「しまのうまいもの」で風景をつくる。
長崎県五島列島の北端、大小17の島々で形成される人口2,600人ほどの小値賀島。火山の噴火から成った島で、火山灰土の粘土質の赤土はミネラル豊富で農産物に恵みを与えてくれる。この島で栽培の盛んな落花生を使った、ユニークな商品が生まれた。その名も『ちょこきなぴい』。袋をあけると、きなこの香ばしさとチョコの甘い香り。口に入れるとほんのり感じる塩味が、小値賀産落花生のうまみを引き立てる。フランス産のオーガニッククーベルチョコでコーティングしたら、仕上げに九州産きなこと喜界島のきび砂糖、上五島の海水塩をまぜた粉をまぶす。厳選素材の贅沢なおやつだ。
手がけるのは、2017年4月に立ち上げたばかりの『しまうま商会』。「しまのうまいもの」を使った商品づくりをテーマにする同社の新商品だ。
「小値賀の落花生ときなことチョコが一緒になったら絶対おいしい! と夕飯の支度中にひらめいたんです」と、レシピ担当の小高陽子さんは嬉しそうに商品の生まれるきっかけを教えてくれた。「その思いつきを商品として形にするのは僕なんですけどね」と笑顔で話すのは夫の小高秀克さん。前職の商品開発の経験を活かし、価格設定など販売にまつわるすべてを担当する。それぞれの得意分野を共有しながら、研究の日々だ。
落花生は、農家から直に仕入れる。「島の方は、自分たちの分といいながら、本当においしい野菜をつくってるんですよ。それを外の人に知ってもらうことも、島の魅力を伝えることになると思っていて」と陽子さんは話す。お裾分けは日常茶飯時。惜しげも無く分けてくれる島の人たちへのお返しの思いが、しまうま商会の根っこにはある。
素材そのものを味わってもらえるよう、余計なものは加えない。材料は至極シンプルだ。
きなことちょこがコーティングされ、いびつな形がころんとなんだか愛らしい。
落花生生産者の一人、升水真由美さん。小高夫妻とは親戚のように仲良し。田植えや稲刈りの後、誕生日には宴会をするそう。
海岸沿いに天日干しされたゴマの穂。8月の終わりから9月にかけて、島のあちこちでこの風景が見られる。
みじょか~(かわいい)とごまを前に、新商品のふりかけについて相談中の陽子さんと真弓さん。皿の上の九州では、出来上がったばかりの「小値賀産あおさのごま塩」を出品予定だ。
憧れから始まった小さな島の暮らし
大阪に生まれ育ち、システムエンジニアとして働いていた秀克さん。島暮らしに憧れ、老後に実現できればと夫婦で思い描いていた。空いた時間に、何の気なしに “島”“商品開発”と検索したら、たどりついたというのが、小値賀島の観光業を担う『おぢかアイランドツーリズム協会』の物産部門立ち上げの情報だった。「知られていない田舎のものを都会に届ける方法を考えることがしたくて。いつ死ぬかわからないので夢を叶える為に島に来ました」と秀克さん。そんな人生の一大決心に、陽子さんも「行く行く!」と二つ返事で乗ってきたそう。そこからはあれよあれよとことが進み、2009年に小値賀で転職。ここで商品開発について一から学ぶことになる。
移住後、しばらく専業主婦をしていた陽子さんも、島の魅力を伝える冊子制作の仕事がきっかけで、協会の広報として働くことになった。
5年ほど、商品開発や販売に携わった後に退職。先にフリーランスになって、デザイナーの仕事をしていた陽子さんと、2017年4月にしまうま商会を立ち上げた。「これまで町の組織で働かせていただいていたところから一歩出て、島の生産者、自営業者のひとりとして島の魅力を伝えるチャレンジの時期だと感じました。小さなことから一つ一つ形を作っていきたい、まっすぐに自分のやりたいことに自分の力で取り組んでみたいという思いがうまれて」と、秀克さんはこれまでの経緯を振り返る。移住して10年のあいだに培ったご近所ネットワークがしまうま商会の原動力だ。
秀克さんの面接のために小値賀に向かう新幹線での移動中に、陽子さんは「直感で、小値賀で暮らすんだなと。今まさに人生が動いている」と感じたそう。
合言葉は「可能性しか感じない」!
新商品に向けて、日々試作を重ねる。使うのはもっぱら、陽子さんが出会った島のうまいものだ。
この日は、全国から注文がくるほど小値賀で人気のかまぼこ屋『しいちゃんかまぼこ』の松永静江さんと、かまぼこの試作品づくりの真っ最中だった。にんにくや唐辛子など小値賀の農産物と合わせたおつまみに合うかまぼこを開発中なのだ。
しいちゃんかまぼこは、元漁師の松永さんが作るとあって、素材の鮮度と製法に一切手抜きはない。原料の魚は、新鮮なアジのみ。ミンチにした後、ひと晩かけて血抜きをすることで、臭みを徹底的に取り除く。一般的なかまぼこに比べて色白のふっくらした仕上がりになる。
「陽子ちゃんだから、一緒に作られるんよ」と、静江さんは言う。調味料の分量や細かな作り方は、実は企業秘密。それでもこうして腹を割ってアイディアを出し合いながら試作品づくりに取り組めるのは互いの信頼関係があってこそ。
しまのおいしいものを前に、小高家の合言葉「可能性しか感じない!」を口にする陽子さん。「これ、絶対ビールに合う!」と、商品化の可能性を大いに感じたご様子。
今も竃で茹でられるしいちゃんかまぼこ。こうした日常風景こそが、小値賀島の資源。
しまうま商会が、商品開発を進める上で大事にしていることは、「顔のみえる関係性」。「商品が売れる事で守られる産業や農業があると思っています。加工品として付加価値をつけて販売することで、島の人たちに少しでも還元したいんです」
若い人の多くが島を離れていく現状。いいものを作っている人たちがたくさんいる一方で、その文化が途絶えるかもしれないという危機感もある。
「気軽な気持ちで島に移住したけど、暮らしていく中で小値賀の地域コミュニティーや地域産業が限界にきていると感じ始めました。特に漁業は平均年齢も50代を超えています。島の人達は、売れる事、儲かることを良しとしない文化があって。いいものを「お金はいらないよ」ではなくて、少しでも利益が残るようにしないと、続いていかないと思っていて。私たちが開発や販売を担うことで、島と都会をつないで、外との循環を作っていきたいと考えています」
しまうま商会の商品をきっかけに、少しでも島の文化がつながっていくこと。商品が売れれば、「小値賀島に帰って働きたい」という人が出てくるかもしれない。島の未来を思う二人の覚悟が、小値賀島のうまいものを支える。そんな希望を感じた。