2015.03.27(金)
棚田が育む懐の深さ
「百年邸」や野菜の加工品開発など、地域独自の試みをはじめた「ひめはる」だが、実は以前から、個性溢れる人たちの活動拠点ともなっている。集落内には、木工のアトリエや焼き物の窯元など、ものづくりの生産拠点をはじめ、築約100年の日本家屋を改装した現代アートのギャラリー、マクロビオティックのレストラン、そして高木さんが夫婦で営む「ゆむたファーム」もある。彼らの多くは移住者だ。 一見すると閉鎖的にも思える谷筋の集落「ひめはる」だが、山の斜面に棚田を開発したことによって周囲がひらけ、開放的な雰囲気も併せ持つ。実はこの棚田のある風景も、過疎化が進むこの集落だけではなく、外部からの支援によって守られている。古くからこの棚田を鑑賞しに訪れる人の往来が、地域の気質を形成しているのかもしれない。
「この土地に住んで10年になるけども、“よそ者”の私に公民館の主事や区長を任せてくれたんですよ。「ひめはる」には外の者を受け入れてくれる懐の深さがある」と話す米川さん。実は、田舎暮らしをしたいといろんな地域を探していた時に、この地の美しさに魅せられ、早期退職した。妻を都会に残して単身この地に移住してきたというから、「ひめはる」への思いは人一倍なのだ。(※現在も奥様とは仲良しです)
山の斜面に広がる新川地区の棚田。シーズンにもなると1日1000人単位で人が訪れるという。稲刈りの時期になると真っ赤な彼岸花が咲き誇り、見る者を楽しませてくれる。その数なんと50万本。
「正直ブランド」でも紹介した「ゆむたファーム」のとれたて卵。この日なんと取材地まで配達してくれた。「正直ブランド」
この地で30年、スペイン料理店「IBIZA」には、遠方からはるばるやってくる客が絶えない。ライブやイベント、海外からの中期滞在者を受け入れるなど、都心部との交流も盛んな場所の一つだ。
飲食店やギャラリーなど個性的な活動を続けてきた人たちも、ようやく大きな輪になろうとしている。最近では食やものづくりに関わるワークショップを月替わりに開催。木工椅子づくりや、石窯ピザ教室など、子どもも一緒になって楽しめる体験教室も多い。
こうした新しい流れにも期待を寄せる一方で、目をそらせない現実もある。
「若い世代、できれば子連れの移住者が増えると嬉しいですね」と熊懐さん。
というのも、集落にある唯一の小学校の全校生徒数は、12人(2015年4月現在)。授業がマンツーマンなのはありがたいが、廃校寸前の人数だ。
「子どもがいなくなるということは、コミュニティが崩壊していくことと同じですからねえ」と、2児の母でもある高木さんも悩ましげに話してくれた。
豊かな自然の真ん中で子どもがのびのび育つのは、子育てをする親にとって理想。だが、そんな単純なものでもないらしい。例えば、店や街灯もほとんどなく冬になると真っ暗な通学路。学校までの距離も決して近くはない。家族のように共に育つ友だちや先生との関係は貴重だが、卒業後に待っているのは大人数の中学校。かえって子どもが大変な思いをしないのだろうか……と、話し出すと課題は尽きない。
とは言うものの、地域ぐるみで子どもを育ててくれる密な環境は、やはり何ものにも代えられない宝物。最近は山村留学などの導入で、他地域からの子どもたちの受け入れにも積極的だ。
「実はもうひとつ目標があるんですよ。外からの人だけじゃなくて、うきはの人たちに『地元にこんな場所があったんだね』と知って欲しい」と熊懐さんは「ひめはる」への思いを話してくれた。
10年後の「ひめはる」を想像する
「地域の人たちの受け皿になるような、そして外からやってきた人たちの窓口になれるような組織ができたことで、これまでバラバラだった取り組みが面になり、連携がとれるようになるんじゃないでしょうか」
うきはに生まれ育った熊懐さんだからこそわかる「ひめはる」の魅力。今、踏ん張れば現状は変えられるという思いが、言葉の端々から伝わってくる。米川さんも高木さんもまた然りだ。その思いは、「ひめはる」にある資源が、地域で循環しながらも価値化に向かっていく糸口になるのかもしれない。
これまで産学官民が個別に試みてきた「ひめはる」の地域活性化。そこに「うきプロ」という扇の要が生まれたことによって、個々の取り組みを束ねることができるようになった。地域住民、行政職員、ボランティア、移住者……。性別も年齢も立場も異なるそれぞれが描くのは、必ずしも同じ「ひめはる」ではないかもしれない。確かなのは「ひめはるを残したい」という一致した思い。
谷筋の集落「ひめはる」に込めるみんなの思いをひとつにつなぎながら、「うきプロ」を通した地域活性化の試みは、動き出したばかり。これから10年、20年と時が経ち、ふとこの取り組みを振り返ったときに、彼らの活動がこの地域にどんな豊かな恵みをもたらすことになるのか、今から楽しみだ。
飄々としつつ自由でほがらかな高木さん(左)。どっしりしていながらもお茶目な米川さん(真ん中)。人情味溢れるうきはっ子の熊懐さん(右)。それぞれ違った魅力を持つ3人の「ひめはる」への関わり方もまたそれぞれ。
(文・写真 アナバナ編集部 ※写真は一部高木さんに提供いただきました)
編集後記
みなさんは、隣の家に住んでいる人と話したことがありますか? 私が若い頃に東京に住んでいたときは、お隣さんとは会釈するくらい。どんな仕事をされている方なのかなんてまったく知りませんでした。そんなこと当たり前の都会の人たちからすると、「ひめはる」の人との距離感は格別です。隣の人どころか同じ集落内に住む者はみんな友だち。「○○さんのつくる料理は格別ですもんね〜」「あんたんとこ(高木さんちの養鶏場)の鶏ば今度持ってきてくれんね」……。皆さんの楽しそうな掛け合いに耳を傾けていると、田舎暮らしが羨ましく思えてきます。付かず離れずの何ともいえないこの距離感が、皆さんが「ひめはる」を愛するひとつの理由なのかもしれませんね。(堀尾)