2013.7.19 up
詩人/グラフィックデザイナーの尾中俊介さんに会いました
福岡市在住の尾中俊介さん。美術館やギャラリーのポスターなど公共の場における広告物を中心に手がけるグラフィックデザイナーである一方、“詩人”として自分の内面に入り込んでの創作活動にもはげむ。一見すると相反するふたつの顔を持つ尾中さんには、いったいどんな世界が見えているのだろう。
より人に伝わるデザインを
ゆうに50年は経っているだろう。使い込まれた渋い玄関の引き戸を開くと、奥には広い座敷が広がっている。
「いらっしゃい」と穏やかな笑顔で迎え入れてくれたのは、福岡市にあるデザイン事務所カラマリ・インクの尾中俊介さんだ。パートナーの田中慶二さんとふたりで、古い木造の一軒家を拠点にデザイン業を営んでいる。アートギャラリーや美術館関係のポスターやチラシ、図録といった紙媒体から、展覧会で販売されているTシャツやポストカードなどのプロダクトデザイン、ショップのウェブデザインなど、手がけるジャンルも幅広い。
こじんまりとした中庭に面した廊下を抜けて、2階に上がらせてもらうと、そこには16畳ほどの仕事場がある。木のぬくもりを直に感じる空間だ。壁にしつらえてある手づくりの本棚から、尾中さんが1冊の本を取り出した。
「これは日記のようなもので、自分が吸った1年分のタバコの箱から銀紙だけを捨てずに取って置き束ねたプライベートワークスです。
手渡してくれたのは、タバコの香りも消えてなくなった、辞書のように分厚い銀色の本。表紙にも、中にも、文字はない。箱の中から銀紙だけを取り出して束ね、ていねいに製本してある。尾中さんの日々の “痕跡”とでも言おうか、すでに役割を終えたはずのものが、かたちを変えて目の前にあるさまは、まるでひとつのアート作品のようだ。続いて見せてくれたのは、2003年のイラク戦争勃発時の新聞記事を製本したもの。数日間分の記事を8つ折りにして、千枚通しで穴をあけ、紐で背を綴じたシンプルなつくり。「イラク開戦」と書かれた1面の見出しがひと際目立つ。何のためにつくられたのか、と考える前に、そのもの自身が放っている生々しいまでの“質感”に心を奪われる。
これまで手がけたポスターやチラシを床に広げて見せていただくと、尾中さんの生身の手作業を介したリアルな “質感”をあちらこちらに感じることができる。
手描きの花唐草をふちに細かく散りばめたもの。カッターで切り抜いたロゴをスプレー塗料で色付けしたもの。イラストをあしらえたり、カッターや彫刻刀で板を削るところからはじまったりと、手作業によるこまやかな表現に驚かされる。パソコンに向かってひたすらデザインソフトと格闘するものがグラフィックデザインなのだと勝手に思い込んでいたのだが、ここにある作品はどちらかというと職人の手仕事に近い。 とはいえ、すべての作品が手作業を経て仕上がるわけではないし、パソコンだけでデザインされたものもたくさんある。「あくまでも“印刷”という複製技術がもっとも重要」と言う尾中さんは、決してアナログ至上主義を感じさせるわけでもない。
「アナログかデジタルかというよりも、最終的に印刷されたものがどのようなかたちであれば、より人に伝わるのかをいつも考えています。ただ頭で考えたものより手で考えたもののほうが伝わる場合もあるんです」
そんな想いが、思わず手で触れてみたくなる“質感”として、見る側にも伝わってくる。
“媒介者”としてデザインすること
23歳のとき、デザイン事務所で働きはじめるも「デザインがなんたるかも知らず、デザインという仕事にもイマイチ面白みを感じられなかった」という尾中さん。”他人”から頼まれたものをつくるだけの作業にはやりがいを見いだせず、フリーペーパーや仲間たちではじめたライブイベントのフライヤーを作成したりと、実験的なデザインを試み続けるほうにこそ楽しさを見いだしていた。
その後、フリーのデザイナーとして独立。クライアントと直接やりとりを重ねることで、面白みのある制作物に仕上がっていく過程をたびたび経験し、“表現者”としてではなく“媒介者”として、デザインしていくことの醍醐味を覚えていった。
「思えば、ベケット、フォークナーといった作家や、絵でいえばセザンヌ、映画でいえばワン・ビン、ペドロ・コスタなど、僕が影響を受けている作家たちの作品には、意味内容よりも、作家各々が見つけ出した独特の形式が際立っているんです。“媒介者”として、外から受け取ったものをどう“かたち”にするかに賭けているように思います」
絵画や映画などの芸術作品とは違い、デザインはあくまで受注仕事。さまざまな制約のなかで、クライアントの同意を得ながら進めていくという作業が欠かせない。それでも「いつも納得ができているわけではありませんが、自分の外からやってきたものに“かたち”を見いだしていくという“媒介者”としての一連の作業には面白みを感じています」と話す。
2004年、博多区に「現代美術や現代音楽などを催すスペースを立ち上げるから」と話を友人から持ちかけられ、創設メンバーに加わった尾中さん。現在の仕事のパートナー、田中慶二さんも、そのスペースの創設メンバーのひとりで、2007年に2人でカラマリ・インクを設立した。
いつでも根っこにあったのは、「自分の外からやってきたものを、どんなふうに“かたち”にするかという想い。今でも尾中さんにとっての原点だ。
伝わる “かたち”を見いだしていく
尾中さんはデザイナー業を営むかたわら、詩人としても活動を続けている。25歳のとき、松本圭二氏の詩集『アマータイム』を本屋で手に取り、その時代を映した内容と大胆なタイポグラフィに感銘を受け、「いつか自分の詩集をつくりたい」という思いを抱いた。20代はほぼ毎日、仕事が終わったあとに詩作に耽り、4年前には自身の長篇詩集『CUL-DE-SAC』を完成させた。優れた現代詩に授与される「中原中也賞」の最終候補3作品に残った秀作だ。
タイトルの「CUL-DE-SAC」とは、フランス語で「袋小路」。はじまりは、妻がベランダで物干しをしている何げない風景。そこから具象と抽象が散らばって、まさに出口のない袋小路に迷い込んでしまったような感覚におちいる。128ページにおよぶその文章には、はじめから終わりまで句点がなく、ページにはノンブルもない。文字のサイズにも工夫が凝らされ、余白が目を引く。中身の体裁はもとより、表紙にはひとつひとつ手で「詩」の焼印が記されていたり、内表紙のタイトルにも判をあしらえたりと、その装丁にも作者の探究心を感じずにはいられない。言葉そのものの意味を超えて、可視化された文字、そのリズム、その“世界”に引きずり込まれそうになる。
『CUL-DE-SAC』は、執筆・編集・装丁のデザインまで、すべて自分で手がけた。手にとったその瞬間、作り手と受け手のあいだで、静かにコミュニケーションが紡がれていく。尾中さんのことを知らずとも、これを作った人はどんな人なのだろうと想像してしまう、そんな書物だ。
「同じ“世界”を分かち合っているようで、実はそれぞれ違う“世界”を見ている、という光景をよく目にします。人ってみんな、育った環境も違えば資質も異なる存在で、それぞれ固有の“世界”を見ているのだから当たり前のことなんですが。そうとは分かっていても、他人と分かり合えないことはとても残念なことです。でも、そのディスコミュニケーションこそが芸術の動機だと僕は思っています。なんとか分かり合おう、伝えようと模索し、そのための形式、“かたち”を絶えず見いだしていく。人はそういう営みをずっと続けてきたのではないでしょうか。連綿と続く流れの中で、偉大な作家たちの作品から影響を受け、僕の制作物がつくられていったように、僕の制作物が誰か別の新しい何かを生み出すきっかけとなってくれていれば最高です」
今年1月には、出版レーベル「pub」をスタートをさせたカラマリ・インク。
「自分たちの感性にひっかかるものを納得いくかたちで世に送り出したい」その目線の先にあるのは、あくまで“書物”。誰の本を作るのか、どんな本にするのか、そのセレクトから、編集、デザイン、出版まで、ぜんぶ自分たちの手でやってみる。それが「pub」だ。
さまざまな手段が発達し、誰とでも手軽につながれるようになった反面、他者と深くつながり合うことが難しい今の時代。だからこそ、尾中さんのように“伝えたいこと”を自分のスタイルで”かたち”にしている人を見ると、私もそうでありたいと羨ましくなる。同時に、自分のスタイルって何だろうと、見つめ直してしまう。
次はどんな“かたち”を見せてくれるのだろう。そう思うと、尾中さんという一人の人間が、周りの人やモノとカラマリながら1本の糸を紡ぎだしていく光景が、目の前に広がるようだ。
(取材・文/堀尾真理 写真/木下由貴)
Profile
- 尾中 俊介(おなか しゅんすけ)
1975年、山口県宇部市生まれ。詩人。グラフィックデザイナー。福岡市在住。
2007年「Calamari Inc.を設立。2009年、詩集『CUL-DE-SAC』上梓。2013年、出版レーベル「pub」をスタート。Calamari Inc.□http://www.calamariinc.com/
pub□http://pub.calamariinc.com/