Backpackers’ Japan 代表取締役CEO
藤城 昌人 Masato Fujishiro
1984年生まれ、福岡県糸島市出身。医療用医薬品の営業担当を経て、2014年入社。Len京都河原町の開業と同時にマネージャーを務める。取締役COOを経て2020年に前代表から職務を継ぐ形で代表取締役に就任。
Backpackers’ Japan 取締役CBO
石崎 嵩人 Tkahito Ishizaki
1985年生まれ、栃木県出身。2010年、大学時代の友人と株式会社Backpackers’ Japanを創業、取締役CIOに就任。2020年より役職をCBOに変更し、より広い目線で事業のクリエイティブ戦略や会社全体のブランド構築を担当。
28回目となる博多まちづくりミートアップのテーマは「開かれた宿がまちを変える!」。再開発が進み、街の姿が大きく変化している福岡市都心部。これからどのような事業者が関わるかが、街のイメージを大きく左右するのではないでしょうか。今回は、東京・蔵前で「Nui. HOSTEL & BAR LOUNGE」(以下、Nui.)を運営する、Backpackers’ Japanの方をゲストに招いて、Nui.誕生の経緯、Nui.が生まれたことによって街にどのような変化をもたらしたのか、などをお伺いします。また、蔵前での経験を踏まえ、博多はどんな可能性を秘めているのかを、一緒に考えたいと思います。
岸本さん(以下、岸本)みなさんこんばんは。司会進行の株式会社ダイスプロジェクト岸本です。今回の博多まちづくりミートアップのテーマは「開かれた宿がまちを変える」ということで、現在4つのホステルなどを運営しているBackpackers’ Japanのお三方にお越しいただきました。今回はその中でも東京・蔵前にあるホステル「Nui.」を中心にお話をうかがっていければと思っています。
小さなホステルが街の空気を変える
岸本 東京・蔵前で、街の空気を変えたといってもいいほどの存在感を放っている「Nui.」。福岡の街では再開発が進んでいますが、大規模開発ではなくても街の空気を変えることにつながっている事例として、ご紹介したいと思います。
ではまず、どのような経緯でNui.が生まれ、街に影響を及ぼすようになったのか教えていただけますでしょうか。
石崎さん(以下、石崎)はい、Backpackers’ Japanでは、現在ホステルを4店舗ほど運営しております。そのほか、長野県でキャンプ場をつくったり、最近ですとビール醸造とパブを一緒にしたブルワリーをつくったり、宿事業をメインにおきながらも、もうちょっと手を広げて多角化していっているような状況です。
また、弊社の特徴としては、いざホステルをつくろうとなった時に、企画から内装デザインにも入り込んで、さらには実際に運営まですべて自社でやっているので、ワンストップですべて完結できるのが強みですね。
石崎そして、会社のミッションとして「新しい景色をつくる」、ヴィジョンとして「意思ある仲間と広げ合う会社に」、パーパスとして「旅多き世界のために」を掲げています。それぞれ話すと長くなってしまうので割愛しますが(笑)、これらが、我々の事業の礎になる部分です。
中でも、ミッションとして掲げている「新しい景色をつくる」。これは、さまざまな事業を行なっていく中で、特に大切にしていることです。人と場所の魅力を掛け合わせて今までになかった景色をつくり、そして、その景色を訪れてくれた人に価値として展開するということをやりたいなと思っています。
名刺交換をしなくても打ち解けられる空間
岸本ここまでBackpackers’ Japanについておうかがいしましたが、ここからは「Nui.」について深堀りしていけたらと思っております。まず、「Nui.」が生まれた経緯について教えてください。
石崎「Nui.」があるのは、隅田川に面した台東区。職人の街で、貴金属や革の卸問屋が多い場所です。正直、開業する前は東京の人に聞いても「蔵前がどこにあるのかわからない」という人が多かったですね。ただ、2010年代の前半から、台東区を含む東京の東側を「東東京」と呼ぶ流れが強まったり、下町って面白いよねという価値観が広まりだしました。それ以降、蔵前にもこれまでにはなかった形の個人店ができたり、若い人が住み始めたりしていったんです。
ぼくらはまず、蔵前で最高の物件に出会って、これをホステルにしたいというところから始まったんですが、もともと蔵前自体のみんなが言う「何もない」感じも結構いいなと思っていて。個人店が徐々にでき始めてからは、そういった大きな資本じゃなく、個人が頑張っている感じもよくてここでやりたいなと思って本格的に動きはじめました。
石崎2012年の6月から9月までの3ヶ月で改装工事をしたんですが、全国から大工さんはもちろん、トータルで100人を超えるボランティアスタッフが来てくれて、本当に朝から晩まで作業しました。夜は夜で「ここはどうする?」とか話し合いを重ねながらお酒を飲んで、また次の日二日酔いで作業する、みたいな状態でしたね(笑)。
そして「Nui.」が完成したのが、2010年9月。1階はカフェバーダイニング。スペシャルティコーヒーを扱うカフェであり、クラフトビールからオリジナルカクテルまで取り揃えるバーダイニングであり、イベントをライブ、ワークショップなど何でもやる多目的なスペースとして存在しながら宿泊者の受付としても機能しています。
そして、上の階が宿になっています。2段ベッドの部屋があったり、隅田川が見える個室があったり、それから宿泊者の方だけが使える、本を読んだり仕事をするスペースを設けたりしています。
石崎先ほど会社のヴィジョンなどを紹介しましたが、同じようにホステルの事業の中でもミッションを定めています。そのミッションが「あらゆる境界線を越えて人々が集える場所を」。「Nui.」をつくる時にもよく話していたんですけど、初対面でも名刺交換が必要ないような場所をつくりたいね、と。国籍とか人種、性別、職業…すべてとっぱらって各々自由に過ごしたり、交わり合ったりする場所を作りたかったんです。そのために、目が合いやすいように湾曲した椅子を設置したり、段差を多くつくったり、さまざまな工夫を散りばめました。
「Nui.」が街に人の流れを生んだ
岸本「Nui.」ができて、街にはどんな変化が起こったのでしょうか?
石崎やっぱり人の流れに変化が起こりました。ツアーに頼らず、自分でホステルを探して町を楽しみたいという方たちが訪れるようになりました。1階のラウンジ部分を大きく、また外からも見えるようにつくったので、興味を持った方が入ってきてくれたり、ここを目指してきてくれる人も日に日に増えていきましたね。
ラウンジは、キャッシュオン、ノーチャージ、立ち席メインなんで、人がフラッと入りやすいのはもちろんだけど、逆にいえば「何か違うな」と思ったらサッと出やすい。そういう流動性と回遊性がある場所っていうのが訪れる人にとって、それから街の人にとっても刺激的な場所になるのかなと思っています。
石崎それから、ホステルって基本シャワーブースしかないので地元の銭湯に行こうってなったり、日中部屋で過ごせるほど広くないから、街に出ようとなったり、自然と地域との連携みたいなものが生まれるんですよね。観光客にとっても、ガイドブックにまったくのっていない場所に行って体験することにもつながるし、いいことづくしですよね。
岸本「Nui.」はBackpackers’ Japanが手掛けるホステルとしては2棟目でしたよね。決断する前、不安はなかったんですか?
石崎正直ぼくは最初反対していたんですよ(笑)。この建物を改装するのに自分たちが準備できるお金の3倍、ウン千万円かかるっていう話で。絶対無理だなって思ったんです。でもこれは結果論ですが、本当につくってよかったと思っていますね。「Nui.」ができてから、会社のステージが一気に二、三段上がった感じです。
藤城さん(以下、藤城)ぼく実は「Nui.」ができたころは入社前で。いちファンとして、ボランティアスタッフをしたり、お客さんとして遊びにいったりしていました。
塩満さん(以下、塩満)ぼくも入社前だったんですが、同世代の人たちがすごいことをしているな、とリスペクトの気持ちで見ていましたね。
岸本でもやっぱり、東京の人でさえ知らないような街にホステルをつくるという決断は本当にすごいですよね。はたから見ると、リスクを冒しにいっているようにしか見えないような気も…。
石崎とはいえですね、蔵前は、羽田からも成田からも乗り換えなしで1本でこられるんですよ。街の賑わいがどうとかは置いておいて、アクセスのよさについては重視しましたね。