“問題児”が旨みになる

[出品者情報]

factory333
長崎県

[商品]

  • 五島ノ魚醤(青魚、白身、イカ)
  • やさい昆布ドレッシング

“問題児”が旨みになる

長崎県五島列島の北端、大小17の島々で形成される人口2,600人ほどの小値賀島。さんさんとふりそそぐ太陽に反射して、訪れたこの日も、小値賀の海はきらきらしていた。factory333の吉岡美紀さんが手がける『五島ノ魚醤』は、この美しい海で漁獲される新鮮な魚介が丸ごと詰まった天然の調味料だ。

魚醤といえばその特有の香りから、近ごろは台所から遠ざける人も多いかもしれない。魚を塩漬けして作る魚醤は、穀類からつくられる穀醤と異なり、魚のタンパク質や酵素が分解され、発酵のちからでアミノ酸などの旨みになる。その歴史は穀醤より古く、古代ローマの時代からつくられていたとか。タイでは砂糖入りの「ナンプラー」へ、東北秋田では「しょっつる」へと少しずつ姿を変えながら、慣れ親しまれてきた調味料である。

元々海の家だったという海の真ん前の施設を利用して作ったfactory333の工房へおじゃました。実のところ訪問前に想像していた生臭さは、工房のどこにもなく、すっきりと清潔感のある室内には、むしろ美味しそうな香りが漂っていた。熟成中の魚醤樽がいくつも並べられた工房。訪れた8月の終わりは水揚げの時期外れ。「いまの時期は魚が少ないんですけど」と言いながら、吉岡さんが魚醤づくりの一部を見せてくれた。

使うのは小値賀島で水揚げされた魚でも、市場に出回りにくい“はみ出しもの”たち。傷で出荷できない魚も、ある時は海藻を食べ尽くしてしまうことから“問題児”とされるウニの一種ガンガゼも、『五島ノ魚醤』の原料となる。アジ、うるめいわし、ネンブツダイ、ダツ、ガンセキと呼ばれるスルメいかなどその時期に獲れる旬の魚に、加えるのは五島灘の塩と自家製の麹だけ。それを樽で8か月から1年ほど寝かせ熟成させ、4日間ほどかけゆっくりゆっくり絞れば完成だ。

「慣れていない人でも気軽に使ってもらいたいので、味は初心者向けですよ」と吉岡さん。実は小値賀島の家庭ではあまり使われていない魚醤を、「まずは島の人たちに愛用してもらいたい」という思いから、クセの少ない熟成具合で仕上げているそうだ。マイルドな青魚・甘さの感じる白身魚、塩分がキリッとクセになるイカの3種類は好み次第でさまざまに料理に味の深みを加える。冷奴にかけるもよし、スープ、野菜炒めの隠し味に、パスタやピザに振りかければあっという間に上級の仕上がりになる。使えば使うほど手放せなくなる万能調味料は、島の玄関口の売店でも販売がスタートした。4月から販売がはじまった『五島ノ魚醤』は、今少しずつ、島の味に浸透しはじめているようだ。

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熟成中の樽を覗くと、「プチプチ」「シュワシュワ」と発酵の声が聞こえてくる。生きた調味料だ

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じっくりと絞ることで茶色く透き通った液体に。「これはちょっと脂が多かったかな」と苦笑いする。シンプルな素材だからこそ、気候や素材の状態が仕上がりを左右する魚醤づくり。まだまだ試行錯誤の日々だ

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真剣な表情で仕上げの作業中の吉岡さん。窓の外は吉岡さんが大好きな海が広がる

自然の中からものを生み出す暮らし

岡山県の瀬戸内海に面する港町で育った吉岡さんにとって、海のある暮らしは日常だった。福岡の大学を卒業後、社会人として就職するも、以前から関心のあった五島列島が気になっていたという。調べるうちに、地域おこし協力隊の募集を知り、移住した。1年目は小値賀町役場の広報担当として町を歩き回る日々だった。そこで、魚醤を作るきっかけとなる島の味噌づくりグループ「みそっ子」と出会う。

「味噌作りを取材をさせてもらって、麹の奥深さを知ったんです」と、吉岡さんが今でもお世話になっているという「みそっ子」の皆さんを紹介してくれた。島の特産品を作ろうと島のお母さんたちが集まり今から11年前に発足した「みそっ子」の作る麹の香り漂うみそは、毎年短期で売り切れてしまう人気商品だ。

「はじめて麹ができたとき、麹って自分で作れるんだって感動しました」と吉岡さんは嬉しそうに4年前を振り返る。みそっ子のお母さんたちに麹の作り方を教わり、発酵の面白さを知った吉岡さん。興味は“自然の中からものを生み出す暮らし”へと広がっていった。

自分のやりたい方向へ近づきたいという思いから、自ら希望し、2年目から産業振興課へ移る。そこで、水産物を活かした商品づくりの取り組みとして、魚醤作りがスタートした。今年3月に3年の任期を終え、4月から独立。「factory333」を立ち上げ、本格的に販売が始まった。

「この島に変えられましたね」と、照れ笑いする吉岡さん。もともと「一人でも生きていける」と、あまり社交的なほうではなかったと、自ら話すかつての自分に比べると、今では、大学時代の友達からも驚かれるほど性格が変わったそう。

町を歩くと「みきちゃんなんしよっとー!」とおばちゃんが話しかけてくるのを度々目にしていたので、それは意外な過去だった。初対面でもまるでお隣さんのように人懐っこく話しかけてくれる島の人たち。大好きな海とおおらかな島の日常に導かれるように島に住み着いた。今ではすっかり、「よく港にあらわれる」島の一員だ。

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味噌づくりのようす。今でも「みそっ子」の一員として味噌作りのお手伝いをする

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吉岡さんの海の師匠であり遊び友達(!)でもある漁師の橋本さん(左奥)と小金丸さん(手前)が、船をまわして隣の島六島(むしま)を一周案内してくれた。娘同然に可愛がられている日常が伝わってくる

海と向き合い、人間らしく暮らす

「魚醤づくりを軸にしながら、島の資源を活かした新たな商品を開発していきたいんです」

工房を訪ねた時は、まだ試作中だったドレッシングが、ようやく完成したとの吉報が入った。魚醤と相性バツグンという、島で養殖される「やさい昆布」がたっぷり配合されている。野菜にも魚や肉にも、五島うどんにかけるのもおすすめだそう。またひとつ、小値賀生まれの万能調味料が誕生したようだ。

現在、漁業組合の準組合員申請を行っているという吉岡さん。厳しい条件のある、なかなかハードルの高い資格ではあるが、許可が下りれば、自ら漁に出られるようになる。まだ20代の吉岡さんの口から、耳を疑うような人生観が次々と飛び出すから驚かされる。

「海産物を無理にとるのではなく、余さず上手に生かす術や、海にまつわる知恵を知って、それを生活に生かしたいんです。海に潜ったり、魚をさばいてみんなで食べたり、そういう人間らしい暮らしができれば」と吉岡さんは先を見つめる。太陽がさんさんとふりそそぐ美しくも力強い海と向き合いながら、シンプルに生きる。はじまったばかりの魚醤づくりもまた、その営みの一部になってゆくことだろう。

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新商品の「やさい昆布ドレッシング」で使われるやさい昆布。やわらかい食感とえぐみがほとんどないのが特徴

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六島周辺は潮の流れが速くて、透明度が高い。「この海を知ってしまったら、ほかの海では泳げません」と、船の中で小値賀愛を語ってくれた

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帰りの船を見送りに、約束せずとも駆けつけてくれたのは、取材中にお世話になった島の仲間たち。この無償の温かさが小値賀の魅力だ

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