博多まちづくりミートアップ

人の流れがまちを変える! リノベーションを通じたまちのにぎわいの作り方〜ミートアップvol11レポート前編〜

yoshihara

冷泉荘オーナー
吉原勝己 Katsumi Yoshihara

吉原住宅有限会社 代表取締役
株式会社スぺースRデザイン 代表取締役
NPO法人福岡ビルストック研究会 理事長

sugiyama

冷泉荘管理人
杉山紘一郎 Kouichirou Sugiyama

冷泉荘ディレクター・管理人


11回目となる博多まちづくりミートアップのテーマは「人の流れがまちを変える! リノベーションを通じたまちのにぎわいの作り方」です。ゲストに迎えたのは、個性豊かな入居者と魅力満載の取り組みでにぎわいを生み出している「冷泉荘」のオーナー・吉原勝己氏と、その管理人・杉山紘一郎氏のお二人。一時は取り壊し寸前だったという築60年の冷泉荘は、どのようにして生まれ変わったのでしょうか。全国でも最先端をいくリノベーションのお話と、まちづくりにおけるさまざまな取り組みについてお届けします。


まずは実際に冷泉荘を見て歩こう!

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白石さん(以下、白石)みなさんこんばんは。モデレーターを務める白石です。本日は、博多エリアではみなさんご存知の冷泉荘を舞台にしながら、リノベーションを通したまちづくりのあり方について考えていきます。
まずはトークの前に、冷泉荘見学ツアーを実施します。管理人の杉山さん、どうぞよろしくお願いします。

杉山さん(以下、杉山)みなさん、こんばんは。冷泉荘の管理人の杉山です。

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冷泉荘管理人の杉山さん

杉山冷泉荘は今年で築60年の元集合住宅です。オーナーの吉原さんがお父さんからこのビルを受け継がれて、建物の良さをできるだけ残しつつリノベーションを施し、アーティストが集まる集合アトリエとして再生されました。各部屋は入居者が自由に改装してもOKなので、アトリエごとに内装がまったく違います。古いアパートがどんなふうに生まれ変わったのか、楽しみながら見ていただけたらと思います。

〈まずは杉山さんがいつも常駐しているという管理室へ〉

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冷泉荘1階の「冷泉荘事務局」

杉山僕は普段この冷泉荘事務局に常駐して、掃除などの管理、広報、レンタルスペース運営、建物全体のディレクション、入居者さんやお客さんのコーディネートなど、ビル全体の窓口業務をしています。この管理室には、僕が好きなおもちゃが置いてあって、“遊べる管理室”を目指しています。

〈次は裏庭へ〉

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元々建物内にあった共同浴場をつなぐ通路だったという裏庭

杉山冷泉荘を象徴しているのが、この裏庭の外壁じゃないかなと思います。廃墟のような雰囲気ですが、実はこれは改修後の姿なんですね。冷泉荘は古い建物ですので、2011年に耐震補強をしたのですが、その後2016年に外壁の改修工事も行いました。ふつうはヒビが入ったり欠けているところにモルタルを塗り混んだりして補修しますが、そんなことすると冷泉荘独特の時代感が伝わらなくなってしまいます。なので、その古き良さをあえて残すために、特殊な透明塗料を使用しています。この塗料は、軍艦島の保存でも検討されているものですが、残っている建物をほぼそのまま保存できます。
耐震補強にかかった費用は約1千万円です。冷泉荘の家賃が1年間で計約1千万円なので、1年分の賃料を補強に使った感じですね。補強をすることで建物の寿命が30年延びるので、満室に近い状態を維持できれば費用対効果は非常にいいと思います。ちなみに耐震補強が完成したのは2011年の3月10日。なんとあの東日本大震災の前日でした。そんなタイミングの縁もあって、築100年を目標として耐震面のアピールにも力を入れています。

〈その後もアトリエを訪ねて回ります〉

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地下を通ってふたたび1階へ…

〈1階には、冷泉荘事務局のほか、電子部品をつくる会社や子どもの絵画教室、ベーグル屋さんなどが入っています。今日の会場となった多目的スペースもこの階にあります〉

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ベーグル屋さんのカフェスペース

杉山建物を再生するにあたっては、“人の流れ”というものが非常に重要です。冷泉荘の場合も、1階には飲食店に入ってもらうことを意識しています。飲食店と管理室の二枚看板ですね。

〈3階には、日本画のアトリエ、音楽制作事務所、ヨガスタジオ、バーなどが入居。ひとつひとつデザインが異なるアトリエの扉を見るだけでも楽しめる建物です〉

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日本画アトリエと教室の入り口

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〈4階へ。この階には、博多人形工房やアートコーディネーターの事務所、まちづくりのNPO法人などが入っています〉

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若手博多人形師の工房

〈5階の部屋は少し広めで、建築事務所や写真スタジオがあります〉

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写真室スタジオ

〈そして屋上に到着。博多のまちが一望できるとても気持ちの良い場所です。手すりが老朽化しているため、一般公開はされていません〉

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〈そして再び5階へ。最後にやってきたのは、住居時代の間取りをそのまま残している部屋でした〉

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元住居を復元した部屋。普段は一般公開されていない。窓から直接ゴミを外に落とす「掃き出し窓」や、日本初の家庭用ユニットバスなど、見どころも満載。見学希望者は事務局で予約が必要

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日本最古の家庭用ユニットバス。意外にきれい

杉山冷泉荘ツアー、いかがでしたか? 気になるお家賃ですが、実は入居されるタイミングで違います。第1期は3万5千円でしたが、それから少しずつ家賃を上げて、今は6万〜6万5千円です。初期費用は、冷泉荘のPR、メンテナンス費用として、ビンテージビル活動費、あとはメンバー入会金をいただいています。敷金は、原状回復の必要がないのでいただいておりません。住居用ではないので住むことはできませんが、空室ができると入居者を募集していますので、気になる方はチェックされてください。

白石ありがとうございます。後半は、冷泉荘のオーナーである吉原さんを加えて、冷泉荘をはじめとするリノベーションへの取り組みについてお聞きします。

建て替え寸前だったビルを再生させる

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白石ではここで、冷泉荘のオーナーであり、吉原住宅有限会社の代表取締役でいらっしゃる吉原社長より、ビルの再生とまちづくりの関係についてお話を伺います。よろしくお願いします。

吉原みなさんこんばんは。吉原です。
まず最初に、なぜ僕が冷泉荘を運営することになったのか、その経緯をお話ししたいと思います。

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吉原さん

吉原もともと僕は理学部出身で、薬の実験を仕事にしていました。40歳になったときに父が病気になって、ビル事業を引き継ぐことになったんですね。それが2000年です。その時会計士さんに「6年後に損益分岐点を下回るから、売却するなりしてください」と言われました。老朽物件では経営は成り立たないというのが当時の常識でしたから、建て替えか業務をやめるか、僕に迫られたのはそのどちらかだったんです。ところが建て替えには1億円の借金が必要だということが分かりました。それまでサラリーマンだった男が億単位の借金なんてできるわけがない。だからなんとか維持してやっていく方法はないのかと模索し始めたんです。
そんな僕のひとつのきっかけとなったのは、ダイスプロジェクトさんが手がけられた若鶴旅館の「Lassic(ラシック)」(※)と、東京の「同潤会アパート」(※)でした。僕これを見て、冷泉荘を再生できると確信したんです。つまり自分なりの再生の仕方とは、できるだけ手を加えずに古いものは残すことなんだと。こうして冷泉荘のリノベーションが始まりました。冷泉荘は一室ごとに入居者がDIYで部屋を改装されていて、だからこそ全ての部屋に多様性があり、それがこの建物の魅力になっています。

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吉原現在はだいぶ収益も回復してきて、今では築100年を目指しています。そこには文化的な意味合いもありますが、経済的な意味も大きいんです。我々のような一族経営にとっては、仮に40年ごとに建て替えると常に借金を抱えながら経営し続けなければなりません。もし築100年持たせることができれば、親・自分・子供と3代にわたって同じ資産で生計を立てることができるし、入居者さんもコミュニティを維持することができるんですね。

※Lassic(ラシック)・・・カフェバーやアトリエ兼ショップなどのテナントが入居する福岡市中央区の商業施設。リノベーション当時築31年の旅館は閉鎖されたまま長らく放置されていたが、2006年に改装された。

※同潤会アパート・・・大正末期から昭和初期にかけて建設された日本最初期の都市型集合住宅。老朽化による建物の劣化や耐震性の問題などにより建て替えが行われ、現在はすべて取り壊しとなっている。

建物再生の3つのポイントとは?

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吉原古い建物を再生させるためには、いくつかポイントがあるということも分かってきました。“分かってきた”というのは、最初は偶然うまくいったのだと思ったのですが、同じやり方を続けていると、福岡だけでも30棟近く形になっていたので、おそらく僕たちの新しい手法として確立されたのではないかということです。

1:開かれている建物にすること
冷泉荘ではこの多目的スペースで、演劇やライブなど年間300日近くのイベントを開催しています。中には地元の神事「博多松囃子(まつばやし)」なども行われていて、まちに認めていただいている、みなさんに愛されている建物になってきていると感じています。

2:ユニークであること
古いながらも面白さは必要です。ここでいう面白さとは、個性的であるということ。冷泉荘には個性溢れる入居者が集まっています。その中でもユニークの頂点はもちろん杉山くんですね(笑)。

3:最先端であること
何をもって「最先端」と言うのかということですが、例えば外壁補修の際に塗装したところにヒビが入ってしまったとします。業者さんは「塗り直します!」と恐縮されるのですが、「いや、むしろ味があっていいからそのままで」と残すこと。僕たちにとっては、そんな「最先端」のあり方が目指すべきところでもあります。

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吉原以上のようなポイントを意識して再生を図った結果、思っていた以上に面白い入居者さんに入っていただきました。僕たちは、入居者さんそのものがこの建物のブランドだと思っているので、そのブランド価値が高まってくればくるほど、投資しなくてもトルネードのようにその価値が上がってきます。僕らはそれを「ムーブメント」と呼んでいます。例えば新しい入居者を募集するタイミングで、家賃を引き上げます。入居者さんには大変申し訳ないんですが、「古いのに良い」と思うその感覚は、価格が高いことと結びつくことがある。「家賃高いのになんでこんな古い物件に入るの?」という逆説から生まれる疑問が、古い建物の良さを感じることにつながっていくんですね。そうなると家賃を上げても入居者が入るので、建物の収益はどんどん上がっていくというわけです。


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