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日本中にあふれる杉の木。 さて、どうしよう?

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2013.3.27 up

ころんとしいて愛嬌のある木のオブジェは、杉の木から生まれている。けれども杉は、花粉症のイメージもあり、素材としてもありふれていて希少価値も少ない。そんな杉を作品の材料として使うのは、造形作家の有馬晋平さんだ。工房を訪れ小鳥のさえずりと共に彼の言葉に耳を傾ける、ゆるやかな時間。

〝触れたい〟引力を持つ、スギコダマ。

「よかったら、触ってみてください」。そう言われる数秒前から、机の上にころんと転がった木製のオブジェを目にした瞬間、心はもう触れたいという衝動にかられていた。やわらかそうだなぁ、すべすべしていそう、手になじみそう…。初めて目にするその物体に、妄想が次々と膨らんでいく。ほっこりとした空気を漂わせる姿には、無意識のうちに本能的な欲求を目覚めさせる力があるのだ。
スギコダマ―。森に生息する生き物のような不思議な名前のオブジェは、大分を拠点に活動する造形作家・有馬晋平さんの代表作だ。その名の通り杉の木で作られており、つるんとした表面に刻まれた年輪が模様のようにも見える。別府湾を望める小高い山に佇む工房から響いてくるのは、小鳥のさえずりと、シュッ、シュッという刀で杉を削る音。スギコダマの形を鉛筆でとり、刀でていねいに成形していくのだ。パソコンで使うマウスのような形が、〝触れてみたい〟感覚を呼び覚ますのかもしれない。

有馬さんが造形作家として活動をはじめたのは4年前。もともと杉を使おうという想いがあり、第一弾として発表したスギコダマが思わぬ反響を呼び、それから創作活動に励む日々だ。当初は造形作品として作ったスギコダマだが、展示会などで手にとってもらう機会が増えるたびに、さまざまな発見があったのだと有馬さんは言う。
「杉の香りがするので芳香剤かと聞かれることもあれば、お守りのように鞄に入れて持ち歩く人もいて。気持ちを落ち着かせるため、事あるごとに撫でているという方もいらっしゃいました。僕としては、自由に使ってもらえればそれでいいかなぁ」。

スギコダマは、もともと手のひらサイズの小さな作品だが、実は両手を広げても足りないほどの大きなものもある。
「〝ビッグスギコダマ〟は、人が乗ったり座ったりできるんですよ。製作の依頼があった時や、自分の展示会などで登場します」と有馬さん。スギコダマは、場所やシーンにあわせて製作されるのだ。取材に伺った日に彼がせっせと製作していたのは、ある企業のキッズルームに届ける作品。「すぎこだまが床面から山のようにどどーんと現れるようなものを作りたくて。子どもたちがこの上をすべったり、走る様子を想像しながらデザインしたんです。名前は〝スギコダママウンテン!〟。ダジャレか!? って突っ込みたくなりますよね」とクールな印象の有馬さんの顔が自然とゆるむ。
〝オブジェ〟が前提でありながらも、自由気ままに遠慮なく、触れて遊べてしまうのがスギコダマの魅力だ。

嫌われ者? 厄介者? だから、いい。

「杉って、あまりいいイメージがないんですよね」。いつもの作業椅子に座って有馬さんが語りはじめる。やわらかくて傷がつきやすくて縮みやすい木質ゆえに、建築材料には適していないという印象があること。かつて杉は、木造建築が主流だった江戸時代から日本人にとって身近な存在であり、戦後まもなくしてから大量に植林されたのだとか。けれども、高度成長期以降、建築材料は変化し、人々の生活スタイルも激変することによって、杉は存在価値を失い価格も暴落。しまいには、大量に栽培した代償と言わんばかりに、花粉症の原因としてもマイナスなイメージが染みついている。
「日本の山で植林されている約4割が杉だと聞いたことがあります。僕たちの先祖が未来を託して植えたものなのに、なぜかイメージが良くない。ちょっと切ないなぁって思って。ほら、あそこ(工房から見える森)にも杉が植えられているでしょ?」。
そんな杉を作品の題材に使おうと考えたのは、有馬さんならではの純粋で素朴な視点が大きいように思う。「半永久的に使える高級な金属はもちろん、樹脂や絵の具を使えばカラフルな作品も作ることができる。けれども僕自身は、身近な素材で意外性のある作品が生み出せた方が、大きな驚きがあるんじゃないかと思いました。手にとる人も〝いつもの素材〟だからこそ親しみが沸くんじゃないかと。 それに杉は、背伸びをしない雰囲気があるし、僕の性格にも合っているのか、心地良く向き合えるんです」。

目を凝らせば見えてくる、愛すべき杉の個性

完成したスギコダマをいくつか見せてもらった。生成りのもの、黄土色のもの、赤茶色のもの…といったように色も様々で、年輪も一定に刻まれたもの、グニョグニョと曲がったものなどその表情はひとつとして同じものはない。
「杉って、奥が深くて面白いんですよね」と有馬さんが工房の一角からいくつかの原木を出してくれた。たとえば、年輪がグラグラと揺れていて小豆色の杉は〝ヤブクグリ〟と言い、大分県の日田でよく見られるものだとか、薄紅色でやわらかい手触りの杉は佐伯市に植林されている〝アオスギ〟だとか。全国的に有名な奈良の吉野杉といった杉業界のブランド品もいいけど、有馬さんが現在活動を行う大分県内の杉の魅力を知りたいのだと、その表情はイキイキとしはじめる。寿命の短い品種や昔気質の職人が好む杉のこと…。有馬さんは時間を見つけては、地元の山主さんや大工さんに話を聞いて山に入り、杉の造詣を深めていっている。
そんな話を聞きながら思い出したのは、日常生活のなかで何気なく見ていた山々の風景。日々見ていた木々が立派な木材にまで成長するまでの気の遠くなる時間を考えると、その姿が堂々としたエネルギーの溢れるものに見えてくる。

今後の展望を聞けば「さて、どうなるんでしょう。僕自身もよく分かりませんねぇ」とあくまでマイペースの有馬さん。最後に、こんな質問を投げかけてみた。 「作品作りを通じて、杉の普及に務めたいという社会的な想いがあるのでしょうか?」 「社会を変えてやろうなんて、そんな大それたことは全くなくて。先ほど杉の歴史に少し触れましたが、僕たち日本人の暮らしが杉の歴史から垣間みられるように、時代の流れを伝えるツールのひとつとして作品を作っています。これをきっかけに、杉だけでなくて日本人の歴史に興味を持ってもらえたら嬉しいな…なんて、それぐらいゆるい感じですよ。日本人の過ちというか、戒めというか、切なさというか…。後々どう行動するかは、その人次第なので」。
スギコダマの魅力は、自然体でゆったりとした空気をまといながらも、何かを語りかけてくる強さにある。大切なメッセージは、力いっぱい高らかに叫んでも仕方がない。有馬さんから溢れる言葉は、そんなスギコダマの佇まいそのもの。 やわらかくて、人の肌に触れたようなやさしいスギコダマ。手に取ると、杉の魅力を再発見する人が増えるのは間違いない。

(取材/文/撮影 ミキナオコ)

アナバナ取材メモ

有馬さん自身がスギコダマを”触れられる”作品にしたいと思ったのは、学生時代のある体験からなのだとか。「美術館で子どもを対象にしたワークショップをしていた時、子どもが美術品に触れてしまったんです。そうしたら、監視員の人が慌ててやって来て子どもは怒られて泣く始末。それにビックリした監視員の方も泣いてしまって…、なので、自分が物を作る時にはみんなが触れて幸せになるものを…という想いがあったんです」と、語ってくださいました。嫌われ者の杉を使うこと、みんながハッピーになれるものを作ること。有馬さんの視点は、あたたかさがあるんですよね。(ミキ)

◇有馬晋平 大分県大分市王子南町6−4
◇090−2393−1171
◇s-arima@oct-net.ne.jp
スギコダマは
1個5,000円前後から購入できます。


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