでしたね。

大串 ええ。「乗る?」と言われて、「え、そんな簡単に、いいの?」と思いながら乗りました。初め、ステップが高すぎて足が届かなかったんですが、軍人がサッと座って片膝を立て、「自分を踏み台にして乗れ」と。

美少年は、特殊な男性社会でのみ存在する

和泉 さて、今までの話からも少し垣間見えてきましたが、ずばり、大串さんの考える美少年の定義とは何なんでしょう。

大串 誤解されやすいんですが、その人の容姿が美少年かどうかを決める要素ではありません。イケメンって、誰に対してでも使えるような、アナログな言葉だと思うんです。私も、仕事が欲しければ、営業トークとして相手の男性に対して「イケメンですねぇ」なんて使いますから。でも、美少年というのはデジタルな存在であり、0.1MHzでも違えば当てはまらない、特定の周波数なんです。稲垣足穂的にいえば、イケメンはいくらでも入れ替え可能な、相対的な存在ですが、美少年は絶対王国に住んでいる、というか。美少年をあえて言葉で定義するなら、秩序、階級、ルール、制服、不条理などに支配された、特殊な環境下の男性社会にのみ存在し、開発されていくもの、でしょうか。

和泉 と言いますと?

大串 例えばイートン校は英国紳士を育てる教育機関ですし、軍隊もそう。そういう特別な環境下で、しかも女性が排除された社会で、男性の中に育っていく特有の様式美があると思うんです。

和泉 なるほど。

大串 イートン校の燕尾服も毎日着るから身についた所作があるし、ドイツ軍の軍服も、軍人じゃない人が着たら風格は出ないんですよ。

和泉 確かに。

大串 それから、一瞬の儚さもあると思います。稲垣足穂がとても的確な表現をしていて。「女性は時間と共に円熟する。しかし少年の命は夏の一日である。それは『花前半日』であって、次回はすでに葉桜である」(「少年愛の美学」より)と。

和泉 興味深い表現ですね。

© SHOKO OGUSHI
3つめのテーマは、オリンピック近代五種。一人の選手が、射撃、フェンシング、水泳、馬術、ランニングの五種目に挑戦する。

私の一冊

稲垣足穂「少年愛の美学」

私が考える美少年の定義を書き表した名著です。この本が先にあったのではなく、美少年の撮影を始めた後に読んだんですが、何となく考えていたことが明確に言語化されていて、驚きました。よし、間違ってない、この方向で撮り続けていこう、という後押しにもなりましたね。こういう素晴らしい本が絶版なのは残念なかぎり。古本でみつけたら、ぜひ手に取ってみてください。

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