佐賀の地酒の楽しみ方を発見する体験型セミナー「佐賀酒学」。業界を牽引する日本酒のスペシャリストを講師に迎え、佐賀酒の知識はもちろんのこと、佐賀県産食材や伝統工芸品と組み合わせた楽しみ方を学ぶことができます。
今秋福岡で開催された「佐賀酒学」第1回目の講師は、福岡で愛される名酒販店「住吉酒販」代表取締役の庄島 健泰さん。「酒器で、日本酒はもっと美味しくなる。」をテーマに開催された講座では、“酒器が変わるだけで驚くほど味の印象が変わる”、お酒の楽しみ方を参加者の皆さんが体験できる時間になりました。
多様な佐賀酒の中から、自分の一本を見つけるヒント
「今、佐賀酒の蔵元を担うのは、50代半ばの蔵人たちが中心。15〜50年ほど前に蔵元の世代交代が重なったことが転機となり、情報交換と相互支援によってここ10年で各蔵の品質が向上しました。地元に愛される酒と、東京トレンドの両軸を意識した酒造りで、“佐賀の酒は美味しい”という評価が浸透しています。住吉酒販にも佐賀の酒を求めて来店されるお客さまも多いです」
そう話してくれた庄島さん。今回の講座では、まず多様な佐賀酒の中から、自分好みの1本を選ぶヒントを教えてくれました。そもそも、日本酒の味は「辛い」「甘い」と表現することが多いのではないでしょうか。でも、一言に「辛口」と伝えても、「うま味が少なくて軽快なもの」「口当たりは軽いけれど、日本酒らしい熟成感があるもの」と分かれるのだとか。
そこで、庄島さんは初心者でも好みの1本を選びやすいようにと、日本酒を独自に4つのタイプに分類しています。
それがフレッシュで爽やかな「モダンライト」、フルーティーでジューシーな現代的なお酒「モダンリッチ」、穏やかな味わいで和食と好相性の「クラシックライト」、そして、どっしりとしたうま味と酸味、熟成感がある「クラシックリッチ」です。
今回飲み比べたのは、モダンライトの「鍋島 特別純米酒」(富久千代酒造)、モダンリッチの「古伊万里 前(さき) 純米大吟醸」(古伊万里酒造)、クラシックライトの「天吹 超辛口 特別純米」(天吹酒造)、クラシックリッチの「肥前蔵心 生酛(きもと)純米」(矢野酒造)。少しずつ飲み比べてみると、すっきりと爽やかで飲みやすいもの、少しクセがあるけれど香りが好みなものなど、とても分かりやすく、自分の好みが見えてきます。
またお酒が入ったことで、場の雰囲気も和んできました。数人ずつテーブルごとに分かれ、初対面同士という方が多いようでしたが、皆さん酒好きの集まり。「これは香りが華やかだね」「私はこちらの方が好きです」と会話も弾みます。私の好みは「鍋島」で、スッキリとキレのある飲み心地。会場でも、お酒の好みは分かれましたが、一番人気だったのは、モダンリッチの「前」でした。
「今、人気のお酒はモダンリッチ。テイスティングをすると8割くらいの方が選ばれます。飲食店では“辛口ちょうだい”とオーダーが入ることが多いと思いますが、実は辛口から一番遠い、華やかなお酒が人気なんです」
料理と一緒に楽しむためのペアリングのポイント
続いて行ったのは、コンビニ惣菜とのペアリングです。「カマンベールチーズに、クラシックリッチの“肥前蔵心”を合わせてみてください」と庄島さん。合わせてみると、先ほどお酒単体で飲んだ時とは異なり、なんだかまろやかで、チーズ自体もクリーミーになった気がします。一方で、一番人気だったモダンリッチとチーズのペアリングは、酸味やえぐみが出て、チーズの臭みもあるような……。同じように、サラダや焼き鮭、豚の角煮など、料理と日本酒の組み合わせを変えていくと、しっくりくる組み合わせと、お酒単体の方が好きだなと感じるものとに分かれます。
「味には好みがあるので、これが正解というものはないです。でも、組み合わせる料理によって、料理の味に溶け込んで支えてくれる、より輝くお酒があります。クラシックの酒は、単体で飲むと重さを感じることがありますが、しっかりしたうま味のある料理や食材と合わせると味に溶け込み、料理そのものを支えてくれるんです。逆にモダンは、香りや瑞々しさが “最初の一杯” に向いているタイプで、料理と合わせたときに個性が強く出る場合もあります」
軽い料理には軽いお酒、重い料理には重いお酒。食材・料理との“同調”が日本酒選びの基本とのこと。ここを抑えるだけで、お店でも、家庭でも組み合わせの幅が一気に広がりそうです。
酒器を変えれば、まるで違うお酒!「SHUWAN」を体験
日本酒の飲み比べのあとは、参加者の多くが楽しみにしていた「SHUWAN(しゅわん)」の体験です。SHUWANとは、庄島さんが「日本酒の香りや味わいを、もっと自然に、もっと立体的に楽しめるように」と開発した新しい酒器。猪口でもワイングラスでもない、どちらとも違う“第3の酒器”として注目されています。
酒器によってどんな味の変化があるのか確かめるため、ワイングラスとSHUWANで飲み比べたのは、「東一 純米吟醸 クロビン」。米から酒造りに取り組む五町田酒造から生まれた住吉酒販限定商品です。
同じお酒を入れた2つの酒器。まずワイングラスでいただくと、軽やかな飲み口と爽やかな後口のモダンな味で、思わずにんまり。ワイングラスでも十分美味しいお酒でしたが、続いてSHUWANでいただいてみると、私だけでなく、会場がざわつくほどの違いがありました。「え、さっきと全然違う」「別のお酒みたい」という声があちこちでこぼれます。
SHUWANは香りと味わいがふわりと広がり、先ほどの爽やかな飲み口から一変、ふっくらとした丸みを感じ、奥行きのある味が楽しめます。「酒器を変えたとはいえ、同じお酒だし大袈裟では…」と疑うなかれ。正直、ここまで印象が変わるのかと驚きです。
実は、SHUWAN誕生の背景には、従来の酒器では拾いきれない“日本酒の繊細な個性”がありました。そんな日本酒の良さを最大限に引き出すために生まれたのが「SHUWAN」です。庄島さんと唐津市で作陶に取り組む陶芸家・村山健太郎さんを中心に、有田・伊万里と並び、古くから器づくりが受け継がれてきた磁器の産地・肥前吉田の陶工たちの協力を得ながら作り上げてきました。
わずか1mm単位の精度が求められる成形、香りの広がりを計算した口縁の仕上げなど、SHUWANには外せない全24の工程をすべて職人の手仕事で行っています。工業製品には出せないわずかな“揺らぎ”が、香りや温度の伝わり方、余韻のふくらみ方に自然な変化を生み、酒を味わう時間そのものに深みを与えてくれるのです。
フォルムは、手のひらにそっと馴染む丸みのある形。酒器の素材や形によって、香りの立ち上がり方や味のふくらみが変わるため、同じ銘柄でも「軽やかに感じる」「うま味が出てくる」「香りがやさしくなる」など、まったく別の表情を見せることがあります。「酒器は味を“変える”のではなく、酒が持っている魅力のどこを映し出すかを決めるもの」と庄島さん。佐賀に根づく手仕事の力を借りながら、日本酒の楽しみ方に新しい視点をもたらす酒器の力に、魅了されてしまいました。
「どの一杯を、どの酒器で?」佐賀酒学で気づいた、選ぶ楽しさ
同じ銘柄でも、料理や酒器が変わるだけで、香りも余韻もまるで違って感じられる。佐賀酒学の第1回講座は、日本酒の分類やペアリング、そしてSHUWANの体験を通して、一杯のお酒の向こうに、佐賀の風土やものづくりが確かに存在していることを実感できた時間でした。
この日は、先ほどまでお酒が入っていたSHUWANをお土産に、ほろ酔い気分で会場を後に。次の一杯を選ぶときは今日のことを思い出して、「どんな香りを楽しみたい?」「どんな料理に寄り添わせたい?」と、気分や料理に合わせて佐賀酒の世界をもっと自由に、もっと自分らしく味わえそうです。
(取材:編集部、文:ライター/戸田 千文、写真:カメラマン/西澤 真喜子)










