インタビュー

ほんとうの豊さを求めて

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暮らしかた冒険家の畠山千春さんに会いました

東日本大震災のあと、所属する映画配給会社の移転に伴って関東から移住して来た畠山千春さん。大量生産・大量消費の生活に危機感を抱き、「自分の暮らしを自分でつくる」をモットーに、屠殺ワークショップやシェアハウスづくりなど、さまざまな活動に取り組んでいる。
この冬には、新潟県の限界集落で開かれたうさぎ狩りのツアーにも参加。昔ながらの狩猟の暮らしとそこから生まれる知恵、そして生きものとのつながりをからだで学び、感じたことをレポートしてくれた。

作り手と買い手の”あいだ”が知りたかったんです

東日本大震災を経験した2011年の秋、千春さんは初めて“鶏の屠殺”を体験した。
「今まではお金があれば何とかなると思ってきたんですけど、そうじゃない瞬間があったんです。ガソリンとか食べ物が買い占められていて、スーパーに行っても欲しいものが手に入らない。自分の生活を人任せにしすぎていたということを痛感しました。だから、これではいけない、と、自分の暮らしは自分でつくろうと決意したんです」

大学時代、環境問題や地域コミュニティが専門だったという千春さん。“食べること”への興味から、WWOOF(*1)を通じて農家で有機農業を学んだ経験もある。
「自分が食べているものは何なのか。誰の手によって、どのように作られているのか。自分で野菜を育てていると、作り手と買い手の”あいだ”が見えない現代の生活に不自然さを感じました」
見えないところで行われている事実を自分で体感したいと、千春さんは友人たちと鶏の屠殺を試みた。インターネットで調べた予備知識だけでは情報が足りず、結局失敗に終わったが、解体した肉はみんなで調理して食べた。

「さっきまで生きていたひとつのいのちが、今こうやってみんなのからだの一部になっている。この“いのちのつながり”を、自分が好きな人たちと体験として共有できたことが幸せでした」と、千春さんは振り返る。
この経験を機に、受け身で食べ物をいただくという暮らしから、少しずつ“自分の暮らしを自分でつくる”日々に本格的にシフトしはじめた千春さん。その気持ちを後押ししたのは、屠殺のことを綴ったブログへの反響の大きさだった。

「もしかしたらみんな、私と同じように3.11がきっかけで何か危機感を感じているんじゃないか。だからこの経験を私だけにとどめておくのはもったいない、みんなのためにもできるようになろう、と考えたんです」
その後、山梨でジビエレストランを営む友人に屠殺の手ほどきを受け、年が明けた2012年、ワークショップを開くようになった。最近では狩猟免許も取得し、ますます自給の幅を広げつつある。
「今まで見えていなかった“あいだ”で行われていることを知ると、つけられている値段の理由も分かるんですよ。例えばスーパーで売っている安い卵には、安いなりの理由がある。安いだけを理由にものを選ぶということは、丁寧に愛情を込めて作っている人たちの仕事を奪って、大企業を応援してしまうことと同じだと思うんです」

見えない“あいだ”に想像力をはたらかせることも大事だ。本当に安全で安心なものを自らの目で見極め、選択していく賢明さを、私たち“買い手”こそ学ぶべきだと思わずにはいられない。
「すべては自分自身の暮らしをつくるためなんです。安全で美味しいものが安く手に入るようになったら、嬉しいじゃないですか(笑)。だから、せっかくなら共感してくれる仲間も巻き込んで楽しくやれたら、という思いでいろいろ試行錯誤しています」

なるほど、この「押し付けがましくない」語り口が、説得力を増しているのかもしれない。
彼女が語っていることは、人間が解決すべき途方もなく大きな問題のはずなのだけど、そのキャラクターや笑顔が、深刻さを感じさせず、むしろ楽観的に聞こえてくるから不思議だ。

(*1)WWOOF:「world wide opportunity of organic farm」の略で、世界中に登録されている農家のもとで有機農業を体験できる。費用は発生せず、参加者は「労働力」を提供し、農家は「食事と宿泊場所」を提供する。

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ひとつのものを最後まで使い切るのが、本当の豊かさだと思います

この冬、新潟県の荒谷という集落で行われたうさぎ狩りツアーに参加した千春さん。 荒谷は世帯数15戸、人口50人という、小さな限界集落だ。2004年に起きた新潟県中越地震の震源地で、被災により一時は荒廃が進み世帯数も減少。しかし地震後もこの地に住み続けることを決意した人々が、復興と新たな地域振興に向けた活動を展開している。ちはるさんが今回参加したツアーも、その取り組みのひとつだ。

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千春さんは参加した理由についてこう話す。
「荒谷にしかないカルチャーをどんどん発信して、外の人もどんどん巻き込む。そして小さな集落だからこそ、人のつながりを大事にする。これは、これから私たちがつくっていく暮らしのお手本になるんじゃないかと思ったんです」

荒谷では、うさぎ狩りの際に「巻き狩り」という手法を使う。数人の猟師がうさぎを袋状に取り囲むように追いつめ、待ち構えている鉄砲隊が銃で仕留めるというやり方だ。猟師はその長い森の暮らしからうさぎの習性を知り尽くし、狩りをする。うさぎがどうやって逃げるのか。どういうところに隠れているのか。そうして仕留めたうさぎを、雪の上で素早く解体し、持ち帰る。 解体したうさぎの肉は、荒谷の郷土料理としてツアー客に振る舞われた。
「普段から屠殺をやっているからか、本当にきれいだなあと感じました。うさぎの血の赤と、雪山の白。自然の調和を見たような気がします」

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「自分で解体したものをいただくときは、『これからあなたと同化するからよろしくね』という覚悟で食べています。生きるためには、それが植物であれ、なんらかのいのちと付き合っていかないといけないから」
うさぎの骨は出汁に使われたり、砕いて団子にしたりして食べる。毛皮はなめして活用する。つまり、捨てられるところはほとんどない。

「荒谷の人たちって、ひとつのものを使い切る術をよく知っているんです。うさぎにしても、骨を砕いて団子にして食べるということは、私にとってすごく衝撃だった。蓄積された知恵と経験、昔から引き継がれてきた文化が濃縮されたものだと思います。
今の私たちって、お金で新しいものを買っては捨て、買っては捨て、の繰り返しですよね。それがかっこわるいなあと思うようになりました」

ひとつのものを最後まできちんと使い切ることが、本当のかっこよさだと彼女は言う。
お金がいくらあっても幸せとはいえない今の時代。その反面、足りないものがあればお金で買っては捨てることがあたり前のようになっている世の中。彼女の話を聞いていると、普段の買い物ひとつから見直して、「足るを知る」ことからはじめてみたくなる。

千春さんは現在、食べ物、仕事、エネルギーが自給でき、防災に強いコミュニティづくりを目指して、糸島市で新しいシェアハウスの立ち上げにも取り組んでいる。
「一人暮らしにくらべると、シェアって本当に効率的だと思うんです。ひとつのものをみんなで使えるし、エネルギーも共有できるから。
これからは無駄を減らして、本質的なものに時間とお金と労力を使いたい。それが私にとって、食べ物とかエネルギーとか人とのつながりなんです」

自分たちで家をつくる。畑仕事をする。生き物を絞めていただく。そしてそれらを伝えることでまた、暮らしが仕事になり、仕事が暮らしになる。
私たちにとって“豊かな暮らし”とは何なのか。“自分の暮らしを自分でつくる”ことを模索し続ける千春さんの“暮らしかた”こそ、そのことを教えてくれるような気がしてならない。

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( 取材・文/堀尾真理 写真/西田 )

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Profile

  • 畠山千春(はたけやまちはる)
  • 暮らしかた冒険家/屠殺ワークショップ講師
    1980年生まれ。カナダ留学後、ウェブマガジンgreenz.jpのインターンを経てNGO/NPO支援・映画の配給事業を行う会社に就職。半農半Xのワークスタイルを目指すべく、会社ごと千葉の外房に移住しオフィスの隣の小さな畑で野菜を育てる。仕事で訪れたオーストラリア・インドなどのエコビレッジでは、WWOOFを通じてサステナブルな暮らしを体験。人と人が繋がるヒューマンスケールな生き方に目覚める。2011年の東日本大震災をきっかけに、大量生産大量消費の暮らしに危機感を感じ「自分の暮らしを自分で作る」べく、鶏など解体する屠殺の勉強を開始。屠殺ワークショップを開催し大人から子どもまで一緒になって命と向き合う場を提供している。現在も定期的にワークショップを行っており、福岡に移住した今では、畑付き・鶏付きシェアハウスを作るの目標。
    ブログ:「ちはるの森」 http://chiharuh.jp/


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