カバンから携帯を取り出し、スケジュールをチェックすると予定はパンパン。それでも予定が空いていると、遊びの予定を組んでしまう。隙間時間は何か情報を取りこぼしていないか、本屋に走ったり、ネットサーフィンをしたりしてしまう。そんなせわしない生活に閉塞感を感じている人も多いのではないでしょうか?
日常においてもシェアリングエコノミーやパラレルキャリア、など、従来にはなかったワードも登場してきたなかで私たちが選ぶ未来の『暮らし』についても、再考する時期がやってきているかもしれません。今回は、これからの暮らしを模索し、実践しようとしているコミュニティスペース『Qross』を参考事例としてご紹介します。
福岡市の中心地、天神。マンションの最上階で、ワンフロア。Qrossはそんな場所にあります。
『Qross』が立ち上がったのは2018年4月。都会のなかでさまざまなひと達が行き交うこの場所は、現在、0歳〜66歳の男女、総勢30名が拠点を構えています。
職業・性別・国籍は問わず。ざっと列挙しても映画プロデューサー、新米猟師、不動産会社社長、シェアハウス運営、アイドル、デザイナー、編集者、日韓ツアープロデューサー、占星術師、鍼灸師、小学校教師、大学教授、学生……と、属性はバラバラで、多岐に渡ります。
所有しているスペースは全体で3フロア。6階建てマンションの4階〜6階を賃貸利用し、4階と5階は宿泊スペースに、6階は共有スペースでリビングダイニングとして使われています。ここにメンバー全体の2割程度が定住し、残り8割は多拠点居住先のひとつとして利用しているようです。
この場所に腰を据えて生活をしている人たちもいれば、国内外問わずさまざまな都市と回遊している人たちの一拠点として使用している人もおり、ホテルでもないゲストハウスでもないシェアハウスでもない、そんな多様性のある空間がそこには広がっています。
Qrossでは、年間で様々な活動も行っているようです。
福岡内外の人たちが天神で様々な社会実験を始めている『Qross』の誕生にはどのような経緯があったのでしょうか。
Qrossの呼び掛け人である坂田賢治さんに、誕生からその後の1年を振り返っていただきつつ、その想いを伺いました。
社会が変われば、暮らしも変わるのでは、という問いかけを紐解いていく
アナバナ 『Qross』は、そもそもどういう場所なのでしょうか?
坂田 時代の転換期のなかにあるなかで、自分たちの暮らしを自分たちの手でつくっていくコミュニティであり、100年先の暮らしのための、実験と学びの場です。
アナバナ 100年先の暮らしの実験と学びの場。その活動が集団子育てやシェア田んぼや韓国ツアーなどということでしょうか?
坂田 それらは実験のなかでもあくまで分かりやすいもであって、僕たちからすると、活動の一部という位置にあります。このコミュニティの主たる動きは「暮らし」にあるんです。具体的な活動はあくまでも暮らしの延長上に派生したものであって、大なり小なり実験的な取り組みはさまざまあるんです。なので正直にいうと、外から見るとわかりにくい部分もあります。
アナバナ なぜ、今その場所が必要だと思ったんでしょうか?
坂田 今いろんな人たちがこの先どうなるんだろうかとか、このままでいいのかな? と、先行き不透明さを感じていると思うんです。その背景として、テクノロジーの急激な進化、社会システムの限界、地球環境の危機が特に挙げられます。
10年20年前には考えられなかったAIやブロックチェーンの登場、地球温暖化による台風や地震の増加、トランプ大統領の就任やイギリスのEU脱退など、今までだったらあり得ない、想定外のことがどんどん起きていく世の中に突入しました。
今まさしく、時代の転換期であるって言っていいと思うんですよね。そんな時代だからこそ、自分たちの暮らしを自分たちの手で作って行きたいと思ったんですよね。
アナバナ なるほど。つまり、予測不能なことが起こっている時に、社会に合わせて個人の生活を考えるより、まずは個人の暮らしがどうありたいか考えたいということでしょうか。
坂田さん自身がもともと『Qross』誕生の前にそのように考えていたということですか?
坂田 僕自身も個人で考えていましたが、同じことを考えていた仲間がたまたま集まって、一人よりは大勢でやった方が色々とできるよね、ってことで物件を探しはじめました。
個人的にはやはり、社会が変わっていくことにより個人が変わっていく、受け身の状況が面白くないと感じていましたね。社会が変わっていくということは自分たちの暮らしをここで変えることができる状況なので、どうせだったら自分たちが作り手となって能動的に変えていったほうが面白いんじゃないかなと思っていました。
そのためには、自分たちで暮らしを作る実験の場を作るのはひとつの方法論としてありだなと思ってQrossを作ったという経緯ですね。
アナバナ さまざまな取り組みのなかで、なぜ「暮らし」に重きをおいたのでしょうか?
坂田 最初はその時のメンバーが「暮らし」にポイントを置いていたという偶然に過ぎなかったんですが、今となっては多様なひとたちと実際に暮らすことで本質的なものが見いだせるんじゃないかと思っています。
いまの社会は結局、経済的利益を優先しがち、つまりは経済合理性が強い世の中になってきている。そのなかだと、どうしても、なんのためにやっているかというゴールが必要になります。でもゴールを設定することって、実は非常に限定的なんですよね。僕自身も前職でコワーキングだったり、オルタナティブスペースだったり様々な場所を作ってきたけれど、そこには仕事をする、表現をする、としっかりとした目的があった。
けれど「100年先の暮らし」となると、そもそも答えなんてわからないので、ゴールを設定すること自体が違うんじゃないかなと思うんですよね。
だとしたらその問題をクリアにするには、それぞれの環境や文化を持ち寄り「暮らし」を通じて、ありのままを受け入れていく。そしてお互いが支え合うことによって「余白のある状態」を作ることがまずは必要なのだと考えるようになりました。
精神的な余裕を持つことで見える、これからの選択
アナバナ 坂田さんが考える「余白」とはどういうものでしょうか?
坂田 いろんなものを受け入れる状態。目的とか意味を最優先にせず、お互いの個性を尊重する状態のことですね。
アナバナ なるほど。具体的にはどのような状態なのでしょうか?
坂田 精神的な余裕、と言うとわかりやすいと思います。この場所にいると安心・安全であると感じる状態。そのためにはお互いの良いところや悪いところも受け容れていく。Qrossのメンバーは、仲間と言うよりもっと深い、親戚のような存在あって欲しいなと思っています。
血縁関係の事実はないけれど、それに近い存在ができることで、心の鎧を外し、本来の姿に立ち戻る。「ただいま」「おかえり」と声をかけてくれる人がいる。そう言った精神的なセーフティーネットが存在することで、いままで気がつかなかった視点に気が付いたり、新しいものが偶発的に生まれたりするんではないかとも思っています。
アナバナ その結果、先ほど「活動の一部」とおっしゃっていた田んぼ部やきいちの学校などに繋がったということですか?
坂田 そうですね。活動は「余白」を作るためと言うより、「余白」がある上での活動ですね。きいちの学校も田んぼなども、時間を作って参加するわけだし、気持ちの余白が必要です。その余白を作るにはひとりだとそれこそ時間もお金も手間もかかることもあるので、その負荷をシェアして行けば、新しい活動に着手することができる、ということですね。
坂田 Qrossはそもそも0歳〜66歳と年齢層が幅広い。つまりは小さい社会なんです。そこの人たち同士がお互いを認めあって許容するって、自律心と包容力が必要だと思うんですね。それが、経済的合理性に寄っている社会にとって必要なアプローチになるかもしれない。
Qrossにいる人たちはそれぞれの分野でエキスパートな人たちも多く在籍しています。経済合理的な言動や行動を求められる人たち、自ずとビジネス思考が先行することが多くなっている環境の人たちもそれなりにいます。
けれども人間って結局感情があるからこそ、受け入れたり、見守ったり、理論では未だ説明できていない領域、つまり感覚的なものや言語化できないものが求められることもあると思います。そのバランスがとても大事で。Qrossメンバーには感覚寄りの人たちも複数名在籍しているので、相互作用でこれから先の暮らしを見出して行けたらいいなと思いますね。
アナバナ Qrossは天神にありますが、天神に拠点をおいたのは何か理由がありますか?
坂田 都市部でやる意味はすごくありますね。僕自身も長崎県の壱岐と二拠点居住していますが、合理的に進まないこともいっぱいあるし、自然を相手にすると思い通りに行かないことだらけです。余白を持つ、受け容れられる状態にするというのは当然の状態だったりするんですね。
けれども都会はツールや手段が選べるので合理的に動いていくことが可能。なので余白があれば埋めていくことができるんです。最短距離で行動していくほうが求められる場合もある。そんな都会のなかであえて余白を作るという行為が大事。そこには大きな意味があります。
アナバナ 都市部にいながら田舎に留学している感覚と近いですか?
坂田 というより、新しい実家のような感覚ですね。都会のなかで鎧を外せる場所がある。そうすることで、自分がどうありたいのか、に気がつくきっかけができる。
どうありたいかのアップデートを暮らしを通じて繰り返していくことによって、外部との接触の仕方や表現が変わって行くと思うんです。それが限界を迎えている現代の社会システムに向けての、新しいアプローチになるんじゃないかと予想しています。
アナバナ Qrossは、今後はどういった動きをしていくのでしょうか?
坂田 Qrossは決して閉ざされたコミュニティにしないということを意識しています。閉じてしまうと淀んでしまうので。一年経って、これからまた、人を増やしていくフェーズに入っています。そうしてまた多様性のある人同士で化学反応を起こしながら自分たちの気づきを得て行ければいいなと思っています。
ー自分たちの暮らし、となるとサスティナブルな要素は欠かせないものです。無理せず、自分の肩の力が抜ける場所。ありのままの自分でいられる場所。それが友達でもない、家族でもない、恋人でもない、コミュニティを通じて共同体となっている。それは、良い意味で依存を生まず、ほどよい距離感のなかで、時間や心の「余白」を生み出しているように感じました。新たな暮らしは、新たな社会関係から生まれる。Qrossでは、そう言った実験を暮らしを通じておこなっているのではないでしょうか。
総務省が2011年に発表した「情報流通インデックス」によれば、日本の情報流通量は2005年から一気に加速し、換算すると1日あたりDVD約2.9億枚相当の情報が流れている状況になりました。ボーダレスに情報が拡散され、世の中の動きはますます加速して、さらにテクノロジーの進化によって近い将来も予測不能とメディアで騒がれています。
福岡でも、新しい時代を迎えるかのように、天神ビックバンなど都心のまちなみが着々と変化しています。そんななか、固定概念にとらわれず、未来にあるべき暮らし、人との関係性を模索していくQrossが今後、どんなカルチャーを作っていくのか。引き続き注目したいと思います。
(取材・文:ライター フルカワ カイ、写真:近藤 悟)