津屋崎ブランチ代表の山口覚さんに会いました(後編)
福岡県福津市にある「津屋崎ブランチ」の代表を勤める山口覚さん。このまちに移り住む人のお手伝いや、新しい暮らしや働き方について学びあう場を提供したり、小さな企業を支援したりと、津屋崎を拠点にこれまでにないユニークな発想でまちを元気にするために走り回っている。その果てしないエネルギーは、いったいどこから沸き上がるのだろうか。
すべての物事には発明家的センスがいるんです
これまでにない新しい発想で、さまざまなことをビジネスにして進行する「津屋崎千軒プロジェクト」。この”新しいものを生み出す”ことを、山口さんは「発明」と呼ぶ。師と仰ぐ環境発明家、藤村康之先生から学んだ事だ。
「要は、固定概念をひっくり返すんです。例えば、みんな仕事はひとつと思い込んでいるけど、3つでも4つでもいいじゃないですか。田舎ではそんなに稼げる仕事ってないから、複業のほうが賢いんですよ」 津屋崎に移り住んだプロジェクトスタッフのひとり、都郷なびさんも、”発明”によって仕事を興したひとりだ。移住当時、まちおこしの賑やかな雰囲気に馴染めずに思い悩んでいた都郷さん。
「人それぞれ得意な事がある。きっと僕らにはできないけれど、彼女だからできることがあるはずと思っていた」と振り返る。
そんなある日、彼女にカメラを持たせた山口さんは「僕らとは全く違う景色を見ていると分かった。そしてそこには、プロには真似できない何かがあった」と、その才能に驚いた。独自の視線で物事を切り取っていくその感性によって、都郷さんは現在、人との対話をもとに紡ぎだされた言葉を1冊の本としてまとめる「聴き書き本作り」をなりわいのひとつとしている。
山口さんは言う。「その人の感性が、社会が必要としていることに結びついた瞬間、素敵なことが起きる。それを見つけられるように心がけています」
カフェのすぐそばにたたずむ小さな神社での結婚式も都郷さんは手がけている。都会で行われるのが当たり前になってしまったハレの行事をこのまちに取り戻したいと、山口さん夫妻もこの神社で結婚式を挙げた。地元の人たちと一緒に試行錯誤しながら、手づくりで開かれる結婚式は、きっとまち全体を笑顔で包み込むだろう。
ぬくもりのある小さな仕事をもっと生み出したい。その思いから、ついには仲間達と共に学校までつくってしまった。その名も「ローカルアントレプレナースクール」。「アントレプレナー」とは起業家のこと。小さな地域で小さな仕事を興したい人たちを支援・育成するための学校と聞けば、分かりやすい。この学校では、暮らしを愉しみながら好きなことをなりわいとするための知恵と手法を学ぶことができる。
「仕事を、経済を、都会に持っていかれてしまった。それは、幸せを引っこ抜かれたのと同じです。経済を取り戻すということは、幸せを取り戻すということ。だから僕はこのまちに、小さくてもいいから仕事をたくさん生み出したいんです」
目の前にある問題ではなく、未来を想像して仕事を興す。ひとりひとりの感性に耳を傾けて、できることからはじめてみる。そしてつねに“当たり前”を疑ってみる。「発明」のための3原則は、津屋崎ブランチの未来会議室に掲げられているあの3か条「未来を語る。人を褒める。断言しない。」だと気づく。
こういう生き方もあるんだと思って欲しい
プロジェクトがはじまった当時、スタッフに伝えていたこと。それは、「給料は1年半で終わり。そのかわり、自分が好きなことをベースに技術を身につけて、起業する」ということ。
津屋崎千軒プロジェクトに採用された3人に託された、最初の条件だ。
「田舎は仕事がないから生活できないとみんな言う。でも仕事がなければ作ればいい。それを自分たちが証明すればいい」
何も大それた会社を立ち上げようというわけではない。自分にあったスケールで、自分なりのスタイルで、小さなビジネスをつくっていくだけ。
人の流れが生まれれば、お金も動く。まずは自ら実践してみせるところからはじめた。その姿をとおして、大都市であくせく働く若者に「ああ、こういう生き方もあるんだ」と思ってもらえれば嬉しいと語る。
「今の日本では小さい頃から、いい大学に入って大企業に就職することが“成功”だと叩き込まれるけれど、それだけが“幸せ”のかたちじゃない。実際にその道を行った人にも、結構『何かが違うなあ』と、違和感を抱いている人が少なくないですよね」
“違和感”に向き合うかのように、今年1月、ゲストハウスとして生まれ変わった古民家を校舎に「意味の学校」をスタートさせた。
「参加資格はありません。持ってくるものは志しと哲学と愛情、そして少しのユーモアです」
そう書かれた案内文を読むだけで、何か特別なことが起こるんだとわくわくしてしまう。
この学校には、これまでの学校教育で教わってきたような模範解答も、目に見える答えも、一切用意されていない。もちろん教えてくれる先生もいない。“答えのない問い”に丁寧に向き合い、他者との対話を通して本質に近づいていく、そんな学校だ。
活動を知れば知るほど、私たちが抱いている“違和感”が、すっと腑に落ちる。幸せとは。生きることとは。その“答えのない問い”にきちんと向き合ってみること自体が、暮らしかたなんだと示してくれているからだ。 どこでどんな暮らしをしたいのか。これは山口さんが私たちに与える宿題みたいなもの。この答えのない宿題を前に、まずは自分にとっての“暮らし”とは、そして“豊さ”とは、というシンプルな問いを立ててみることが、今の私たちに求められていることなのかもしれない。
流れに身を委ねる。ちょっと立ち止まってみる。そんなことすら忘れてしまう世の中だからこそ、山口さんの取り組みがこころに響く。
斬新なのに、どこか懐かしくて、他人事とは思えないまちづくりのあり方。5年先も10年先も、もっと先の未来をも見据えたプロジェクトは、まだまだはじまったばかり。
(取材/曽我由香里、文/堀尾真理、写真/西田)
Profile
- 山口 覚(やまぐち さとる)
北九州市出身。九州芸術工科大学卒業後、鹿島建設に就職して東京へ。途中、国交省所轄の財団、国土技術研究センターへ出向し過疎地域の現実を知る。ハード事業よりもソフト事業が地域の活性化に不可欠と感じ、2002年に鹿島を退職。NPO法人地域交流センターの専従職員となり、全国各地を飛び回る。2004年より理事。2005年に九州へUターン。2009年から福岡県福津市津屋崎の海際の旧集落、津屋崎千軒(せんげん)に移住。創造的活動交流拠点「津屋崎ブランチ」を開設し、津屋崎1000GEN移住・交流プロジェクトを開始。新しいまちづくりの学校、古民家再生、UIターン支援、自治体職員の研修受け入れ、プチ企業支援などを展開。NPO法人ローカルアントレプレナースクール(地域共生型企業家育成・支援)校長、コミュニティ・ワールドカフェ共同代表、ローカル&デザイン株式会社代表取締役などを務める。1級建築士。
津屋崎ブランチ□http://1000gen.com/