島のお母さんたちが守ってきた家庭の味
島のお母さんたちが守ってきた家庭の味
おにしめ、佃煮、炊き込みごはん……。いわゆる郷土料理は、古くからその土地でとれた食材を風土に合った調理で活かし、暮らしの中に受け継がれてきた。今回の皿の上の九州では、この“ふるさとの味”が長崎県松浦市からやってくる。古くから伝えられてきた“松浦の味”を掘り起こして、その文化とともに“ストック(=記憶)”するフードプロジェクト「まつらSTOCK」だ。
長崎県北部、北は玄界灘から伊万里湾までリアス式海岸が広がる松浦市は、沖合に福島、鷹島、黒島、飛島、青島の5つの島が浮かぶ“海と島のまち”。一年を通して魚種も豊かで、定置網漁や素潜り漁など多彩な漁業を背景に、古くから栄えてきた。それぞれの島ごとに独自の食文化が育まれてきたことも“松浦の幸”が豊かである理由だ。
そのひとつが「青島かまぼこ」だ。地元で獲れた魚をお母さんたちが捌き、まるめ、茹でるという、昔から家庭に伝わる製法で作られるかまぼこ。添加物は一切使わず、原料は魚と塩と水だけ。お刺身はもちろん、吸物や煮物にしても魚本来の味がそのまま楽しめる逸品だ。
一方、いりこや大豆、味噌などで甘辛く仕上げた鷹島地区の「鉄火味噌」もまた、長い間食卓になくてはならない家庭の味。島の暮らしには昨今の生活スタイルの変化が押し寄せ、時代とともに徐々に作られなくなっていたが、4年前に島のお母さんたちの手によって復刻した。
木製の型に食材を詰めて作る「押し寿司」は、古くからハレの日に欠かせない長崎の郷土料理。立方体の型は全国的に見ても珍しいが、そのなかでも福島に残る型は、椿、松、ハート型など実に多様。船大工が余った木材を用いて作っていたという背景から、家庭の味(母)と海の暮らし(父)が常に食卓で交わっていたことを感じさせてくれる。
そのほか、穫れたてのカタクチイワシを海水で煮て乾燥させただけのいりこや、各家庭によって作り方も味も異なるいも餅など、母から子へと代々伝わってきた郷土の味が、“まつらSTOCK”として登場する予定だ。
鉄火味噌からはじまった名もなきプロジェクト
「単なる“食”だけじゃなくて、その背後にあるストーリーを残したいんです」と話すのは、まつらSTOCKを率いるプロジェクトメンバーの近藤健さん。福島出身の松浦市職員だ。
近藤さんが郷土食の消滅に危機を感じはじめたのは5年ほど前。島の子どもたちが食べる給食が島外で作られていることなどに疑問を持ったのがきっかけだった。「豊かな食文化が残っているのに、本土で作られた均一の食事をみんなが食べているなんて」。この危機感に共感するさまざまな面々のサポートを得て松浦の食文化を地道にリサーチする中で、「鷹島地区の鉄火味噌が忘れられない」という声を耳にした近藤さん。さっそく島のお母さんに依頼して鉄火味噌を復刻。まつらSTOCKがスタートした瞬間だった。
この間、自分が生まれ育った福島で家庭料理のレシピとその料理にまつわるエピソードを紹介したレシピ集を刊行するなど、近藤さんの地元の食文化への関心がどんどん膨らんでいったという。現在は料理家や編集者などをアドバイザーに加え、主に4人のメンバーで今後のまつらSTOCKを模索中だ。
「残さんば」と思う料理に出会うたびに、「じゃあどうやってかたちにするべきか」をとことん話し合うという彼ら。「かたちにすることで残っていくものもある。けれど“商品”にすることでこぼれ落ちるものもあるんです。その狭間でいつも揺れています」と、妥協を許さないながらも大らかな笑顔で話す。
物語を入れる器としての“商品”
「島の文化は本当に興味深いですよ」と語る近藤さんは、一方で「近代化、情報化によって、文化そのものがなくなりつつある」と危機感を抱く。そのひとつが、松浦のお母さんたちが伝え続けてきた「おふくろの味」だ。
とはいえ、郷土食を“商品”として発信することに最初は戸惑いや抵抗もあった。「商品になってしまうと、そこにあった物語が見えなくなってしまうでしょう。だから、簡単にかたちにすることで終わらせたくはなかったんです」。また郷土の味を守ってきたお母さんたち自身も、当初は「家庭の味なんかが売れるわけない」と低姿勢。しかし「外からの気付きがあるからこそ、島の人の“残したい”という思いも見えてきた」と近藤さんは言う。
現在は、松浦の残すべき食文化を発掘しては、まつらSTOCKとして認定する作業を進めているプロジェクトメンバー。「食」とは単なる「料理」でも「食べる」という行為でもなく、その土地に暮らす人々が生きていくために編み出してきた文化や知恵の結晶そのもの。そんな当たり前のことを改めて思い起こさせてくれるのが、まつらSTOCKなのだ。