農家の嫁カンパニー
正統派の味わいを、新しいスタイルで
朝に一杯。仕事のブレイクタイムに一杯。コーヒー…ではなく、一杯仕立てでドリップして、そのまま飲む出汁、「飲む温だし」の話である。ありそうでなかったこのスタイル。しかも、味覚のエキスパートたちから、美味しさのお墨付きをもらっている。朝倉にある「農家の嫁カンパニー」の空閑夫妻が世に送り出された注目の逸品だ。
「飲む温だし」を構成する食材は8種類。
北海産の干し帆立貝柱と昆布、鹿児島県産のかつお節とさば節、大分県産の干し椎茸と、まるで老舗料亭の板場に並んでいるようなラインナップ。コハク酸やグルタミン酸などの天然旨味成分を総動員させているのだ。そこへ、ミネラルなどの機能性を持たせるために、麻の実、宮古島産の雪塩、北海道産のてんさいオリゴ糖を投入した。
ドリップパックに入っているのは、これがすべて。酵母エキスや発酵調味料などの人工的な成分は一切使用していない。
ドリップパックを使うことで、正統派の出汁を現代のライフスタイルに組み入れたこと。コーヒーのように出汁を飲むというアイデア。これらが評価され、「飲む温だし」はグッドデザイン賞を受賞。さらに、世界味覚コンテストでも優秀味覚賞に選出される。世界中のシェフやソムリエが目隠し方式で審査し、”食品のミシュランガイド”ともいわれる名誉ある賞だ。
グッドデザイン賞も優秀味覚賞も、出汁の受賞としては初という快挙である。
夫婦それぞれの、得意分野を掛け合わせて
空閑夫妻は、それぞれがスペシャリストとして活躍している。夫の正樹さんは花農家の3代目。植物を求めて、フランスやオランダなど世界を舞台に飛び回る。妻の亜紀さんは、天然の染料・ヘナによる染髪の伝道師。体質や病気で毛染めができない人の元へ、全国各地に赴く。
そんな2人の共通点は、自然の尊さを仕事で常に感じていることと、美味しいものに目がないこと。仕事とプライベートで週に2〜3日は家を空けるほど多忙なふたりは、それぞれの地域にある素晴らしい食も楽しんできた。
「飲む温だし」の前身である料理用の「温だし」は、身体の弱かった亜紀さんが、自身の体質改善のために考えたもの。国立病院の看護師という経歴を持つ亜紀さんは、食が身体へ及ぼす作用などの専門知識を持ち合わせている。海外暮らしで和食の素晴らしさに目覚め、その要である出汁に着目したのだ。
しかし、いくら食の安全性や機能性を高めても、美味しくなければ続かない。食通のふたりは、納得いくまで素材を吟味。8種類の食材を0.1グラム単位で調整し、味わいも極めた。
そんな「温だし」を近所におすそ分けしたら、たちまち評判となったのも必然だろう。「温だし」が時代に求められているものだと実感したふたり。そこで、商品化に長けている正樹さんが製造・販売の手はずを整え、ウェブサイトやパッケージを作成し、世に送り出したのである。
日本食文化の真髄を、国内外へ手軽に届ける
2013年にユネスコ無形文化遺産に登録された和食。2020年の東京オリンピック開催で拍車がかかり、今まで以上に世界が和食と触れ合う機会が増えている。
しかし、出汁本来の在り方である、天然物から自然に抽出された旨みを味わうことは、私たち日本人でさえそう多くはない。沸騰したお湯の火を止めてかつお節を入れ、1分たったらふきんでこして…というような手順も、それに見合った「出汁をひく」という奥ゆかしい日本語も、触れる機会が少なくなっている。
出汁は全ての日本料理の真髄。何世紀にも渡って培われ、先人の生活の知恵から生まれたものだ。日本古来の食文化を守っていくこと、広げていくこと。そんな場面でも「飲む温だし」は頼もしい存在となっている。
転勤族の娘だった亜紀さんが両親とともに朝倉で腰を下ろしたのは、自然の豊かさにある。そして、福岡市内や空港へもアクセスがよいこと。正樹さんと亜紀さんが出会ったのは、朝倉の町おこしのボランティア活動だそう。「『温だし』は、ふたりの子どもみたいなもんです」と正樹さん。
”利益”や”儲け”という言葉からかけ離れたところで生まれた「温だし」。多忙なふたりの体調を整え、全国からも喜びの声が届くようになった。さまざまなうれしい変化がある中で、特に喜ばれているのは旨味が唾液を分泌する作用。天然の出汁は飲んだ後に口の渇きがなく、ドライマウス対策として飲んでいる人も多いという。
身体は毎日の食事の積み重ねによってできている。日常の食事はもちろん、離乳食や介護食にも安心安全な栄養素として「温だし」を取り入れてほしいと空閑夫妻は願う。
朝倉から全国へ、世界へ。「飲む温だし」が、日本の食文化と健やかな日々を手軽に届けてくれる。