前編に続き、日本フィル大牟田公演の事務局長上野さんに、オーケストラの魅力と日本フィル九州公演のこれからについてお話を伺います。
人口減少と高齢化の問題を乗り越えて、集客数を維持するために
アナバナ 上野さんは、大牟田公演を個人的な思いから始められていますが、お店も基本はお一人で切り盛りしながら事務局を続けられるというのは、ご苦労もあるのだろうと想像します。
上野さん(以下、上野) そうですね。大牟田には組織がないんです。12回目からの途中参加というのもあるけど、組織ができないまま見切り発車でスタートしたもんですから。それと、やっぱりメンバーになっていただくためには、自主運営しているんだっていうことをよくわかっていないと、単なる目の前の手伝いだけに終わってしまうということもありました。
アナバナ 組織化ということを考えたことはありますか?
上野 組織化なんていうととんでもない。目の前の作業に追われて何にもできないまま時間ばかり経ってしまったもんだから。だけど、よその地域も、私みたいに事務局長の立場の人が高齢化している、そういう問題が各地にありまして。ですから、大牟田で今新しい動きが起こっているというのは、注目の的です。
アナバナ 新しい動きが起こっているのですね?
上野 今、大牟田市は、公演がスタートした時から人口がほぼ半分になってますけど、それに対する対策は一人じゃできないと思うようになりました。それとインターネットの時代になって、私は古い世代だから何にもできないんです。大きな変革ですよね。ですから、どのみちこれは若い方にゆずっていかないとだめかなあと思っています。今年の公演に向けて、若い世代の事務局スタッフが20名ほど新しく関わってくれて、SNSやWEBなどを活用した広報や営業をしてくれています。
日本フィルのキャッチフレーズが“市民とともに”、市民一人ひとりと一緒に歩いて行こうという謳い文句だから。そこを大いに活用して、いろんな職業や、年齢性別関係なく、オーケストラが聴きたいという方に参加して欲しいという、そういう姿勢です。かつての自分がそうだったように。
アナバナ 新しいスタッフが上野さんの思いを継いでいくというのは楽しみなことですよね。そうした動きが始まってから、これまでと変化をお感じになることがありますか?
上野 もう、可能性がいっぱいですよね。それは一人ひとりがオーケストラ音楽をどんな風にとらえているかにもよるんですけれど、その人が感じたものをアプローチしているわけですからね。可能性に満ちています。
九州各地の実行委員さんとか大牟田の中で関わってくれる人たちとか、出会いが連綿と続いてきているんです。ただ、集客数は年々厳しい状況にあるのも事実。主旨に賛同くださる方の応援の輪を広げていきたいですね。そういう面からも、今回、大牟田地区の会が新たに動き始めるとなった時に、若い世代とか色々な職域で活躍している人たちと出会うことができて嬉しいなあと思います。
眠っている感性に刺激を。本物のオーケストラが地域にもたらす財産とは
アナバナ 上野さんはこれまで続けてこられて、音楽の可能性というものをどのようにお考えですか?
上野 お店をはじめたとき、経営っていうのはまったく白紙の状態で、わからないことばかりでしたけれど、なにか夢のようなイメージがあって。音楽をずっと流していたいなという。一杯のコーヒーを飲むにしても、音楽を聴きながらっていうのはいいもんだなあと思ってくれたら、音楽のファンがまた増えたっていう風に思える。いいなと思った曲を一つ覚えて、その曲とまた別の場所で出会うと「あ、あの時の」って思い出してもらえたら。その楽しみを自分の中の財産にしていくような、そんな人が増えたらいいですよね。
アナバナ 財産にしていく、というのはとても素敵な考え方ですね。
上野 やっぱり音楽っていうのは単体で生きているのではなくて、美術だとか歴史だとかいろんなものとの相関関係にありますので。入り口は人によって違うと思いますけれど。たとえば医学の本を読んでいたら知っている音楽家が出てくるとか。あの患者さんは長く病気をしていたけどこの音楽をとっても大事にしていたとか。一人ひとりにストーリーがある。音楽に触れるというのは本当に人間的な行為だと思います。
だからたくさん人間的なものに出会ってほしい。映画でも小説でもいいし。とにかく入リ口はどんなものでもいいから、その中から適当に拾って、自分の好きなものにしたり感動するものに出会ったりしてほしいですね。
アナバナ 人間的な行為というのは、感性を豊かにすると捉えることもできますか?
上野 感性というのはたぶん、眠っているものだと思うんですよ。だから刺激を与えないと。そういう意味でも出会いが刺激になる。どの人にも同じように感性は持っているんだと思います。だからそういうものにたくさん出会ってほしい。出会ったところでまたあらためて、その人とお話できたらいいなあと思いますね。
アナバナ とても心にしみるお話です。
上野 それと、戦後ずいぶん経って、ちょうど経済が豊かになって、大牟田の親御さんが子供さんを音大に進学させられるゆとりが出てきた時代があったでしょう。大牟田公演を始めた頃はちょうど、その卒業生が帰ってくる頃でした。でもその子たちはこっちに帰ってきてもなかなか出番がないんですよ。せいぜいピアノを教えますといって、生徒募集をするぐらいで。ところが、たまにここ(コーヒーサロンはら)でコンサートをするときに、ピアノ伴奏をしてほしいと思うときはその人たちにお願いすると、とても喜ぶんですね。一方で、コンサートでお招きした演奏者たちも、地元に伴奏してくれる人がいて助かったっていうんですよ。そういう出会いがその方達の喜びだし、私たちも、地元の音楽家とよそからの音楽家と、その両方が知れてよかったなと思います。そういう風にして、音楽を通した出会いが少しずつ広がってきました。
アナバナ “音楽と出会う”と一言でいっても、人と人との出会いや自分自身の感性との出会いとか、いろんな瞬間があるのですね。30年以上交流が続くオーケストラがあるというのが日常化しているというのはすごいことですよね。大牟田で暮らす人たちにとって、長く続いている事で生まれた事はありますか?
上野 そうですね。毎年この時期だから準備をする、みたいな感じだったんですけどね、長くやっているとそのことを感じます。お申し込みのハガキなんかを見るとね、私と同世代の方が相変わらず来てくださるんですね。「あー今年も来てくださる」って。それは、その方の中にもずっと根付いているということなんですよね、オーケストラの存在というのが。続けてきてよかったと思う瞬間です。足を運べばおとなりの熊本だったり福岡だったり、いいホールでコンサートがたくさん聴けるのに、大牟田に聴きに来てくださるというのはすごく嬉しい。そういう方々のために、まだまだ続けなきゃって思います。
アナバナ 学校でプレコンサートをされるという話もありましたが、学生の時に生演奏を聞けるという体験はとても貴重だと思うんですね。日本フィルが毎年来るまちで育つというのは、素晴らしい環境ですよね。
上野 ええ。中にはその中からプロが育つこともあります。3年前に出演した指揮者は鹿児島出身で、両親は全然音楽とは縁のないお仕事や人生を送った人だったようなんですね。だけどどういうわけか、日本フィル鹿児島演奏会には毎年自分を連れて行ってくれたって言うんです。それで、今、日本を代表する指揮者になっている。どこにその刺激の種がばらまかれているかわからない。それがまた面白いところなんですね。
アナバナ そういう文化のある土壌が人を育てるのかもしれませんね。
上野 はい。そう思います。私自身が感動するように、世界中にそんな人たちがたくさんいるんじゃないかって。音楽のもつ力というのは偉大だなと思います。
アナバナ 最初に、日本フィルの歴史の中で、生演奏が録音になった時点で変革が起きてしまったというお話もありましたが、生演奏の魅力というのは、やはり録音録画には代え難いものですか?
上野 録音は録音で、手軽に聴くことができるわけですから、それはそれでいいけど、やっぱり生身の人間が目の前で、しかも知った方が演奏しているとなったら、それはもう聴きようが違います。あの人が音を出している、あの人が表現をしているって、自分の中に入ってくる聴こえ方が違うように思います。
アナバナ 感動するのでしょうね、きっと。私も公演を聴くのがとても楽しみです。これからも続いてほしい文化だと感じました。
上野 ええ。単独ではまったく不可能な演奏活動が、九州一緒ならば可能だっていう、そういう認識があるから、なくすのは惜しい。この文化から学ぶことがたくさんあります。それをこれからも伝えていきたいと、そう思います。今回、運営スタッフにピアニストの方も関わってくださることになって。その方が若手ピアニストさんをつなげてくださって、演奏会を予定しています。その方が運営をお手伝いしてくださるから実現したことなんです。
新しい動きが、これまで働きかけられていなかった層にも届いて、いろんな方が公演に来てくれたらいいなと思います。
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クラシックがゆったりと流れる『コーヒーサロンはら』で、いつもしゃきしゃきと対応してくださる上野さんの原動力は紛れもなく音楽でした。23歳の頃から、年中無休でお店を切り盛りし、そのうちの32年間は日本フィルと共にある。その信念を貫く生き方は本当にかっこいい。そうした思いに引き寄せられるように、遠方からも多くの上野さんファンが来店されているようです。
九州公演は、上野さんのような熱意と信念のある一人ひとりの支えと共に成り立っています。そうした交流の中でコミュニティが醸成され、また次の世代につながっていくというのは、人を育て、地域に文化をもたらすのだということを、日本フィルと九州公演の関係から感じました。
本格的なオーケストラとあたたかなつながりを感じに、世界でもここだけの、少し特別な九州公演に足を運んでみてはいかがでしょうか。そして、活動を支援したいという方はぜひ、事務局へ連絡してみてください。
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(取材・文/編集部 曽我、写真/大牟田日本フィルの会事務局)
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【第44回九州公演-全10公演】
詳細は公式サイトへ(■日本フィル公式サイト)
【開催地】長崎、佐賀、北九州、唐津、宮崎、大分、大牟田、福岡、熊本、鹿児島
【第44回九州公演-日本フィルin 九州 大牟田公演】(■大牟田日本フィルの会WEBサイト)
【開催日】2019年2月16日(土)
開場13:30 開演14:00
【会 場】大牟田文化会館 大ホール(大牟田市不知火町2-10-2)
[出演者]
指揮:藤岡幸夫
ピアノ:萩原麻未
[プログラム]
ムソルグスキー(R=コルサコフ編曲):歌劇《ホヴァンシチーナ》より序曲「モスクワ川の夜明け」
チャイコフスキー:ピアノ協奏曲第1番
ムソルグスキー(ラヴェル編曲):組曲《展覧会の絵》
※開場時にロビーでウェルカムコンサートを開催します。
※開演10分前から藤岡幸夫さんによるプレトークを行います。
【料金】
SS席:7,000円(指定席)
S席:6,500円(指定席)
A席:6,000円(指定席)
B席:5,000円(指定席)
車椅子席・母子室:3,500円(※)
学生席:各料金の半額(小学生~大学生)
※未就学児の入場はできません。
※学生席は、購入時に年齢が確認できるものの提示をお願いします。
※車椅子席・母子室の取り扱いは事務局と大牟田文化会館のみ
チケットのお申し込み方法は、以下よりご確認ください。
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【2023/2追記】
2023年の大牟田公演は2月19日(日)に開催されます。
お問い合わせ先が記事作成時から変更されていますのでご注意ください。
ご予約/お問い合わせ
大牟田日本フィルの会
TEL:080-4280-2401 FAX 0944-57-6555
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ローソンチケット https://l-tike.com/
大牟田文化会館、小川楽器、荒尾総合文化センター
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