正直ブランド

減農薬から無農薬いちごへの挑戦

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2013.4.12 up

このところスーパーの青果コーナーを訪れると、いちごを手にとる習慣がついた。ルビーのような真っ赤な姿を透明なフィルム越しに覗き込む。その度に、ふと想いかべるのは、あるいちご農家の主人の顔。 「農薬をね、一回ほど使ってしまったんですよ」。たった一度の農薬散布を悔やみ、眉をひそめて申し訳なさそうに語っていた山下学さんの顔だ。

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脱サラしていちご農家に大変身。

菜の花が太陽に向かって思い切り背伸びをする、春のある日。山下さんのいちご畑に足を踏み入れると、甘酸っぱくてやさしい香りが体をすっぽりと覆う。「つまみ食いをしながら、話をしませんか?」そんな甘い言葉に誘われて、一粒、二粒。口のなかは桃のように溢れる果汁でいっぱいになり、香りの余韻が残った。8年前、福岡県久留米市でいちご栽培をはじめた山下さん。妻のまなみさんと共に、毎日せっせと20アール(600坪)の畑でいちごと向き合う。もともと東京で会社勤めをしていた山下さんは、いわゆる脱サラ組だ。若い頃から農業には興味があり、いつかは田畑を耕したいと頭の片隅で思っていたそうだが、就農の決心をしたのは20代の後半。「農家に嫁いだ友人の家に遊びに行き、農作業を手伝ったんです。体はすごくキツかったけど、汗水流して食べ物を作るという農業にやりがいを感じました。そこから会社を辞めて一念発起したんです」。数ある農作物からいちごの栽培を選んだのは、子どもも大人も楽しめるような観光農園を作りたいとの想いから。「いちごって可愛いでしょ。手にとると誰もがつい笑顔になるような気がして」と笑った。

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アレルギーの女の子にいちごをたらふく食べさせたい!

やました農園では、いちごの無農薬栽培を目指している。無農薬栽培を目標とする理由のひとつは、強力な農薬を使用することで山下さん自身の体も滅入ってしまうこと。そしてもうひとつの大きな理由は、ある女の子の話を聞いたことだと言う。「知り合いからいちごアレルギーの子どもがいると聞いてからですね。いちごが大好きなのに食べられない。そのジレンマを知ってからどうにかならないかと思ったんです。調べていくうちに分かったのですが、アレルギーそのものはいちご自体の成分が原因ではなく、残留農薬によるものではないかということ。完全に無農薬にすれば、その子がおなかいっぱい食べられる日がくるんじゃないかと思いました」。いちごの無農薬栽培は、決して容易い道ではない。福岡県で認証されているいちごの化学合成農薬の散布基準値は、63回。たとえば同じ果樹のなかでも、すいかは16回、メロンは22回、温州みかんは21回とされており、いちごの農薬散布の基準値は断トツに高いことが分かる。それだけ繊細で栽培しにくいものであり、農薬に依存せざるを得ない農作物なのだ。「いちごは夏の過酷な天候で苗作りをしますが、苗が病気にとても弱く、病気にかかったとしても見た目には分かりにくい。丈夫そうに育った苗でも、秋にビニルハウスに植えてひと安心したところ、発病してバタバタと枯れていく。そうなると、一年分が台無しになってしまうんです」。発病するまで病状が一切目に見えないというから、病気の予防も含めてたくさんの化学合成農薬に頼らないと安心できないのがいちご農家の実状だ。そんな過酷な条件のなか、山下さんは2012年度の栽培分より減農薬から無農薬栽培へと踏み切った。

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オリジナルの肥料で育てるアナログないちご栽培。

いちごの無農薬栽培を試みる山下さんの農作業はもっぱらアナログだ。除草剤も使わないから、雑草が生えてくれば片っ端から手で引っこ抜く。肥料や殺虫剤となるものの代用は、文献や学会で発表された資料を参考にして天然由来のものを使いオリジナルで作る。焼酎や酢を吹きかけたり、豆乳を蒔いたり…。なかでも数多く散布したのは納豆だ。納豆を細かく砕き、水で薄めた液を散布していく。「納豆の効き目がいいというのは、資料で調べて分かっていましたが、夏場に作業するものだから、それはもう、くさくて、くさくて…。納豆菌のパワーがより強力な方がいいので、原産地にまでこだわり費用もかさみました。仕舞には、納豆の培養まではじめてしまい、いちご農家とは思えないような作業を夜な夜な続けていましたね」と当時を笑う。それでも駆除できない害虫は、一匹一匹手で取り除いていく。「僕たちのやっていることを見て、面倒なことをしていると笑う人もいます。作業効率を考えれば農薬を使いたくなる気持ちも分かるし、昔の自分ならごく当たり前に30〜40回は農薬を散布していたでしょう。それでも、体にもたらす影響や自然形態にとって決してよくないことは分かっていた。だからこうやって、僕たちが少しずつでも頑張って無農薬いちごを作ることができれば、世の中の〝当たり前〟を少しでも変えられるのではないかと思っているんです」。

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どこまでも実直に正直に。 それが、やました農園のいちご作り。

2012年度の栽培分から、はじめて完全無農薬の栽培にチャレンジしたやました農園。昨年の春に苗を植えて、夏には炎天下のもと水をやり、雑草と害虫と戦った。秋には、真っ白で愛らしい花が咲いた。紆余曲折ありながらも一見順調に見えた無農薬栽培への取り組みだが、昨年の年の瀬に畑の一部で害虫が発生し、どうしても農薬を撒かざるをえない状況になったと言う。「ここで手を打たないと畑が全滅してしまうのは目に見えていました。もう、本当に悔しくて、悔しくて仕方がなかった。せっかくここまで、やってきたのに…。農薬を撒きながら涙がこぼれ落ちてきました」。残念ながら、この一年で育てたいちごは〝無農薬いちご〟ではなく〝減農薬いちご〟になってしまったが、それでもシーズン中に使った農薬は、この一度だけ。農園の情報を公開しているフェイスブックに、『化学合成農薬使用状況』がきちんと公開してあった。どこまでも実直で正直な人だと思う。取材の最後に、あのいちごアレルギーの女の子の話を聞いてみた。「一番最初に収穫した去年の秋のものは、完全無農薬で育て上げていたのでさっそく彼女のもとへ送りましたよ! 嬉しいことに、アレルギーが出ることなく食べてもらったんです。次に栽培する分は、全てを無農薬にできるよう勉強をしなおして、その子にたらふくいちごを食べてもらうんです!」。そんなみずみずしい話を聞きながらいただくいちごは、おいしさが一層際立つ。手のひらに真っ赤な粒をちょこんとのせれば、宝物のようにも思えてくる。無農薬栽培へのチャレンジは、山下さんが自分自身へ叩き付けた挑戦状。熱い想いを内に秘めて、にっこり笑いながら愛らしいいちごと向き合う。その姿を横目に、どこからか飛んで来たミツバチが心地良い住処を見つけたと言わんばかりに、ゆったりと羽を休めていた。

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(取材/文/撮影 ミキナオコ)

アナバナ取材メモ

やました農園さんと農薬との戦いは、まだまだ続きます。取材のお礼のお電話をしたところ、こんな話を伺いました。「春のいちごはいっぱいできるから、安くなって当然というイメージがあるかもしれません。けれども、暖かくなり大量の害虫が発生する春先に農薬を使わなくなると、コストと手間がすごく増えて、収穫量がぐっと減ってしまうんですね…」。取材中のお話に出てきましたが、『農薬を当たり前に散布する世の中を変える』という大きな目標に向かって歩む山下さん。彼らをどうやって応援できるのかなぁと考えた時、まずは、買うこと、食べることじゃないかなぁと。やました農園さんのいちごは、本当にジューシーで甘みがまろやかで、一度食べると忘れられない!無農薬栽培の手間ひまは、ちゃんと味に表現されています。(ミキ)

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  • シーズン中は、農園で直接購入もできますし、福岡市内では、自然食品を取り扱う『ナチュ村』さんなどでも扱っています。収穫シーズンを終えても、フレッシュないちごを一年中食べてもらえるようにとの想いから、冷凍いちごを販売中です。冷凍いちごは、スムージーにしたり、アイスクリームにしたり、これから夏に向けてぴったりです。
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