コトバナ

世界が注目する別府の芸術フェス「混浴温泉世界」にみる地方型アートプロジェクトの「いま」と「これから」。〜後編〜

VOL.015 世界が注目する別府の芸術フェス「混浴温泉世界」にみる地方型アートプロジェクトの「いま」と「これから」。

2015.07.23(木)

アーティストは問題提議をする存在

三好 僕の印象だと、地方型アートプロジェクトは80年代末ぐらいから始まって、2000年前後に大規模な展開をするものが出てきて、今年までの数年は特に乱立といっていい状況だったように思います。

山出 確かにアートに関わってきた人からすれば乱立と感じるかもしれないけど、それは相対的なものであって、昔が少なすぎたとも言えるかもしれません。

三好 確かに。その中で、地方型アートプロジェクトのひとつのモデルケースを作った混浴温泉世界が今年でひと区切り、というのはどんな意図があったのでしょうか?

山出 混浴温泉世界はそもそも、2009年の1回だけの予定でした。僕らの目的に対して芸術祭という形を採用するのがベストなのか、常に問う必要があるので、最初から続ける前提では進めていなかったんです。ただ会期中に、印象的な出来事があって。

三好 ええ。

山出 トルコ人アーティストのサルキス氏による、波止場神社を舞台にした作品を見に行った時に、一人のおばあちゃんと出会いました。その人は、神社の隣の病院に入院していて、病棟の窓から、神社の境内に並べられた黄色い器がならぶサルキス氏の作品を眺めて、とてもきれい、退院したら見にこようとずっと思っていたそうなんです。そして今日、退院して来たんだと。そのおばあちゃんに、来年も見れるのかと尋ねられたときに、ふっと考えて。我々が続けたいかどうかの意志に関係なく、待っていてくれる人がいるのは幸せなことだなと。それで、プロジェクトメンバーと話し合い、10年間は続け、3回をひとつの区切りにしようと話したんです。あのおばあちゃんと出会わなかったら、続けていなかったでしょうね。

三好 運命的な話ですねぇ。この10年間で、アートプロジェクトを取り巻く環境は大きく変わったと思います。山出さんはその中心にいるプロデューサーとして、どんな変化を感じていますか?

山出 80年代のアートプロジェクトは、アーティストが主導していました。自分たちの作品発表の場がないから、それを求めて芸術祭を手作りしていった。90年代型の特徴は、企業の協力です。僕も二十歳の時に運営を手伝い、いろいろと学ばせてもらった「ミュージアムシティ天神」も、企業の協力によって規模を拡大できました。そして現在のアートプロジェクトは、自治体の参加に特徴があります。町おこし、地域活性化といろいろ取り組んだけれどもうまくいかなかった行政が、アートプロジェクトを課題解決のための手段と考えるようになってきました。それによって地域全体を巻き込んだ活動が可能になったメリットもありますが、一方でアートをスポーツや音楽などのイベントとの比較対象として考え、集客数や費用対効果で成否を判断してしまいがちな側面も持っています。

三好 なるほど。

山出 僕が危惧しているのは、アーティスト側の自己検閲です。地域のためになることをしよう、と考えて“奉仕”の姿勢で作品を作ってしまうのはよくない。

三好 と言いますと?

山出 アーティストとは、いまだかつて見たことがない、私たちの理解を超えた何かに気づかせてくれる存在であって、そこには、僕らが普段目を背けたくなるようなものも含まれるはずです。見た人みんなを幸せにすることが、アーティストの役割ではない。それを主催者が理解していないと、集客できないアートはよくないアートだという話になってしまって。

三好 確かにそうですね。

山出 大切なのは、アーティストの作品がたとえわかりづらくても、そこに向き合う工夫をマネジメント側が用意できるかどうか。だから、課題の解決はデザインが担うべき領域で、アーティストは問題提議をする存在だと思います。


今回のキービジュアルは、湯煙が立ち上る幻想的な別府の夜の情景。2009年は朝日、2012年は空気が澄んだ昼間の風景だった

託されたバトンを繋ぐ

三好 作家に対しては、どんな風にディレクションしていくんですか?

山出 混浴温泉世界では、アート界ですでに名のある大物アーティストにも参加していただいているので、まずは彼らの気持ちを乗せて、新作を作りたいと思ってもらわないといけません。気づいたら新作を作っていた、という状態にまで気持ちよく持っていけるのが理想ですね。若手と一緒にやるときは、ずっとやりたかったけど他の芸術祭や展覧会ではできなかったものを作ってほしいと伝えます。失敗したっていいし、チャレンジしないともったいないですから。自分も作家だったのでよくわかるんですよ。

三好 確かに、混浴温泉世界にはアーティスト主導のアートプロジェクトの雰囲気もありますね。

山出 僕が作家出身だからでしょうね。面白いことが起こりそうというワクワクを、まず自分が感じていないと、周りに伝染しないので。

三好 僕も福岡市の「まちなかアートギャラリー福岡」に5年ぐらい携わってきたので、よくわかります。アートプロジェクトは、やりすぎとやらなすぎのバランスを取るのが難しいって、いつも感じます。

山出 本当にそうですね。僕も、「10年間もやってたら、もうちょっとできるだろう」とよく言われました。初回は、スタッフが大学を卒業したての若い子たちばかりで、未熟だけどそのぶん勢いもありました。いろんな方面に迷惑をかけたけど、とっても可愛がられて。2012年の時は、ちゃんと組織づくりをして、20人ぐらいスタッフを抱えて、体制は遥かによくなったんですが、逆に地元の人たちに協力してもらう余地があまりなくなってしまって、結果的には2回目の方が人手不足になりました。「BEPPU PROJECTだったら我々の出る幕はない」と思われてしまって、組織が孤立したんですね。今回は、その反省も踏まえた組織づくりに取り組んでいます。

三好 街と共存していくアートプロジェクトは、運営ひとつとっても、試行錯誤の連続ですよね。

山出 ええ。どうすればいいマネジメントができるのか、いつも考えています。今回は特にツアー型の観賞がメインですし、食事や宿泊といった、いろんな要素が含まれます。先日は、スタッフがオペレーションの仕組みを学びにディズニーランドに行ってました。アート業界の中よりも、日常にあるよいサービスから参考例を探したほうがいいと思って。

三好 なるほど。目指すは、ディズニーランドのように完璧に設計された体験の提供ですか?

山出 いや、それはないですね。世界で最も幸せと言われる芸術祭にしようというモットーはありますが、それを見に来る人に押し付けないようにしたいと考えています。完璧は不可能だと思いますが、それを目指していきたい。成長していくことを大切にできる組織づくりが大切ですよね。

三好 そういう意味でも、原点回帰が必要だったと。冒頭にお話しいただいた、路地裏散策のガイドさんたちの心意気ですね。

山出 そうです。この10年間で、路地裏散策ガイドのおじいちゃんや、他にも関わった人たち数人が、すでに亡くなってしまいました。僕は、彼らからバトンを渡されたように感じています。もちろんスムーズに繋いでいきたいけれど、気づいたら落としてしまうこともある。でもそれを拾ってくれる人もいて、一つのバトンが街や人に影響を与えあっている。それ自体が意味のあることだと思います。

三好 素敵なことですね。

山出 一番いいのは、僕が一刻も早く代表じゃなくなることかな(笑)。ここに関わるいろんな人たちが、「何か新しいことを始めよう、始めてもいいんだ」と感じて、そのワクワク感が伝播していけば嬉しいですね。

三好 開催をとても楽しみにしています! 本日はありがとうございました。


今回のコトバナは三好さんの猛プッシュにより実現した。自らもアートプロジェクトの運営に携わっている三好さんにとって、山出さん率いるBEPPU PROJECTは参考にしたい成功例のひとつだそう

予約の段階でほぼ満席だった会場。「別府に行ったことのある人」という質問にも大多数の手が挙がり、「さすが福岡! いつも関心が高くて嬉しいです」と山出さん
ゲストに聞きたかったコト

会場からはこんな質問がありました

質問 アーティストからマネージメント側になった時に、ご自身に起こった変化について教えてください。

山出 BEPPU PROJECTが立ちあがった2005年当初、まずは資金を集める必要があって、大分県が観光用に用意していた200万円の助成金を申請することになりました。書類審査を通過し、僕がプレゼンテーションをしたんですが、話し始めて1分もしないうちに、審査員にまったく話が通じていないことがありありと伝わってきて、冷や汗が出てきました。「君がアートイベントをやりたいのはわかった。でも、作品の質は誰が保証するの?」「私です! お任せください!」「……」そんな噛み合わないやりとりの末、結果は落選。僕らはひどく落胆し、ひしひしと責任を感じました。ところが、1ヶ月後に敗者復活戦が行われることになって。その1ヶ月が、僕が人生でもっとも頭を悩ませた1ヶ月でしたね。プレゼンとはコミュニケーションであり、自分の想いだけが先走っても、相手が聞きたいことを話せていなければ、成立しません。その後10年間続けてきたのも、アーティストと観賞する市民とをいかに繋いでコミュニケーションを成立させるかで、それは自分が作家活動をしていては気づかない視点だったかもしれません。

コトバナ編集後記

数ある地方型アートプロジェクトの中でも、常にユーモアと沸く沸く(わくわく)を感じさせる「混浴温泉世界」。山出さんの出自や語り口、考え方に触れて、その理由の一端がかいま見えた気がしました。ダイナミックな地形と、情緒ある街並の別府を、久しぶりにじっくり散策してみたいです。ちなみに、BEPPU PROJECT編集の冊子やオリジナルグッズは、どれもクオリティが高くておすすめ。温泉マークのピンバッジは個人的にも愛用品です。(佐藤)

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