イカ吉工房
このイカをたたいてみたら「たたきいか」
一度聞いたら忘れない。「たたきいか」とはワイルド、いや、なんだかチャーミングな名前じゃないか。
干したイカを炭火でじんわりあぶり、くるっとロール状にして石の上へ。カンカンッとトンカチで叩けば、今回紹介する「たたきいか」の出来あがり。「そのまんまの名前でしょ? カツオのたたきみたいにネギやポン酢はかかってないですよー」。そう教えてくれたのは、「いか吉工房」の吉村高浩さん。対馬の真ん中あたりに位置する千尋藻(ちろも)という集落で、対馬の郷土食「たたきいか」を商品化し、島内外においしさを広めている。
おしゃべりしながらも手元はトントンとリズミカル。1時間で30枚も叩けるそう。仕上がったイカは、きれいに繊維がほどけている。まるで七夕飾りのような美しいビジュアルだ(後で我々も体験させてもらったが、ボロボロの「たたきいか」が完成してしまった…)。さてさて、焼き立てがそのままがいちばん!さっそく 口にふくんで噛みしめてみる。すると、香ばしいイカの向こうに、対馬の海の味わいが。イカを乾かした陽の光、風の味までよみがえるよう。素朴なのにとても複雑。噛むほどに好きになる、後をひく。
イカの「み」はもちろん、さらに香ばしさが増す「へそ(げその付け根あたり)」、むにむにしている「あし(げそ)」も食べ比べしてみるのが、おすすめだ。
吉村さん定番の食べ方は、醤油や酒、ちょっとだけの砂糖であえた、味付けバージョン。「ご飯のおかずにも合うんですよね。子どもの頃、白おにぎりに味付けした『たたきいか』のセットが、好物でした!」。
僕なら、対馬の海と何をする?と考えた
イカはもちろんのこと、アナゴにアラカブ、クロ(長崎でよく食べられる白身魚。おいしい!)、ヒジキなどの海草、そして塩。たくさんの恵みを与えてくれる海が、吉村さんは大好きだ。また、海の恵みは食べものばかりではない。「生まれた時から目の前が海ですから。海でぼーっとするのが何よりの幸せ。生き返ります」。
福岡で携わっていた介護の仕事にひと区切りつけ、対馬に戻ったのが27歳の時。大好きな海とともにある生活が、リスタートした。父は漁師。母は魚料理が自慢の民泊運営(当時)。さて、自分は海と何をする?と、見つけた答えが「たたきいか」の生産。そして商品を通して、ふるさと対馬の存在を発信することだった。
ちなみに「たたきいか」は、対馬で昔から親しまれていた調理法で、吉村さんが子どもの頃はどこの家庭でもつくられていたそう。各家庭には“我が家のMYたたき石”があり(吉村さんが現在使っているのも、おばあちゃんの石!)、おばあちゃんやお母さんがトントン、カンカン、重たいトンカチをふるって叩いていたとか。ちょっと疲れたなあと思ったら、子どもたちにバトンタッチ。小学校4年生にもなれば立派な叩き手で、それより年下の子どもたちはイカを細かく裂く係の担当だ。昔は冷凍庫がなかったので、大漁だったイカは、とにかく干す。カラカラになるまで乾かして、食べたい時にあぶって、叩いていたのだ。
おいしさのヒミツ、海山の“循環”を広める
朝7時半。千尋藻の海の向こうの山から、朝日がまぶしく差し込む頃。吉村さんは海に浮んでいるような作業小屋に向かう。イカをさばき、くるくる回転するマシン(名付けてイカゴーランド!)で乾燥させたり、魚をおろして干物をつくることもある。「これから対馬で初めてのカキ小屋にチャレンジしたいんです(2016年3月OPEN予定)。今、つくっている干物はそこで食べてもらうつもり」。おいしいもの好きの人々を惹きつける名コンテンツ「カキ小屋」で、対馬に観光客を呼び込みたい。生産者から一歩踏み出し、対馬のみらいをつくる存在へ。そんな気持ちで、吉村さんは奮闘中だ。
「対馬は山がいい。だから海もいいんですよ」と対馬トークはつきることない。訪れてみるとびっくりするほど急峻で、天然の雑木林が覆いつくす山々。その岩肌をかいくぐった水は栄養分をたっぷり貯え、海へと流れ込み、とびきりおいしい魚や海草を育んでいる。山の世界と海の世界は、密接につながっている。対馬は、その事実を教えてくれる島なのだ。
「この循環のなかで生まれること。それをダイレクトに感じられる自然環境。我が地元ながら、対馬はオモシロイ! いつか子どもたちが思う存分自然と組み合い、人間としての生きる力を伸ばせるような場所をつくりたいですよね」。もう、吉村さん、対馬の広報マンになってください!
たたきいかをつくった後に出たクズは吉村家が個人的に(!?)養殖している魚のエサにします。これも循環。船を乗り回し、巨大なまこを生け捕りにするお父さんも素敵すぎ。
対馬スペシャルな食材がほら、こんなに!
そう、我々にすすめられずとも、吉村さんは対馬の広報マンになっていた…!!
「皿の上の九州」にも、強烈なまでにスペシャリストな生産者さんたちの“作品”を連れてきて、発信してくれる予定だ。たとえばこんな感じ。
対馬原木椎茸の生産から販売まで手がける、大石商店・大石夫妻のしいたけ。乾燥前の肉厚で大きなしいたけを、旨味を逃さないよう適度な頃合いまで乾燥させて出荷する。
対馬によくぞこんな役者が揃ったもんだ!という素晴らしい面々。みなさんものすごく研究熱心で、我が椎茸、我がハチミツ、我が塩に関して何時間でも語れる情熱を持っていらっしゃる。吉村さんが、大・大・大リスペクトする方々。「皿の上の九州」ではその底力まで、きっと感じられる!