正直ブランド

ひょうたん生まれのオーガニックサウンド

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2013.2.25 up

福岡市の中心地。大通りを少し入った路地のそのまた奥に隠れるようにたたずむ一軒家。改装した古民家の2階に昨年春にオープンしたばかりのレコード屋、カラヴィンカ・ミュージックはある。オーナーの龍石さんは、糸島で子育てをしながらお米と野菜を作り、ときおりDJとしてイベントにも出演。その傍らで、ひょうたんスピーカーの制作をしている。ひょうたんスピーカーとはその名のとおり、ひょうたん全体を共振させて音を出す、アコースティック楽器のようなスピーカーのことだ。「水を通さず空気を通す」というひょうたん独特の素材が生み出す音は、長時間聴き続けても疲れるどころか、病みつきになりそうなほど心地良い。しかもエコロジカルで、なんといっても見た目がかわいらしい。さっそくひょうたんスピーカーを作っているという、糸島市二見ヶ浦のご自宅にお邪魔した。

ゼロからの畑づくり

夫婦岩の間に沈む夕日が美しく、県の名勝として知られる二見ヶ浦。その海を見渡すように龍石さんの自宅兼アトリエがある。緑と海に囲まれる大自然のなか、奥さまと子ども2人の4人で暮らしている。「ここには5年前に越してきました。600坪の荒れ地をご近所家族と2~3ヶ月かけて開墾し、田んぼとひょうたん畑をつくったんです」と龍石さん。雑木林だったところを、ユンボ(*)で竹の根から掘り起こし、やっとこさ歩ける道をつくって、近くの小川から水を引いて……。農業についての知識もまったくなかった龍石さんにとって、初めての畑づくりは試行錯誤の繰り返しだった。ほとんど手作業だというから、気の遠くなるような話である。さらに昨年は、新たに二反の田んぼを開墾。朝から晩まで丸2ヶ月間を費やし、山水が循環する棚田を造成したそうだ。

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龍石さんの畑は、無肥料・無農薬。イノシシに畑を荒らされたり、虫にひょうたんやお米を食べられたり、もちろんうまくいかないことも多い。それでも「なるべく生態系をこわさない農業を意識しています」と、龍石さんは言う。畑のとなりでは、ニワトリが走り回る小屋が立つ。たまごはもちろん、ときには絞めて、さばいて、いただく。豊かな自然に育まれて、子どもたちものびのびと成長する。「春は山菜がとり放題。海ではワカメとひじきがとれますよ。3年くらいワカメ買ってないですもん」 当たり前のように食べ物があって、当たり前のようにお金でモノを買う生活に慣れてしまった世の中からすると、なんとも野性的。けれどもこの自然との関係を見ていると、これこそずっと当たり前だった日本人のあり方だと、思い起こさずにはいられなくなる。(*ユンボ=パワーショベル)

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自然の音を、自然の素材で

ひょうたんスピーカーとの出会いは、5年前にさかのぼる。もともと熊本天草の出身で、大学進学のため来福した。レコード屋勤務を経て家族で糸島に移り住んだ際に、友人からひょうたんスピーカーをもらったのだという。これをきっかけに、自分で一から作ることを思いつき、3年ほど前から本格的に取り組みはじめるようになった。龍石さんのひょうたんは、自家採取した種から栽培され、農薬や化学肥料は一切使用せずにつくられる完全オーガニックだ。夏の台風ラッシュの合間を見計らって、完熟したひょうたんの収穫がスタート。病気や害虫によるダメージを免れて収穫された100個ほどのひょうたんから、形やサイズ、厚みを丹念に精査し、数十組のひょうたんスピーカーを作る。その行程はひょうたんの臭いとのたたかいでもあるそうだ。「ひょうたんの中を腐らせて、どろどろになったら中身を取り出すんですが、このときの腐敗臭は強烈ですよ。ビニール手袋は必須、住宅地ではまず無理な作業です」その臭みをとるため、4~5日おきに入れ替えた水に2週間ほど漬けて、臭みがとれたら数日間天日干し。その後スピーカーへの加工が施され、晴れてひょうたんスピーカーの完成だ。

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スモール・イズ・ビューティフル

20代の頃、奥さんと一緒にインド、ネパール、バリ、アリゾナなど、辺境を旅してきた。レコード屋に勤務していた頃も買い付けのためヨーロッパを中心に、北欧から東欧、南米まで、訪れた国は20カ国を超える。「旅をしながら、日本は恵まれているけれど何かがすっぽり抜け落ちていると感じていました」 その頃すでに、経済や効率を重視するグローバリゼーションに危機感を抱いていた龍石さんにとって、都会をはなれて自律した生活をはじめるのは自然の流れだったという。そして2011年3月に起こった震災と原発の事故。一方通行型のエネルギーに頼った生活をやめるには、充分すぎる出来事だった。今では、家で使用する電気の3割をDIYで取り付けた太陽光発電でまかなう。灯油を使わない薪ストーブが部屋をやさしく暖める。
龍石さんは言う。「何かに依存して日々を送るのでは、豊かな暮らしからは遠のいてしまう。都会、田舎ということではなく、都会にあるレコード屋も一つのコミュティの場所ですし、ここでの暮らしもまさにコミュニティを構築していくということ。そういった身の回りのひとつひとつを大事にしていきたいですね」龍石さんの生活は、”カネとのつながり”ではなく”ヒトとのつながり”そのもの。そしてそれは”仕事”よりも”遊び”に近く、”働く”よりも”楽しむ”に近い。「旅に求める楽しみを、普段の生活にシフトさせただけなんです」と穏やかな表情。奥さまも「ここに来てすごく季節を感じられるようになり、生活も楽しくなりました」と嬉しそうに話してくれた。常に新しい発見ととなり合わせの毎日は、まるでその場にいながらにして、どこか知らない場所を旅しているようだ。

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福岡市内で営むレコード屋の屋号は「カラヴィンカ(迦陵頻伽)」。仏教で、極楽にいるという想像上の鳥のこと。姿は、上半身が人、下半身が鳥で、たまごの中にいる時から鳴きだすとされるその声は、とても美しく、聞けども聞けども飽きることがないという。仏の声を形容するのに用いられることもあるとか。龍石さんの日々の暮らしから生み出すされるひょうたんスピーカーこそカラヴィンカのような心地よい音色を奏でるに違いない。

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(取材/曽我由香里、文/堀尾真理、写真/横山・大田)

アナバナ取材メモ

  • 龍石さんおすすめの一枚 (hou/瞬 〜matataki〜)
    宮崎が生んだ歌姫hou(ホウ)の3rdアルバム『瞬~matataki~』。
    ゆったりと紡がれる生命力に満ちた歌の数々。 彼女は曲を作るというより、自然と歌が湧いてくるタイプの人かと。 我が家で最もリピート率高い一枚。人生のお供に♪
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