城下町・杵築に息づいた、静かで熱い職人魂
城下町・杵築に息づいた、静かで熱い職人魂
「きものの似合う町」と称される、大分県杵築市。室町時代に築かれた杵築城を中心に城下町が広がり、武家屋敷と石畳の町並みは“九州の小京都”とも呼ばれている。豊かな漁場として知られる別府湾と伊予灘、陸に上がれば肥沃な大地が広がり、地域の名産品も豊か。杵築市は2016年より、これら産品を生かしたブランドプロジェクト「きつきのきづき」を立ち上げた。目の肥えた首都圏のバイヤーたちをも唸らせ、ブランドに認定された商品のうち、選りすぐりの5品の作り手を訪ねた。
杵築市の町並み。中心部を貫く通りを南北の高台が挟み込む地形は、「サンドイッチ型城下町」と言われている
妊婦が飲んでも安心、
身体を温める「ほっとみかんジュース」
まず訪れたのは、約7,500坪の畑でみかんや梨を生産・販売する、豊予(ほうよ)農場。代表の石児賢二さんは、父の代から畑を受け継いだ二代目だ。 「父は、昭和34年に愛媛から海を渡って杵築に入植して、みかん栽培を始めました。瀬戸内の温暖な気候となだらかな丘陵が、柑橘栽培にぴったりだったんです。
“幻のみかん”とも称される希少品種「アンコール」をまるごと搾ったジュースや、ハウス栽培のデコポンを使った「温デココンフィチュール」など、こだわりの商品を多くラインナップする中、今回ご紹介するのは「ほっとみかんジュース」。こちら、石児さんの奥様が妊娠中に体調を崩し、栄養補給のために飲ませるものはないかと考えたところ、「子供の頃によく飲ませてもらった、ばあちゃん特製のみかんジュース」を思い出し、商品化したもの。自家栽培のみかんの絞り汁に、大分県産生姜と国産蜂蜜を加えてあり、温めて飲むと身体が芯からあったまる。 「風邪のひき始めや、夏場のクーラーの冷えが気になるときにも、ぜひ飲んでみてください」と石児さんは笑顔で教えてくれた。
半世紀前の風味を現代に伝える
「きつき紅茶べにたちわせ」
続いて、「きつきのきづき」ブランドの中でも有名な「きつき紅茶」の生産者、阿南康児さんの元を訪ねた。山道を車で登ること20分。手入れが行き届いた自邸のリビングで、香り豊かな紅茶と奥様の焼いたブルーベリーパイをいただきながら、阿南さんは静かにこんな話をしてくれた。 「このあたりは昔、国産紅茶の産地として、全国的に有名でした。1965年には農林大臣賞でもグランプリを獲得しましてね。でも1971年に紅茶が輸入自由化されてから、杵築のお茶農家のほとんどが、需要の少ない紅茶から緑茶へと生産を切り替えてしまったんですよ。私たちは、全体の約2割だけ紅茶の樹を残し、種を絶やさないように細々と育て続けていました。そして私が畑を引き継ぐようになってから、この紅茶の復活に賭けてみたんです」
希少品種を「守る」だけでなく、新しい味の追求にも余念がなかった阿南さん。新品種導入、品種に合った加工、栽培方法などを試し続け、収穫した茶葉は全国の信頼できる紅茶専門店へと郵送。味のわかる店主たちから率直な意見を請い、次年度に生かしていった。そうして生まれたきつき紅茶は、TVなどでも紹介され、再び全国に知れ渡る有名ブランドに。今回紹介する「べにたちわせ」は、インド産と在来種を交配して1953年に登録された品種。ウッディーな香りと重厚な味の組み合わせがたまらない。
地下200mから汲み上げた水で仕込む
「ちえびじん紅茶梅酒」
きつき紅茶とのコラボから生まれた商品もある。市内で140年続く酒蔵・中野酒造が作る、「ちえびじん」ブランドの紅茶梅酒だ。 「うちの蔵は、地下200mから天然水を汲みあげてお酒を仕込んでいます」、そう語るのは、中野酒蔵の社長・中野淳之さん。 「ある方が、うちの地下水で『きつき紅茶』を抽出してみたら、香りが高く相性抜群だったというんです。試してみたら、まさにその通り。そこで、地元産の梅を使った梅酒とブランデーを加えて、この商品が生まれました」
紅茶と梅酒が互いの香りを引き立てあうと人気で、今では「ちえびじん」のナンバーワン商品にまで成長。 中野さんお勧めの飲み方は、「しっかり味わうなら、割らずにロックで」。
海の恵みを生かした大分の郷土料理
「ぶりのりゅうきゅう」
さて、資源の豊かな杵築にも課題はある。それは、一次産品を適切に加工し全国流通へと乗せる、二次加工の場所や技術がないこと。その点を危惧した中野晃一さんは、企業での食品流通の経験を生かして、「豊後美食工房 絆屋」という加工所兼直売所を立ち上げた。
「ここを作ったことで、これまでよその地域にお願いしていた加工も自分たちでできるようになりました。資源が豊かな杵築は、加工技術が上がれば新しいヒット商品が生まれるチャンスがあります。ITも積極的に活用し、杵築の産品を全国に知ってもらう活動を続けたいと思います」
数ある商品の中でも絶品なのは、「ぶりのりゅうきゅう」。りゅうきゅうとは、余ったお刺身や魚の切れ端を、醤油やみりんなどタレに漬け込んで食べる、大分の郷土料理のこと。絆屋では、脂ののった大分産のぶりを手作業で捌き、自家製のタレとともにすぐ真空パックして冷凍。JAL国際線のファーストクラスで提供されていたというのも納得のうまさだ。
職人の妙技を丸ごと閉じ込めた
「温泉うなぎ 蒲焼」
水産養殖技術と職人技を掛け合わせ、ユニークなヒット商品を生みだした例もある。冬に河口付近をさかのぼるシラスウナギ(稚魚)を、温泉水を使って飼育した大分水産の「温泉うなぎ」だ。徹底した水質管理を行い、薬剤等は一切不使用。餌にもこだわり、天然うなぎが食べる小魚や小エビを惜しみなく与える。池上げされたうなぎは、皮が柔らかく身はふっくら、泥臭さ等は全くない。そしてこれらのうなぎを、社長の三股茂樹さんが自ら蒲焼に仕立てる。捌き、備長炭で焼き上げ、白焼きにし、タレをつけて再度焼き……一連の工程を一尾ずつ、すべて手作業で行っている。 「気温や湿度、火加減などで仕上がりが変わってくるので、少しも気が抜けません。火を入れる時間を変化させながら、その日の一番いい焼き上がりを探ります。今日はどうやら、14秒がちょうど良さそうですね」そう言って微笑む三股さん。クラクラするほどの熱気に包まれながら、三股さんはあくまで淡々と、14秒の火入れを裏表3回ずつ繰り返し、蒲焼にしていく。 「うなぎをさばくようになって十年経ちましたが、まだまだ私は新米です。去年よりも今年、今年よりも来年と、少しでも味をよくしていけるように、これからも精進し続けたいと思います」(三股さん) 一尾一尾に向き合う姿勢は、職人の姿そのもの。いただいた命から最大限の美味しさを引き出した、珠玉の逸品に仕上がっている。
駆け足で見てきた「きつきのきづき」商品群、そのすべてには、城下町・杵築の町人文化のなかで育まれた職人魂が感じられた。彼らの手から生まれた一品を、心して味わいたい。