- 天気は晴天。まずは集合場所の里港へ。上甑島の玄関口である里は、毎日島と本土を結ぶ連絡船が行き来し賑わっている。普段は東京を拠点に活動している林太郎さんは、アートプロジェクト開催中の1ヶ月ほど、甑島に滞在中なのだった。
どうも〜、いらっしゃい!
- 今日は宜しくお願いします!
甑島、初めて上陸しましたが、結構人が多いですね。 - 林太郎 今ちょうど、島でアートプロジェクト(※)をやっているので、お客さんも普段より多めですね。
- 森 あの、うしろに見える防波堤、気になりますね……。
あれ、近くで見るとすごいですよ。
- 森 ぜひ、見てみたいです!
「甑の海の仲間たち」と書かれた防波堤。隅々まで余すところなく海の生き物のオンパレードで、水族館来るより迫力満点。魚の模様や表情など、かなり細かく描かれている。
- 森 これはすごいですねえ。これもアートプロジェクト関連ですか?
- 林太郎 アートプロジェクトとは関係ないですが、鹿児島の大学生たちを講師で招いて島の子どもたちが描いたそうですよ。
- 森 さすがに島の子どもたちだけあって、魚の種類がハンパない。
- 林太郎 島は何よりも海が一番身近ですからね。まずはその島の由来になった神さまを拝みに行きましょうか。車用意したんでどうぞ乗ってください。
はいっ!お願いします!
防波堤という予期せぬ島の芸術を堪能し、港を出発。
甑島神社に到着。さすが南の島。ヤシ科の樹木がにょきにょき生える。神社だとて、杉や檜や松と決まったわけではないのだ。
- 森 こじんまりしてかわいい神社ですね。手水所もカラフル。
この神社のご神体ってどこにあると思いますか?
- 森 この拝殿の中じゃないんですか?
- 林太郎 実は神社の向こう、湾を超えて1.5キロほど先にあるんですよ。ここは遥拝所(離れた位置から拝む場所)なんです。
- 森 へえ〜。遥拝とは折口信夫(※)によれば、琉球の神道思想の形態でもあるそうですね。もしかしたら甑島には、本州だけでなく琉球の思想が入り込んでいるのかもしれませんね。
- ※折口信夫は日本の民俗学者・国文学者。
- 林太郎 なるほど〜そう考えると島がぐっと違って見えてきますねえ。ご神体のそばまで行けるので、この後行ってみましょう。
- 森 ではその前にまずは旅の無事を……。
脱帽して参拝する二人。奥に見えるのは手水所の屋根。こちらも神社の常識を無視したパステルトーン。島民の方が塗ったというが、やはり南の島はラテン気質。
- 旅の無事を祈った二人は、ご神体があるという橋まで車で移動。
上甑と中甑をつなぐ鹿の子大橋。鹿の子百合(カノコユリ)というユリの自生地で、そこから名づけられたとか。
- 森 おぉ立派な橋が見えてきましたねえ。
- 林太郎 鹿の子大橋です。あの橋ができて、中甑まで車で行けるようになったんですよ。
- 森 じゃあこの橋ができる前は、船移動だったんですね!
- 林太郎 そうなんです。実は今、中甑と下甑をつなぐ橋も建設中で、2017年には島がひとつになるんですよ〜。
- 森 へぇ〜
- 林太郎 そろそろ到着です。ほら、あれがご神体の「甑大明神」。
- 森 ん?どれですか? 同じような岩がたくさんあって……。
- あれです、あそこの大きな岩。岩の形が甑、つまり古代の蒸し器に似ているから、島の名前が甑島になったという説があるんですよ。
……まったく蒸し器に見えないですね。
- 林太郎 そうですよねぇ…近代の蒸し器ではなく、古代の蒸し器ですから……。岩の性質ももろくて、少しずつ風化していってるみたいなので、そのうち、自然になくなってしまうかもしれないなあ……
……。
甑島の名前の由来となった「甑大明神」。お世辞にも蒸し器っぽさはないが、自然が生み出した迫力は満点。
橋の反対側に渡り、底まで透き通るような海を眺める。なんとも贅沢な景色。
スイムスーツで魚を捕る人も。海水の透明度が高く、イカが泳ぐ姿も見られた。
- 森 眺めが最高ですね〜。こう見ると、地形が変わってますね。リアス式海岸?
- 林太郎 そうですね。あと、この島は「トンボロ」がたくさんあるんですよ。
トンボロ?
- 林太郎 僕らが待ち合わせした港がある里エリアは、トンボロの地形の上に民家が建っているんですよ。せっかくなので、島の他の砂州がよく分かる場所に行ってみましょうか。
- 森 はい!行ってみましょう!
- トンボロとは…
- 波の作用によって島と島の間に砂や石が積み上げられて島と島をつないでしまう地形のこと。陸繋砂州ともよばれる。ちなみに、福岡市東区の志賀島も、トンボロのひとつです。
おお〜、これは絶景〜。
- 林太郎 海岸沿いが池になってるでしょ。自然の海流によって湾が池になったんです。しかも4つも。これが湾口砂州。
- 森 海岸沿いに池がいくつもあるなんて、不思議な光景ですね。
- 林太郎
- しかも池の塩分濃度がそれぞれ違うので、色んな生物が棲息しているんですよ。
同じ海なのに不思議!
- 林太郎 海水と淡水の池もあるんですよ。
- 森 へ〜!
- 林太郎 ちなみに鍬崎(くわざき)池には巨大うなぎがいると言われていて、昔から近づくなと言われています。
- 森 そう言われると子どもは絶対行きますね(笑)。
- 鍬崎池のほか、海鼠(なまこ)池にはナマコ、須口(すぐち)池にはボラ、貝(かい)池には世界で3ヶ所しか確認されていないクロマチウム(光合成細菌の一種)が生息。
- 島に溢れるトンボロ地形をめぐり、中甑までやってきた2人。この集落の港は湾口砂州。つまり砂州で池だったところを削って再び海とつなげ、港にした。
- 林太郎 このあたりは代々漁村で、とてもアットホームな集落です。
- 森 そんなに歴史があるとは。やっぱり海産物が相当とれたんでしょう。刺身とか最高なんでしょうねえ〜。
- 林太郎 なんだかお腹すいてきましたね。この路地裏にいいところがあるので、そこでお昼にしましょう。
- 森 楽しみです〜
迷路のように入り組んだ細い路地にずんずんと突き進んでいく林太郎さんを追いかける。猫はのんびり昼寝中。
港から数分、とある一軒家に到着した一行。
- 林太郎 ここですここです。お邪魔します〜。
- 森 人のお宅に見えるけど……。
あら、いらっしゃい〜。
- 林太郎 今日はお昼やってますか?
やっとるよ。今日のメインは、島で穫れた牡蠣やけどいい?
もちろんです♡
- 森 あのう。ここはお店ですか?
- けいこさん 自宅やけど、店もやっとるんよ。昨年暮れにオープンしたんやけど、まだ看板つけてなくてねえ。分かりにくかったやろう?
- 森 ご自宅でお店をされてるんですねー。
- 島に来た人に、何かおもてなしできることはないかなあと思ってね。私はもともと大阪生まれなんですけど、結婚を機に島に移住して。島には何もないから最初は退屈やったけど、パンくらいなら材料そろえて自分で作れるからってパンをづくり始めたんですよ。そのパンづくりが高じて、お店を開きたいと思うようになってね。
「大きい牡蠣が入ってねぇ。ほら、美味しそうやろう〜?」と見せてくれた。いやぁ美味しかった!
前菜の盛り合わせ、島の牡蠣、自家製パンにきびなごのオイル漬け、デザートは島のパッションフルーツムースとコーヒーまで、島の食材を豊富に使った贅沢ランチがなんと1,000円!
- 林太郎 けいこさんの作る料理は民宿とか港の食堂とはちょっと違うけど、それがまた魅力でしょ。
- けいこさん 民宿はたくさんあるから、そこじゃ食べられない料理をお出しできたらと思って。
- 森 ぜんぶ美味しかったです。ごちそうさまでした!
看板より先にできてしまったショップカード。肝心の看板は、9月に無事完成したそう! ちなみにけいこさん自家製のパンは持ち帰りも可能。
お腹も満たされたところで、林太郎さんが連れて行ってくれたのは、「つちもの屋 齊藤工房」と書かれた一軒のログハウス。
- 林太郎 齊藤さん、いらっしゃいますか〜?お邪魔します〜!
- 森 「つちもの屋」ってことは、陶芸屋さんですか? にしては、仰々しいオブジェがたくさん置いてあるけど……。
- 林太郎 ここね、おもしろいんですよ。
これなんか、SF映画に出てきそうですね。
一応焼き物の工房には違いないようだ。焼き物に混じって骨董品(?)もちらほら。黒電話のとなりには潜水服の頭部が。
興奮しちゃうでしょ? それ潜水服だよ。
- 林太郎 あ、齊藤さん!こんにちは。これ、どこで手に入れたんですか?
人の家の畑に埋もれてて、これはもしや?と掘らせてもらったの。
相変わらず集めてますね〜。齊藤さん、あの骨、見せてくださいよ。
- 森 骨?
- 齊藤さん あぁ、骨ね。ちょっと待ってね〜。(奥のほうから何やら箱を持って来る齊藤さん)
- 森 おおっ、これ何ですか?
クジラの背骨です。
でかっ!
クジラの背骨(大)とイルカの背骨(小)。左奥はウミガメの頭蓋骨。次から次に奥から骨を出してくる齊藤さん。
齊藤さん、漂着物コレクターなんです。
- 森 漂着物コレクター??初めて聞きました。これ全部、島で拾ったものですか?
そうですね、6歳のときからだから、かれこれ33年間、漂着物を集めてます。
33年間!!!
- 齊藤さん ビーチコーミング(※)ともいいますよ。ちょっとカッコいいでしょう?
- 林太郎 かっこいいですねぇ。それにしてもこの靴……。
すごいでしょう〜。最近フジツボにハマっちゃって♡
- 森 もはやはじめからこういうデザインです、みたいになってますね。。。
どこから流れ着いたのか、無数のフジツボが付着した女性用の革靴。
- 森 この小さい石みたいなものは何ですか?
- 齊藤さん イルカの耳骨です。イルカって超音波を出して餌を探したり、会話したりするでしょう。跳ね返ってきた音や会話は全部この耳骨でキャッチするんですよ。「耳骨」と言いながら、顎にあるんですけどね。地味だけどなかなかいいですよ〜。海や川なんかでは、水難事故に合わないようにお守りとして持ち歩く人もいます。(5分ほどイルカの耳骨についてのお話が続く……)
- 林太郎 面白いでしょう?齊藤さんのお話はいつ尋ねても新鮮です。
- 森 いやぁ、まだまだお話聞いてみたいです。
- 齊藤さん 次に島に来たときは、新しいコレクションが漂着してると思うから、またおいで〜。
- 森 はい、ぜひお邪魔させていただきます!
普段は島の専属ガイドをされている齊藤さん。豆粒ほどのイルカの耳骨を熱く真剣に語ってくれた。ほかにも、ヒトデ、オウムガイ、タツノオトシゴなど、さまざまな漂着物を見せていただいた。
最近もっとも興奮した漂着物は、射的場にある人型の的だそう。シーカヤックの最中に海に浮かんでいるのを発見し、背中に担いで持ち帰ったものだとか。
- 齊藤さんの工房を後にし、里港へ戻る二人。
一行はさらに個性的な人物に出くわすことに……。
- 漂着物の余韻を残しつつ、2人が最後に向かったのは里集落の古民家を改築したギャラリーヒラミネ。開催中のアートプロジェクトの作品も展示されている。
- 森 看板の手作り感がいい感じですねぇ〜。
- 林太郎 1年前にオープンした、島で唯一のギャラリーなんです。
- 森 「ヒラミネ」ということは、もしかして林太郎さんが?
- 林太郎 そうなんです。と言いたいところですが、実は私の父の会社がはじめたギャラリーなんです。作品の展示や販売もしているんですよ。
こ、これは……トド?
それは89歳の時彦じいちゃんが作った作品です。
- 森 ええ〜〜
トドかと見間違えた流木で作られたアザラシ。目やヒゲがリアルすぎて、本当にびっくり。
真夏のトナカイ。本物にはないであろうたてがみが…。
トラの前でくつろぐ小学生。夢の中まで出てきやしないかと不安になった。 と、ギャラリーの庭をうろついていると、背後に人の気配が……
……。
- 森 と、時彦さんですか?
コクン(うなずく)
- 林太郎 あ、こちらが先ほどのオブジェを作っている時彦じいちゃんです。実は僕の祖父なんですよ。
- 森 なるほど!
- 林太郎 そうなんです。ギャラリーの中に作品がもっとあるのでどうぞどうぞ。
壁一面のウィンドウのなかに、動物から人間、妖怪まで、100体を超えるであろう作品が並ぶギャラリー。カフェも併設されているので、くつろぎながらゆっくり作品鑑賞ができる。
時彦おじいちゃんの作品鳥のシリーズ。素材は布、針金、紙粘土などを使っているそう。
ようこそ甑島へ来てくださったねえ。
- じいちゃんは80を過ぎて造形の世界に目覚めて、今ではせっせと毎日作品を作っているんですよ。
- 森 80歳を過ぎてからですか?本当にすごい作品の数々ですね。
- そちらの絵が気になるんですが、その妖怪みたいな絵は一体何を描いているんですか?
- 19歳の時にそこの川辺で見た河童よ。川で遊んどったらね、「あ゛——————っっっ」という大きな声が聞こえてね、振り向いたら…河童が立っとったんよ。
- 森 ……そ、それはまた、斬新なエピソードですね……
- そらもうびっくりしてね。最初はカエルかと思ったんよ。ところが四つん這いで近づいてくるんよ、こうやって、こうやって(河童の仕草をしながら)。で、どんどん姿を変えていくんよ。そばまで来たときの姿がこれ。乳もあったけん、ちゃんと乳も描いたんよ。もう恐ろしゅうて恐ろしゅうて◯×▽■〒♨&#☭〄;$※♂☞
(途中、うまく聞き取れず…)。
……戦争で満州行って帰ってきたと思ったら、捕虜としてソ連に連れて行かれてねえ。ロシアパンを焼いたり、ロシアン刺繍覚えたりして、当時は過ごしとったんよー。辛かったけど、この河童に出会わんかったら、私はここまで生きとらんかった……(涙目)。
一生懸命に河童の話、戦後の捕虜時代の話をしてくれた時彦おじいちゃん。
時彦おじいちゃんが19歳のときに川辺で遭遇した河童の絵。
- カエルの姿から変化して、左のような河童になったそう。乳房があったことから女だったと語る。
- 何やら、おじいちゃん家の庭もすごいらしい。ということで、ギャラリーのはす向かいにあるおじいちゃんのご自宅も案内してもらうことに
おじいちゃんのご自宅の庭に到着。ザ・日本庭園という感じだが…。
ユーカリじゃなくて丸太につかまるコアラの親子。よく見るとてっぺんに鳥もいた。
日本庭園の池も作っちゃったおじいちゃん。中には色鮮やかな錦鯉が。まだまだ続く時彦ワールド。庭の奥に続く細道には、人物をモデルにした作品も。
- 森 いや〜、今日は本当にすごいもの見せていただきました。特に最後の時彦おじいちゃんで、お腹ぱんぱんになりました。
- 林太郎 島には大自然だけじゃなくて隠れた名人がまだまだいますので、また会いにきてくださいね〜。
- 森 お世話になりました!ありがとうございます。また必ず遊びに来ます!
- ギャラリーヒラミネさんのFacebookページはコチラhttps://ja-jp.facebook.com/GALLERYHIRAMINE
時彦じいちゃんの制作活動の様子も覗けますよ。 時彦おじいちゃんと一緒に記念撮影。
- 今回の旅はこれにて終了。林太郎さんが生まれ育った島には、自然が生み出した芸術がそこかしこに転がっていた。長い月日が生み出した美しい自然と、ともに育まれてきた人々の豊かな感性は、出会う度に強烈な思い出となったのは言うまでもない。都会の生活で行き詰まりを感じている方も、たまにはその喧噪からはなれて甑島で一日を過ごしてみてはいかがだろうか。
小さな島だからこそ見えてくるその無限の可能性に、あなたの創造性も刺激を受けるはずだ。