読み物

人と人がつながる場所をつくりたい

2013.10.9 up

糸島くらし×ここのき 店主の野口智美さんに会いました

福岡県の西側、海と山に囲まれた大自然豊かな糸島。古くからの店が今なお残るこの町の商店街に、糸島の木材を使った雑貨や地の特産物などをそろえる店「糸島くらし×ここのき」がある。店主・野口智美さんの「山を守りたい」という気持ちからはじまった小さな店は、今、たくさんの人を巻き込み、人と人、人と自然をつなぎ続けている。野口さんが目指すのは、どのような場所なのだろうか。

はじまりは「山を守ること」でした

北九州の門司から佐賀の唐津まで、玄界灘沿いに延びる唐津街道。江戸時代には多くの宿場町が整備され、糸島の筑前前原もそのひとつとして栄えてきた。前原商店街には今も昔ながらの商店が多く残る。その並びに手づくりの木看板が目を引く店がある。2010年春にオープンした「糸島くらし×ここのき」だ。こじんまりとした店内には、木のつみき、器、スプーンなどクラフト製品がところ狭しと並び、木の香りに満ちて心地よい。店の奥には小さなカフェも併設されている。

古い町並み残る商店街に面した「糸島くらし×ここのき」。かつては八百屋さんだった店を譲り受けた。

「たまたま出会った人たちに導かれて、店ができたんです」と笑顔で話すのは、店主の野口智美さん。3人娘の母親でもある。7年ほど前まで熊本の阿蘇で雑貨店を営んでいた野口さんは、離婚を機に糸島に帰郷。
もともと”山”に関心があり、地元の山の保全のために何かできることはないかと林業に注目し、「山を守るためには間伐を無視できないことに気づきました」と当時を振り返る。
間伐とは「木を間引く」こと。山の木々が密集しすぎないよう、一定の間隔で抜き伐ることによって森林内に光が入り、残された木は枝葉を広げて豊かに育つことができる。充分な手入れができていないと根をしっかり張ることができず、成長が悪くなる。結果、土地がやせて土砂崩れなどの災害も起きやすくなる。つまり間伐とは、山を健康に保つために欠かせない手入れなのだ。
しかし問題なのはさらにその後。日本の森林では、間伐された木材が放置されているのが現状だ。重くて大きいわりには、木材としては小振りで価値が低い間伐材に、わざわざコストをかけて再利用しようという動きは生まれにくいのだという。
「せっかく切り倒しても放置されているのではもったいない。そこで間伐材を糸島の人にもっと使ってもらえれば、流通も生まれて山の保全に協力できるんじゃないかと思ったんです」
糸島でもいつか店を開きたいと考えていた野口さんにとって、店を持つことはごく自然の流れ。こうして、”木を売るお店”「糸島くらし×ここのき」がスタートした。

店内に一歩足を踏み入れると、木の柔らかい香りに包まれる。壁の漆喰は、野口さんたちスタッフが自分たちの手で完成させた。

店の奥に併設された「Tana Café」。こじんまりとした落ち着くスペースで、こだわりのコーヒーを淹れてくれる。

きっかけを後押ししたい

糸島産の木材をつかった温もりのあるお弁当箱、お皿やボウル、お箸やスプーン。ネズミの形のマグネットやキリンをかたどった身長計、イスやテーブルなどの家具まで、さまざまな木工製品が並ぶ「糸島くらし×ここのき」。そのネットワークは徐々に広がり、今では焼き物、衣類、インテリア雑貨、お菓子などの食品まで、扱う製品も幅広い。

当初は木工製品が中心だった店内も、今は焼き物、食料品、本など扱う品も豊富。

ネズミをかたどった木のマグネット「てっそ」(右)と、ウサギのぬいぐるみ。

その土地のものを、その土地の人たちに使ってもらうために。野口さんにとって、この「地産地消」こそ、店の原点だ。「糸島のなかで暮らしが成り立つこと。ひいては糸島だけじゃなく、いろいろな地域それぞれの経済が成り立っていくことが必要だと思うんです」と言葉を強める。これまでも、作り手と一緒に糸島のものづくりを広める機会を数多く試みてきた。百貨店や商業施設でのクラフトマーケットをはじめ、木製スプーンや花籠づくり、コーヒーの淹れ方ワークショップなど、開かれた催し物は実にさまざま。
「私自身は、ものを作ったり教えたりできないんです。ただ、人にはそれぞれの役割があって、その“得意”と”不得意”がうまくひとつになるようなきっかけを作りたい。何かをはじめようとしている人に気づいて、その背中を押すんです。無責任にエイ!っと(笑)」野口さんに背中を押され、次の一歩につながった作家さんは何人いるだろう。ここのきには、そんな彼女の人柄と魅力を感じてか、自然と引き寄せられるように人が集まってくる。
店では、糸島の間伐材の利用方法を自ら提案し、木工職人とコラボレートして製品化した商品の販売もしている。
「間伐材の行き先ができることで、森の手入れをする人が増え、森が生き返るきっかけにもなる。森の恩恵を受けている私たちこそ自然の循環の一部に戻り、できることをみんなと一緒に考えていきたい」と、自然との関係を見直すきっかけづくりにもはげむ。

糸島の間伐材をどうにか流通させようと出発した「森と生きるプロジェクト」から生まれた「KINOKOTOBA」。柔らかい手触りとあたたかみのある見た目は木材ならでは。

「ものづくりには“自然を守りたい”だけじゃなくて、“お金が欲しい”とか“有名になりたい”という色んな気持ちがあってもいい。それが支え合ってひとつになれたら」とおおらかな表情。

持ちつ持たれつ、つながって暮らしたい

古くからの店が立ち並ぶ商店街の中に、4年前に加わった「糸島くらし×ここのき」。けれども店のもつ空気感はどこか懐かしさを感じる。
店の前に置いてある木製のベンチに腰掛けておしゃべりしているお客さんたち。下校中に寄り道して野口さんと立ち話をする小学生。毎日コーヒーを飲みに来る近所のおじいちゃんとおばあちゃんもいる。店の奥にある一畳ほどの畳スペースは、日々、小学生たちの遊び場だ。
「人と人がつながって、山と海とまちがつながって、昔と今とこれからがつながっていく、そんなところにしたい」という野口さんの思いを反映するかのように、奥のカフェでは絶えず人の笑い声が響く。この店は、この地に住む人にとっての”憩いの場”なのだ。

店の奥にある畳スペースには、糸島の間伐材から生まれたツミキが置いてある。毎日近所の小学生たちの遊び場だ。

子どもが参加できるイベントも定期的に開く。写真は、おかくず粘土を使ったワークショップ。思い思いに好きな動物を作っていく。

最近では、糸島の大自然やゆるやかな暮らし方に魅了されて、外から移住してくる人も多い糸島。
「大都市のように欲しい物が何でも揃うわけじゃない糸島だからこそ、他人に頼りながら生きていくことができるんじゃないかって思うんです。いろいろな思いを抱えてこの地に集まってくる人たちだけじゃなくて、昔から住んでいる人たちもみんなそれぞれのことをしながら、最終的には持ちつ持たれつ、お互いを支え合えるような暮らしができたら幸せです」
ものを作る人、それを売る人、買いに来る人、コーヒーを飲みにくる人、ただふらっと立ち寄る人。年齢、性別、職業も、全部バラバラ。そんなさまざまな人たちのさまざまな思いを束ねるこの店は、野口さんの生き方そのものだ。
「私は人の背中を押すだけなんですけれどね」そう謙虚に話す彼女の笑顔は、きっとこれからも、人と人、自然とまち、昔とこれからをつないでいくのだろう。
取材の帰り、車を走らせていると糸島の山々が目に飛び込んできた。私たちはなんと壮大な自然に囲まれていることか。この自然も、誰かが日々手入れをしているからこそ美しく保たれ、私たちを守ってくれているのだと思うと、よけいに愛着が湧いてくる。間伐について考えたことなどなかったけれど、自分なりにアイデアを出してみるのも面白いかもしれない。さて、どんな利用法があるだろうか。

左から、ここのきスタッフの土橋さん、前田さん、野口さん、タナカフェの田中さん、同じくカフェの浦川さん。皆さん笑顔が絶えない。

(取材・文/堀尾真理、撮影/井上)


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