移動手段やサービスが発達し、旅はぐっと自由で身近な存在になりました。
国内であれば、大体の場所には足を運ぶことができる。そんな便利な時代だからこそ、写真や形に残せないものが何よりも深く心に残るのではないでしょうか。
例えば、宿で出された炊き立てご飯の香り、早朝の散策で感じた風の心地よさ、地元の人と交わした他愛ないおしゃべり…。
スポットを巡るのではなく、その土地に入り込んで“過ごし方”そのものを楽しむ滞在のあり方にいち早く注目し、新しい旅の形を提案し続けてきたのが、大分県宇佐市の安心院町です。この地域で四半世紀に渡り続いてきた農村民泊「農泊」が、高齢化と時代の流れを受けて分岐点を迎えています。コロナ禍での継続とさらなる方向性を探る「安心院NGTコンソーシアム協議会」(以下、NGT)の皆さんに、これからの観光についての考えを伺いました。
農泊家庭の負担を減らして、新規参入をはかる
「安心院NGTコンソーシアム協議会」のミッションとは
西日本でも有数のブドウ産地であり、朝霧に包まれた景色も見事な大分県宇佐市安心院町。ここでの農泊は、郷土料理や農村体験、それに「一回泊まれば遠い親戚、十回泊まれば本当の親戚」という温もりあふれるおもてなしが自慢です。
長年多くの観光客を受け入れてきた安心院農泊ですが、受け皿となる農泊家庭の高齢化が進み、今や大人数の対応はかなり厳しい状況です。そんな問題を解決したいと、ぶどう農家でもある宮田宗武さん、安部元昭さん、石川知美さんが中心となって「安心院NGTコンソーシアム協議会(以下、NGT)」の活動が始まりました。
アナバナ編集部
「安心院といえば農泊」というイメージがすっかり定着しているのではないかと思います。現状で課題となっていることはありますか?
安部元昭さん(以下、安部)
安心院の農泊は、もともと「NPO法人安心院町グリーンツーリズム研究会」が始めたものです。コロナ前までは年間1万人ぐらいの方が訪れていたのですが、その7割ぐらいが教育旅行や修学旅行のお客様。どうしても春秋のシーズンに集中しますし、農泊家庭だけでご飯を作って、清掃をして、体験まで目を配るのは大変。農泊家庭のお父さんお母さんが高齢になり、受入を辞めてしまう要因にもなっています。
宮田宗武さん(以下、宮田)
そこで、「宿泊」、「食事」、「体験」を分けて農泊家庭の負担を減らすことはできないかと考えたんです。例えば、「食事」だけ飲食店、「体験」は地元施設とか、できるところで手を挙げてもらう。そうすると新規参入もしやすいですし、協力してくれる人も増えるでしょう。
アナバナ編集部
なるほど。分業化だと負担は減りますね。
でも、活動をスタートして3年目には新型コロナが発生し、宿泊ができない状況に見舞われています。
皆さんはどんな動きをされているのでしょうか?
宮田
「宿泊」「食事」「体験」の分離は、実はコロナ禍にも合っていたんです。宿泊ができなくなっても、日帰りで食事や体験の楽しみは味わえますから。今は食や体験を強化しながら、コロナ後を視野に入れた準備をしています。
安部
「体験」については、独自の体験メニューを作ったり、観光用の「e-bike」のレンタルも検討したりしています。宿泊については、ホームページでの農泊家庭の紹介を充実させています。また、地域内のキャンプ場や他の宿泊施設など感染対策の整った宿泊施設とのマッチングも進めたいと考えています。
宮田
宿泊だけ見ると、年間1万人のお客様がゼロになり、農泊家庭は売り上げは厳しい状況です。でも、大分県の宿泊割引“新しいおおいた旅割”に登録するなど、積極的な動きを見せている方もいらっしゃいます。それに、2月には農泊家庭を絡めたイベントも開催したんですよ。
農泊のお楽しみ、スローフードを
安心院の新しいトレンドに
安心院農泊でNGTメンバーも大絶賛なのが、収穫したばかりの作物をふんだんに使った料理や滋味深いおふくろの味です。安心院農泊の「食」目当てのリピーターも多いとか。
宿泊が厳しい状況であれど、せめておいしいおもてなしを満喫してもらおうと企画されたのが『スローフードランチ EAT AJIMU』です。農泊家庭が腕によりをかけた料理に名物の唐揚げなどご当地グルメをビュッフェ形式で味わえるとあって、期間中は大盛況だったそう。
安部
スローフードランチは事前予約制としていたんですが、受付開始後3日でソールドアウトになりました。イベント終了後も参加できなかった方から「行きたかった〜」という声をたくさんいただきました
宮田
イベントの前後でお客様の表情が全然違っていましたもんね。帰りは皆さんすごくフレンドリー。積極的に会場で流したYouTube動画やイベントで配布されたクーポンチケットについて質問してくれる方もいらっしゃいました。
安部
でも実は「安心院を知らない」ってお客様がほとんどだったんですよ(笑)。それだけ今までと違う層にアプローチできたっていうことですよね。
安部
会場にもいろんな仕掛けをしたんです。まず、外から会場の中を見えないよう隠して、入場前にワクワク感を味わってもらって。大分大学の大学生に取材をしてもらって作った農泊家庭の紹介パネルや映像など、地域を学ぶコーナーにも力を入れました。
それに、なんといっても目玉は会場中央にセッティングしたケータリングです。味はもちろんですが、盛り付けもゴージャスにしていただきました。食を通じて農泊の楽しさを表現できたのが、お客様にとって期待値以上の満足につながったのではないかと思います。
今後もスローフードランチを定番化して、安心院で何か面白いことをやっているぞと注目してもらいたいですね。
石川知美さん(以下、石川)
料理を作ってくださった農泊家庭のお母さんたちは、後から会場の様子や参加者の反応を聞いて涙ぐんでいました。宿泊のお客様がゼロになって寂しい思いをされていた中だからこそ、喜んでもらえたことが嬉しかったんですね。
今回はコロナ対策もあって、ケータリングのプロに料理の盛り付けをお願いしましたが、次は農泊家庭のお母さんたちにも会場で交流していただきたいですね。
安部
そうそう、農泊家庭からお客様とのオンライン交流会を希望する声が上がっているんですよ。こちらも農泊家庭の皆さんをサポートしながら、いつでも動き出せるように準備したいと思います。
宮田
今回は補助金があったのでケータリング演出などもできたんですけど、継続するにはきちんと利益を出せるかが重要になるんですよね。イベントは呼び水としてはすごくいいのですが、一緒に体験や宿泊につなげて地域の中でお金が回っていくようにしないと。
アナバナ編集部
NGTとしては、ボランティア感覚ではなく、きちんと事業として農泊に取り組んでいらっしゃるんですね。
宮田
NGTは事業が成立するための知恵が集まる場所だと思っています。補助金を申請し、アイデアを実証して、収益を生む仕組みを構築する。
安部
地域の事業と絡んでいくことも必要ですよね。利益が得られるようになれば、一緒にコラボしてくれる人たちが増えるはずですし、もっと農泊を町全体で応援できるんじゃないでしょうか。
その架け橋になるのが、NGTの役割だと思っています。
「農泊発祥の地」ブランド化で
オンリーワンの観光を次世代へ
「宿泊」「食」「体験」の分離化で農泊の課題に取り組んできたNGTの皆さん。地域で取り組む農泊を次世代につなげるために、もう一つの目標を掲げているそうです。
宮田
NGTでは、「農泊発祥の地」のブランド化にも取り組んでいるんです。
そのパートナーにダイスプロジェクトさんを選んだ、ということが我々にとってとても重要なんですよ。そもそもこういったコンサルティングには農家を専門にアドバイスをしている会社を選ぶことが多いんです。でも、私たちの考えは違いました。安心院農泊の付加価値を都市に住む人の感覚にマッチングさせたかった。そこで、都市計画や街づくりに長けたダイスプロジェクトさんと組んだというわけです。
今はコロナの影響もあり、農泊の魅力である”交流”や”ふれあい”を全面的に推し出すのは難しいですが、いずれはこちらも力を入れたいと思っています。
アナバナ編集部
なるほど。素朴な農泊家庭の料理を印象的に盛り付けたスローフードイベントの演出などを見ると、安心院の魅力がより引き出されているように思います。
宮田
そうですね。コロナの影響で一時中断したものもありましたが、地元の農家だけだとそのまま立ち上がれなかったかもしれません。まだ先は見えませんが、0から動いただけでも100点満点ですよ。
アナバナ編集部
頼もしいですね。これからNGTでやってみたいことはありますか?
宮田
私は他のエリアの農泊に泊まってみたいですね。今は、安心院の古民家を一棟、シェアオフィスやコワーキングスペースに改修するプランも企画しているので、参考になる施設を訪れて自己研鑽したいです。
安部
僕はやっぱり農泊家庭とお客様をつなぐオンラインの交流会ですね。食材を事前に送って郷土料理教室を開くとか。あと、今はお客様がいないから農泊家庭で育てている野菜などが無駄になってしまうんですよ。これをオンラインで販売するとか。農泊家庭をサポートしながら売り上げアップできればいいな。
石川
私は、ちょっと気になることがあって…。農泊家庭のお父さんお母さんの笑顔が減っているような気がするんです。今はまだ遠くからお客様を招待するわけにはいかないでしょう。だから地元の子どもたちに農泊を体験してもらうのはどうでしょうか。安心院生まれでも農家育ちの子ばっかりじゃないですし。
うちの子もそうなんですけど、地元について調べる授業で農泊や農家さんを選ばないんですね。地域のことを知らないのはもったいない。
アナバナ編集部
地元、しかも子どもたちに発信するというのも大切ですよね。
石川
そうなんです。もう少し目線を変えて、今からの時代を担う子ども世代も巻き込まないと地方は潰れちゃいますよ。
県外への修学旅行ができないなら、農泊で。費用的にも断然安いでしょう。地元すぎて見逃していた場所も、行ってみると案外楽しんでくれるんじゃないでしょうか。
宮田
宇佐市や中津市、別府市とか、地元や近隣の子どもたちが泊まれるようなモニターツアーとかいいかもしれない。
安部
どうせなら、どこかの小学校か中学校の生徒全員を招待するキャンペーンとかいいかもしれませんよ。ニュースで取り上げてもらえるから、農泊のPRにもなるし!
宮田
それやりましょう! クラウドファンディングで支援を募るとかどうかな。
最後は、子育て世代の石川さんと安部さんから思わぬアイデアが飛び出し、一気に活気付いたNGTの皆さん。安心院内外のさまざまな人と交流を深めながら、農泊の魅力を発信しているお三方は、コロナ禍でも動きを止める事なく進み続けています。
NGTが持つ意味は、「NEXT GENERATION TOURISM(ネクスト・ジェネレーション・ツーリズム)」。農泊発祥の地・安心院は、次世代にどんな旅の楽しみを見せてくれるのでしょうか?
▽安心院NGTコンソーシアム協議会ウェブサイト
https://www.ajimu-ngt.jp/
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(取材:編集部、文:ライター/大内りか)