もじょか堂
4羽の鶏からはじまった食のセレクトショップ
熊本県の最南端に位置する水俣。ここに、地元の安心・安全な食材を全国へと届けるオーガニックのセレクトショップ『もじょか堂』がある。代表の澤井健太郎さんは、水俣生まれの熊本育ち。関東の大学へ進学したのちニュージーランドへの語学留学などを経て、かねてよりの夢だった青年海外協力隊員を目指すも身体検査に引っかかり断念。一度は途方に暮れたものの、自分に何ができるかを問い直し、かつて農業を学んだ水俣の地に帰ってきた。自宅で4羽の鶏を飼いはじめ、10ヶ月後にようやく産まれた卵のおいしさに感動して以来、養鶏にのめり込んだ澤井さん。餌にもこだわり、収穫した卵を一個売りしたのがもじょか堂のはじまりだ。その後、地元の農産物や加工品にも視野を広げ、現在は水俣市内の店舗で販売するほか、個人宅配、ネット販売、熊本県内の飲食店への卸も行っている。
取り扱う食材はすべて、澤井さんが作り手のもとに足を運び、話を聞くことで生産へのこだわりを吟味したものばかり。“作り手の顔が見える”だけでなく、彼らの想いを伝え、買い手とつなぐのもまた、もじょか堂の持つ役割だ。
「もじょか」の意味は、水俣の方言で「かわいい」。作り手の愛情が込められた、まさに“かわいくて大切な”食材を届ける拠点だ。
卵に紅茶にアボガドまで選び抜いた食材だけを売る
野菜、果実、お米をはじめ、卵、味噌や醤油などの調味料、お菓子などの加工品まで、もじょか堂で取り扱うのは幅広い。その栽培方法や加工過程も、こだわり抜いたものばかりだ。甘味・粘り・弾力が三拍子そろうのは、除草剤の代わりに雑草を食べてくれるジャンボタニシの力を借りて実った自然栽培米(※1)。また、砂糖なしでもほんのり甘くフルーティーな香りただよう和紅茶は、30年以上にわたり水俣で無農薬栽培されてきたもので、老舗和菓子店「とらや」の紅茶羊羹にも使用されている(※2)。水俣名産の甘夏から生まれたマーマレードは、無農薬・有機栽培の持ち味を活かして、きび砂糖だけを加えてじっくりと煮込んでつくる。素朴な甘さがクセになる一品だ(※3)。もじょか堂の自社農場からは、自然栽培のマイヤーレモン。果肉ごと食べられるほどに甘みが強いのが特徴で、ジュースやお菓子などにも適した品種だ。
もじょか堂が2011年から取り組んでいるのが、無農薬アボガドの栽培。原点は、澤井さんがニュージーランド在住中に出会ったアボガドの美味しさにある。水俣の地にあった栽培方法の確立を目指して土づくりから試行錯誤を重ね、現在はハウス栽培で挑戦中だ。希少な国産アボガドが店に並ぶ日も、近いかもしれない。
- ※1…本田智久さん 熊本県産米「森のくまさん」
- ※2…天野製茶園「天の紅茶」
- ※3…ガイアみなまた「あまなつマーマレード」
豊かな“食”を取り戻した水俣を、ふたたび伝える
山々にかこまれ、西にはおだやかな不知火海がひろがる水俣。大自然の恩恵を受けた食材たちは、しかし、長きにわたり「水俣産」というだけで買い手が避け、作り手もまた胸を張って売ることができない時代が続いてきた。「もじょか堂」は、耐えがたい過去に真正面から向き合ってきた作り手の信念をしっかりと人々に伝える役割も担っている。2015年12月には、食べ物付きの季刊誌『水俣食べる通信』(※1)を創刊。恵まれた自然環境のなかで育まれる海産物、無農薬の野菜や果物、古代種のお茶など、新鮮な旬の生産物と、それをつくる生産者の苦悩の日々やものづくりへの想いをひとつにして、全国へと届けている。作り手と買い手をつなぐことからさらに一歩踏み込んで、そのあいだの距離を縮める試みだ。
豊かさを取り戻した水俣の“食”を、ふたたび人々のもとへ届けるもじょか堂。食によって苦しんできた地だからこそ、食を通すことで未来をつくっていく意義が、ここにある。
- ※ 1…地方の生産者と都市の消費者とのあいだの“距離”を縮めるために2013年に東北からスタートし、リーグ制で全国へと広がりをみせる食べ物付き季刊誌の水俣版