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たまごの行く先


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2012.10.01 up

「携帯は電波がほぼ入りませんから。気をつけてきてください」そう何度も念を押され、手書きの地図まで送ってくれた。ゆむたファームの高木さんは水源豊かな耳納山地の頂近く、福岡筑後のうきは市で自然養鶏を営んでいる。以前参加した「食」にまつわるワークショップ。そこでいただいたのが「ゆむたファーム」のたまごだった。生卵がどうしても苦手なのだけど、あら臭みがない。何より黄身が檸檬の美しい色。平飼いとケージ飼いの違いって? 口にしてきた食べ物のことを知らなすぎたとはっとした。どんな所で育ったたまごなのだろう。そんな興味から、ゆむたファームへお邪魔したのだった。高木さんのお人柄がにじむ、地元すぎる情報が丁寧に記された地図だけを頼りに、標高400mのその場所へ向かう。高木さんの心配が的中。迷いに迷って約束の時間を1時間もオーバーしてしまった。ごめんなさい。

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好物は果物

山と畑に囲まれた静かな場所、鶏の声だけが響く。四方が網になった鶏舎が全部で6棟、約600羽の鶏がいる。10坪の部屋に100羽までしか飼わない。それ以上入れると鶏が病気になってしまうのだ。そしてこの新鮮な空気が鶏がストレスを感じずのびのびと育つために欠かせないのだそう。これから鶏たちに柿をあげるというのでのぞかせてもらった。柿だ! 鶏たちは果物が大好きなのだ。果物を食べると鶏肉にも甘みが出るのだそう。鶏舎内はほとんど臭いがないのに驚く。大麦、ぬか、おからや大豆、魚粉などを混ぜ、酵素菌で醗酵させた餌を食べる鶏たちのふんは、腸の働きが良いため、臭いが出ないそうだ。この「醗酵鶏ふん」と敷かれたもみ殻が混ざり、ゆむたファームで育つもう一つの恵み、無農薬野菜の貴重な肥料となる。柿をうれしそうに突っつく鶏たちは羽ツヤが美しく、とても元気。この時期(初秋)、野菜の種まきが始まる。冬に備えて小松菜やちんげん菜、水菜など霜に強い野菜を育てる。醗酵鶏ふんだけの無農薬有機野菜。ぬかも入っているから甘みの強い野菜に育つ。ついでに、畑に生える雑草まで柔らかくなるのだそう。栄養たっぷりの大地なのだなぁと興味深いお話。

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たまごに込める

高木さんは週に1回、直接お客へたまごを届けている。約130世帯だ。養鶏も野菜づくりも一人で管理しながら、それでも自らの手で配達するのには意味がある。「自分で配達に行くことで、思いも届けられる」養鶏を始めて10年。配達先も少しずつ広がっていった。食べてくれる人の顔を思いながら丹精込めて鶏を養う。鶏の好物柿や葡萄も配達先からのお裾分け。そうした人とのつながりが、ゆむたファームを支えてくれる。天候も休日も関係なく、ほとんど休まず鶏と向き合ってきた。そこに「仕事」という感覚はない。「おいしいたまごを産ませることが目的じゃなくて、鶏たちが“自然に”産んでくれるたまごをいただいているんです」と高木さんは言う。鶏を飼い、鶏糞で野菜を育てる。それが鶏の餌となりヒトの食材になる。その循環は自然体であり、生きるための営みだ。なるほど、足を運ぶ前は何か特別なたまごに出会う気持ちでいたのだけど、そうでなく、あくまでも必要な範囲の中で鶏を育て、たまごを産ませ、その恵みをいただいているのだ。庭先で飼育される鶏を、最近はほとんど見かけなくなったなぁ。

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伝えること広がること

お話の中でたびたび出てきたのは「人とのつながり」について。高木さんは昨年からうきはの仲間5人で「うきは山の手便」を始めた。たまごを配達する際、仲間のつくるうきはの食材や器も一緒に届けるのだ。果樹農園、ジャム工房、きのこ栽培、食器や綿布などを扱う暮らしの道具屋さんなど。このメンバーと「なんか楽しいことをやろう」と始まった。今ではうきはのごちそうを楽しみに待つ人がいる。今後も、料理会などのイベントを積極的に行っていきたいという。

そうした活動を通じてうきはの魅力を伝え、足を運んでもらう機会をうむことで、うきはのまちが盛り上がる。その先にまた新しい出会いがうまれ、情報交換も活発になる。そんなつながりをこれからどんどん広げていきたいのだそう。先日、畑に残ったじゃがいもの収穫を手伝ってもらうことも兼ねて、じゃがいも堀りのイベントをした。「子どもにもどんどんファームへ来てほしい」と話す高木さん。子どもがここで時間を過ごすと、来た時より成長するのだそう。発する言葉が変わってくるとか。そういえば、私も来る前よりなんだか成長した気分。「将来的には研修生を受け入れていきたい」という意欲も持っている。自然養鶏や無農薬野菜を育てることは決して特別なことではないけれど、簡単ではない。だけどその仕組みに興味を持つ若者が増えているというのが事実。高木さんのような方が一人でも増えることが、大げさではなく社会の仕組みを変える一歩につながるのかもしれない。

食べ物がどうやって私たちの手元に届くのか。実際に足を運ぶことで見えてくることも多い。高木さんのように生産者が自ら発信してくれることは、消費者にとってとてもありがたいこと。 1つのたまごをきっかけに、日々の食生活、引いては人生観まで変えてしまうかもしれないなんて。なんて罪なたまごなんでしょう。そんなことを思いながら、高木さんの人柄に心緩む時間だった。

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( 取材/文 曽我由香里、写真/大田 )


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