阿蘇のみなみでまじめに作ったおいしいもの
阿蘇のみなみでまじめに作ったおいしいもの
頬をなでる風はひんやりと優しく、車窓からの景色はだんだん緑が濃くなってくる。あそ熊本空港から一時間ほど車を走らせると、阿蘇カルデラの南部、南阿蘇村にたどり着いた。阿蘇五岳と外輪山に囲まれた南郷谷(なんごうだに)に位置する南阿蘇村は、国内外から観光客が訪れる熊本きっての人気エリアだ。
2016年4月に発生した熊本地震により、甚大な被害を受けた地域のひとつでもある。主な交通ルートだった阿蘇大橋は陥落し、村の中心部と熊本市方面を結ぶ幹線道路が寸断。自然と寄り添いながら、ささやかに、たくましく生きてきた人々の暮らしの営みは、大きく変わった。
復旧はまだ道半ばだが、明るいニュースも届いている。2017年8月に復旧した「長陽大橋ルート」の開通だ。これにより、川を隔てて分断されていた南阿蘇村の両岸がつながり、村の中心部と対岸の立野地区の迂回(うかい)が解消。村の復興にとって、大きな“希望のかけ橋”となるのは間違いないだろう。
今回紹介する「あそのみなみのみなみあそ くらしのめぐみ」は、南阿蘇村の魅力を再発見するというコンセプトで始まった地域ブランドの取り組みだ。わかりやすいネーミングと、つい声に出したくなる語呂やリズム感もいい。震災後、この認定ブランド品が増加しているという。
ごろごろ、ずっしり。ぜいたくな実のこりジャム
「瓶の上から下まで、これほど果肉がぎっしり入っているジャムはそうありません。遠くから見てもうちのとわかるのが自慢です」と言いながら、ジャムを手渡してくれた『木之内農園』の宮﨑龍太さん。手にとると確かにずっしり、重い。瓶からは、大粒ないちごのつぶつぶまでくっきり見えた。
一般的な家庭用サイズ(150g)・(400g)も手がけるが、農園の主力は、大瓶に入った1kgサイズ。なんと1瓶につき1kgのいちごを使う。「いくら何でも多すぎでは?」とこちらの心配をよそに、「大丈夫。生産者だからできるぜいたくなジャムなんです」と豪快に笑ってみせた。
代表の木之内均さんがいちご農園を始めたのは1985年のこと。当時、阿蘇地方でいちごを栽培する生産者は少なく、売り上げは順調に推移。収穫しきれないぶんは観光客に食べてもらおうと、1989年から「観光いちご狩り園」をスタートした。さらに、不揃いのいちごを有効活用しようと始めたのがジャムの開発・販売だ。
南阿蘇村立野地区にあったいちご園と加工場は現在、機能していない。その代わり新たな拠点になったのが、阿蘇市内牧にある物産館『はな阿蘇美(あそび)』だ。宮﨑さんは地震後、施設内の一室を加工場として、スタッフとともにジャム作りを続けている。
『木之内農園』のジャムの特徴が、つぶつぶとした果肉感。たっぷりの「実のこり」を活かすため、瓶詰めは一本ずつ、スタッフさんの手作業で行う。原料となるいちごは、自社栽培のいちごに加えて、熊本県内の農家仲間から仕入れて対応するようになった。「いちごの種類や作られる量は変わりましたが、レシピは変わりません。阿蘇でジャム作りを続けられるのがしあわせです」と力強く語る。甘さひかえめ、果肉ぎっしりのジャムは、「塗る」というより「のせて」味わう感覚。そのおいしさも、食べごたえも、「おいしいものを届けたい」という思いも、変わらない。
おいしいバジルペーストが導く未来
昨年の夏に一度、『阿蘇健康農園』を訪ねたことがある。そこで目にしたのは、解体が進み、シンと静まりかえったハウスだった。熊本地震の影響で地盤はゆがみ、栽培棚は撤去され、約8,200平方メートルもの農園施設は壊滅。あれから1年余り。ふたたび訪ねた農園は、一度更地になり、かつての姿を取り戻していた。
代表の原田大介さんは、南阿蘇村にある東海大学農学部の出身。大学時代はハーブの研究に没頭した若者だったという。母校からの声かけをキッカケに、2005年に『阿蘇ファームランド』の一角に農園を開設。農業先進国のオランダやノルウェーを視察してヒントを得た、最先端のヨーロッパ式の温室ハウスを採用した。ハウスでは、主にバジル、レタス、いちごを栽培。コンピューター制御により温度や湿度をコントロールし、天敵昆虫にて害虫を駆除することで、安定供給が可能な農業を追求してきた。
今回訪れたのは、ハウスが再稼働する直前。「やっとここまできました」と話す原田さんの表情は、とても清々しい。広いハウスを案内してもらいながら、瑞々しいバジルの葉をぷちん、とちぎって私たちに渡してくれた。鼻を近付けて、さわやかな香りを体いっぱいに吸い込む。香りが強く、えぐみの少ないイタリアのスイートバジル。これは、農園の看板商品である「バジルペースト」をつくるために栽培されているものだ。
原田さんは今から8年前、バジルを主力とした加工品製造に着手。「国産のおいしいバジルペーストをつくりたいと言う思いから、それに特化した栽培の研究を始めました。辛みの強いスペイン産のエキストラバージンオリーブオイル、内モンゴルの湖で採れる塩など、原材料選びも大事にしています」。何通りものレシピを試して完成させたのが“阿蘇バジルペースト”だ。
ハウスと加工場は隣同士。もっとも香りの良い時期に採れたバジルをすぐ加工することができる環境は、おいしいペースト作りに欠かせない条件だとか。風味や香りを損なわず、年間をとおして味を一定に保つことができるためだ。
「これからが再スタート。このバジルペーストが、これからも僕たちとお客さんをつないでくれる」と、原田さんは先を見つめる。
地道に続けていくことに意味がある
『井手商店』の代表である井手一誠さんは、前身となる「みなみあそ くらしめぐり」の頃から、「南阿蘇のブランドの底上げをしたい」という思いを持ち、地域ブランドづくりに積極的に関わってきた。
南阿蘇村で60年以上続く酒屋だが、震災後は、おもに食料品や野菜などを販売する商店としての機能が強くなった。もちろん酒のラインアップは豊富で、「100%南阿蘇村産の貴重な酒です」と井手さんが持ってきてくれたのがこの1本。カルデラ内にある酒蔵『山村酒造』が手がける“れいざん 山”だ。この酒には、無農薬・無施肥栽培で酒米“山田錦”を生産するグループ「喜多いきいきくらぶ」の米を使用。農薬や化学肥料を使わないことはもちろん、「無施肥栽培」に限定することで、品質の統一と向上を目指している。
井手さんは、「10万円の売り上げよりも、10年プロジェクトを続けるほうがはるかに大事」と話す。どんな地域ブランドも、一過性ではなく、続けていくことで見えるものがあるのかもしれない。「くらしのめぐみ」は、売る人、買う人、食べる人を豊かにしたいという思いを込めて、これからも南阿蘇の豊かなめぐみを発信していくつもりだ。