インタビュー

【前編】佐賀の暮らしに、山との接点をつくるYAMAOSM。 クリエイターたちの想いが、人と山をつなぐ架け橋に。

2023年、佐賀県では県民一人一人に山の価値を見つめ直してもらおうと、山をテーマにした「YAMAOSM(ヤマオズム)」というプロジェクトを開始しました。県から委託を受けたクリエイターが中心となり、山の自然や楽しさを等身大の視点で発信しています。山をテーマにするとはどういうこと? クリエイターたちが山のことを発信するのはなぜ? たくさんの「?」の答えを求めて、プロジェクトに携わる方々にお話を伺いました。前編・後編の2本立てでお届けします。

夕焼けに染まった有明海、秋空に映えるカラフルなバルーン、公園を元気に駆け回る子どもたち。佐賀の風景を切り取ったひとコマには「山」があり、人々の暮らしに自然なかたちで溶け込んでいます。しかし、あまりにも身近すぎるために、その大切さや守ることの意味が希薄になっているのではないでしょうか。山は、木材や水など生活に欠かせない貴重な資源をもたらします。いっぽうで、中山間地域の過疎化やそれに伴う森林の荒廃、気候変動による生態系の変化といった問題も抱えています。

前編の記事では、立ち上げメンバーの皆さんが活動のなかで大切にしていること、山に対して抱いている想いなどを紹介します。

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「YAMAOSM」という名称は、「目覚める」の意味をもつ佐賀の方言「おずむ」に由来。「山の真価に気づく」という想いが込められています

山に眠る魅力を発信したいという気持ちが原動力に

「YAMAOSM」のメンバーは、佐賀や九州で活動するデザイナー、編集者、広報、イベントプランナーによる6名の企画・運営チームのメンバーを中心に、プロジェクトに関係するメディアや制作物には、さらに10名を超えるクリエイターが協力しています。その顔ぶれも、デザイナーやイラストレーター、写真家、編集者、さらには音楽家、アニメーター、動画制作、Web制作など実に多彩です。

中心メンバーとして運営に携わるのは、田中淳さんと伊藤友紀さんによるデザインユニット、tuii(ツイ)です。佐賀市松原を拠点にして、企業やブランド、商品、農産物などのアートディレクションのほか、店舗の開店や運営のサポートを行っています。伊藤さんは、フリーランスのデザイナーとして活動していた頃から、佐賀の中山間地域の農家と接してきました。

「せっかく素敵な農産物や商品があるのに、どう魅力を伝えるかに悩む農家の方がたくさんいて。もっと大きな規模でアピールできればという意見を、よく耳にしてきました。佐賀の山に関わる方々を紹介するYAMAOSMだったら、デザインの力で役に立てるんじゃないかと思ったんです」。

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tuiiの伊藤さん(右)。「YAMAOSM」の活動を機に、休日に登山を楽しむようになったそうです

活動は、メンバーの知識を深めるために、佐賀県内のリサーチから始まりました。プレイヤーと呼ばれる中山間地域で活躍するキーマンから、山のこと、仕事内容、そして山をどうしていきたいかなどを、1年近くかけてヒアリング。環境学習の取り組みや、山のプレイヤーの紹介、担い手育成、移住、産業、観光など、さまざまな課題へアプローチする試みは、すでに佐賀県で実施しているため、この事業では、それらの施策や仕組みの一歩手前の活動として、まずは佐賀の山が自分ごとになるような接点や興味をもってもらうために伝えていくが必要ではないかと考えました。

山の専門家ではなく、クリエイターが関わる意義

クリエイターの皆さんは、それぞれの専門分野を活かして、「YAMAOSM」のコンセプトアニメーションやポスター、タブロイドなどを制作。さらに、定期的に佐賀の山へ足を運び、そこで見つけた魅力、おもしろさ、エピソードをInstagramで発信しています。

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イベント「YAMAOSM祭」のキービジュアルは、イラストレーターの宮地 明日香さんが手がけました

tuiiの田中さんは、「表現力や感性、探究心、そして情報発信力など、クリエイターとして培われてきた技術が活かされています」と語ります。さらに、「クリエイターには何かを伝えたいという意志が、素質として備わっている方が多い。佐賀には、いいものがまだまだたくさんあります。それを掘り起こして世に発信することに、僕たちが関わるのはとても意義のあることです」と力を込めます。

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田中さん(右)は、「ともすると風化してしまうものがあるなかで、誰かが伝えるからこそ残るものもあります」と語ります

「山が好き」であることに、正解なんてきっとない

「登山やキャンプをしないからといって、山が好きじゃないということにはならないと思うんです」と話すのは、tuiiとともに中心メンバーとして、「YAMAOSM」の立ち上げや企画に携わっている編集者・ライター・ファシリテーターの竹尾真由美さん。インドア派で、これまで山に触れる機会はほとんどなかったそうです。

「『山は好きですか?』と聞かれて『好きです』って答えたら、どうしても『登山するんですか?』という流れになってしまう。それって、ちょっと違うんじゃないかと思って。私は基本的に山へは積極的に行かないけれど、山を見るときれいだと感じるし、癒されます。それに誰だって、自分が住む町の山が荒れてしまったら、悲しい気持ちになりますよね。それは潜在的に、郷土の山に親しんでいる気持ちがあるからだと思うんです。山に対してもっとライトな関わり方があっていいし、一人一人に『好き』の形があっていいはず。だからYAMAOSMでは、山の楽しみ方を限定せず、多面的に紹介するようにしています」

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「プレイヤーから教えてもらったことをクリエイターの視点を介して地域の方々に伝えていく、触媒みたいな存在でありたい」と話す竹尾さん

メンバーの意識に芽生えた変化と、見えてきた山の可能性

1年以上にわたり佐賀の山と向き合ってきたなかで、メンバーそれぞれに意識的な変化が生まれました。「以前は強い風しか気にすることがありませんでしたが、最近はふとしたときに、山で感じたあの風に似ているなといったことを、ごく自然に考えるようになりました」と田中さん。頬を撫でる微かな風、雨雲の間から差し込む陽光、ゆっくりと移ろう季節。これまで当たり前に享受していた自然への眼差しが、少しずつ変わってきたといいます。

さらに田中さんが、「山と何かを掛け合わせたときに生まれる力は底知れません」と語るように、新たな可能性も見えてきました。たとえば、コーヒーと山。いつものコーヒーも、山頂で澄んだ空気と一緒に味わうのは格別です。あるいは、人と山。初対面でも共に汗を流しながら山を登ると、いつの間にか仲よくなっていることも珍しくないそうです。ほかにも音楽鑑賞、お茶会、ヨガなど、趣味やライフスタイルと掛け合わせることで、山での楽しみ方は無限大に広がります。

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「山はおおらかで、何でも包み込んでくれます」と話す田中さん。「込み入った話も、山でするとうまくまとまるはず。山と会議、いいですね(笑)」

山に興味をもってもらうための「入り口」をつくっていきたい

多くの方に山に親しんでもらおうと、2024年11月、「YAMAOSM」による初のイベントが開催されました。メンバー内で話し合った結果、最初から山に誘うのではなく、まずは街中で山らしい時間の過ごし方を提案することに。第1弾として、街を会場にした「YAMAOSM祭“まちのば”」を佐賀市のARKS(アルクス)で、続いて山を会場にした「YAMAOSM祭“やまのば”」を神埼市の高取山公園で行いました。

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11月23日の「YAMAOSM祭“やまのば”」の様子。大人から子どもまで幅広い世代が訪れました

両イベントとも、誰でも気軽に楽しめるように、山の循環やプレイヤーについての説明はあえてしなかったそうです。山について知ってもらうことも大切ですが、まずは興味をもってもらうことが先決。楽しそうだから足を運んでみたら、いつの間にか山に興味が湧いていた。それくらいライトな感覚が、山の入り口にはちょうどよいのかもしれません。

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「YAMAOSM祭“やまのば”」で行われたミニライブ。ほかに、生産者と直接交流できる販売ブースなども賑わいました

これまでの活動を通して、メンバーは少しずつ手応えを感じてきたといいます。「タブロイドやコンセプトアニメーションの反応もよく、Instagramのフォロワーも増えてきました。YAMAOSM祭にも、予想を超える数の方が来てくださいました。佐賀の皆さんに受け入れられているという実感は確かにあります」と伊藤さん。普段、山で活動していないからこその等身大の目線、そしてクリエイターならではの発信力を活かして、「YAMAOSM」は佐賀の山と地域の暮らしの架け橋になります。

いきなり山が抱える課題に向き合うのは、少しハードルが高く感じるかもしれません。しかし、「YAMAOSM」が提案する山のさまざまな楽しみ方に触れることは、山のことを考えるきっかけになるはずです。その第一歩は、やはり楽しむこと。「YAMAOSM」を通して、あなただけの「楽しい」を見つけませんか?

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「YAMAOSM祭“やまのば”」の会場で、「YAMAOSM」のタブロイドを手にする佐賀県担当者の高添氏(右)と開催地・神埼市の皆さん

後編では、「YAMAOSM」の活動に賛同する3人のプレイヤーを紹介します。

(取材:編集部、文:ライター/岩﨑 洋明、写真:カメラマン/勝村 祐紀)


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