博多まちづくりミートアップ

【後編】まちづくり視点で誕生した「ONE FUKUOKABLDG.(ワンビル)」の開発ストーリーとは? 〜ミートアップvol.33レポート〜

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前編では、天神の歴史を手がかりに、ワンビルが掲げる「創造交差点」の狙いをたどりました。後編では、モデレーターや参加者とのセッションを通じて、4つの柱(ワークプレイス/商業/ホテル/文化プログラム)の背景や運用、そして人と機能が自然に行き交う設計をどのように形にしたのかを具体的に深掘りします。

ワンビルは「不動産事業ではなく、まちづくり事業」

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モデレーター 岸本:
では私からいくつかお伺いさせてください。まず、先ほどお伺いした商業施設、オフィス、ホテル、文化の4つの柱は初期段階から決まっていたのでしょうか。

永井:
商業とオフィスは即決した一方、第三用途をどうするかは議論を重ね、創造交差点の実現にはホテルと文化が必要だと考えました。

岸本:
スカイロビーも大胆ですよね。すごく素敵な場所だと思います。でも、収益性の観点から見ると、多くの”稼げない床”があることを、社内でどのように判断されたのでしょうか。

永井:
当然、議論になりました。「貸してしっかり収入を生む方がいい」という声は当然ですよね。でも“創造交差点”を名乗るなら、新しいことにチャレンジして、これまでにない掛け合わせをつくるってことを大事にしたかったんです。テナントに貸してしまうと来訪者が限定され、混ざり合いが起きない。西鉄として、「なぜ天神の歴史から学ぶことからビルの設計・運営を考えているのか」というと、これは不動産事業でなく“まちづくり事業”だから。天神を次のステージへ上げるプロジェクトなんです。

岸本:
「不動産事業ではなく、まちづくり事業」というのは、大事な言葉だと思います。でも、まちづくり事業と捉えた際、投資回収はどうジャッジしていますか。KPIの設定があったり、単体ビルとして収益をシビアに問われていたりするのでしょうか。

永井:
すごいお金を使った事業なので、収益性は当然シビアに考えています。ただここが西鉄の面白いところなのですが、天神に多くの人が集まることを大きな価値だと捉えています。つまり、鉄道・バスの利用者が増えることを重視しているんです。良い場ができれば、来街が増え、移動も伸びます。実際に、開業前後では大きな変化が生まれています。

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岸本:
では、開業後に見えてきた課題はありますか。例えば、「ここはもうちょっとこうしておけば良かったな」「実は思うようになっていないんだよな」ってポイントを知りたいです。

永井:
個人的には、1階グランドロビーですね。“まちのグランドロビー”として、たくさんの人がわちゃわちゃと混ざり合って、そこに行けば常に何か起きている場所にしていくことが理想です。それをどう実現するかは、今後考えるべき面白い課題だと思っています。

“感度は高く、敷居は低く”。まちの人に愛される商業と文化のバランス

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岸本:
それでは、ここで参加者の皆さんの質疑応答のお時間に入りたいと思います。

参加者:
天神ビッグバンの中で多くのビルが建て変わっていますよね。その中で、ワンビルはどんな差別化を意識されたのでしょうか。

永井:
本質的には「差別化」より“まちとしての創造性をどう発揮できるか”を軸に考えました。それが結果的に、最大の差別化になると思っています。ただ商業施設としては、他と同じでは意味がない。そこでまず議論になったのがターゲット設定です。以前の福ビルは幅広い層を対象にした商業施設、天神コアやビブレは若者中心。では次をどうするか。Sクラスオフィスと一体化するビルで10代中心の商業施設はしっくりきません。そこで大人が使える、男女問わず働く人が自然に行き来できる商業施設にしようと決めました。

岸本:
リーシングコンセプト(テナント誘致戦略)の方針もその方向で建てて、テナントの皆さんに協力いただいたのでしょうか。

永井:
そうですね。 “感度は高く、敷居は低く”という方針を大事にしてリーシングを進めました。

参加者:
天神の歴史について学ばれた際にあった、“敷地の歴史”をワンビルはどう取り入れたのでしょうか。建物の南側の階段はかつての「天神コア」っぽさを感じます。これも、敷地の歴史を汲み取ったからだと思いますが、ほかにどんなものがあるのか知りたいです。

永井:
建物内は遊び心を散りばめています。例えば、南東側2階には天神コアのロゴマーク“ルビンの壺”をモチーフにした照明がありますし、当時の天神コアや福ビルの絵もどこかに飾ってありますので是非探していただきたいです。

中でも注目してほしいのは、エスカレーター横の壁面に描かれたアートタイル作品です。かつて福ビルに、「NIC(ニック)」というインテリアショップがあったのですが、ここはデザイナーや建築家が喫茶で語り合う文化拠点でした。福岡のデザインレベルの高さは、このNICが生んだともいわれています。その記憶を継ぎたくて、同じものを作るのではなく“精神”を再現。現在の壁画はNIC出身のアーティスト・鹿児島 睦さんによる作品で、NICのショップバッグのモチーフであったシマウマも描かれています。

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参加者:
社内外含めてさまざまなご苦労があったことと思います。その中でも、大変だった話があれば教えていただきたいです。

永井:
今はインターネットで何でも買える時代なので、これからの商業施設の在り方は難しく、「何階までつくるか」「どんなコンセプトにするのか」など何度も話し合いました。ホテルも規模と方向性の議論をかなりしましたね。

CICの誘致においても協議や開発にとても苦労をしました。でも「ユニコーンを福岡から生みだし、アジアで最も創造的なビジネス街をつくっていくには、スタートアップ・行政・大学・ベンチャーキャピタル・大企業が一堂に集い、世界とつながる場が必要」と信じ、粘り強く推し進めました。

大変なことは多かったですが、本音でいうと、「福岡のまちが素晴しくなったらいいな」っていう思いだけで仕事をしていたんです。「自分たちの子ども世代に、ちょっとでもいいものを残したい」という気持ちがあります。
会社にとっても天神のまちづくりは最重要課題ですから、中長期的に見て天神に必要だと考えられることについては投資を認めていただいたのだと思っています。

多様な人々が交わり、創造する。自然発生的な交流を生むための実験中

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参加者:
スカイロビーは個性的で魅力的ですが、市民にまだ十分浸透しておらず、まだ創造の土壌になっていないとも感じます。今後どんな仕掛けで、インクルージョンを進めるのか教えてください。

永井:
これも重要で面白い課題だと思っています。「多様な人が交わり、新しいものが生まれる場所」というコンセプトです。ただ、“こうすれば創造が起きる”と仕組み化し過ぎると、押しつけになってしまい、多様性を失った面白味がない場所になってしまいます。だから今は“いろんなボタンを押してみる”段階です。小さなイベントや試みを数多く行い、どんな形が本当に人を動かすのかを観察しています。

大事にしているのは「管理されている感じがしない自由な雰囲気」です。スカイロビースクエアはドリンクを購入した人なら誰でも使える場所。赤ちゃんからご高齢の方まで本当に幅広い方々が自由に過ごしています。打ち合わせやWebミーティング、試験勉強やデート、知り合いを呼び止めて立ち話しているシーンもよく見ます。そんな日常的な使い方もあれば、イベントでブレイクダンスやサーカスをしたりするなど、Thursday Gathering以外にも色んなことにチャレンジしています。この場所で思い思いに過ごしている人たちを観察することで、福岡の人たちが、本当に求めているものが見えてくるかもって。

明確な回答にはなっていませんが、運営者が全てをコントロールするような予定調和の場ではなく、自然発生的な交流が生まれる場こそが価値だと思っています。その偶然をどうデザインするかを、試行錯誤しているところです。

10年、20年後に「我がビル」と感じてもらうために

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岸本:
最後に私から、どうしても聞きたかったことをお伺いします。
ワンビル開業以降、メディアでは好意的な声も多い一方で、「俺たちの居場所じゃなくなった」という意見も結構多いと感じています。永井さんはそれをどう受け止めていますか。

永井:
開業期は「万博より人が来てるぞ」という勢いで、本当にうれしかったです。でも時が経って、「前のほうがよかった」「コアを返してほしい」というような意見も聞くようになって、正直心が痛いです。けれど機能更新していかないと街としては先細ります。だから、同じ形を続けるのではなく、新しい価値に挑戦することは間違いなく正しかったと信じています。

一方で、“自分たちの場所”と感じられない人がいるのも事実。もっと多くの人が“行きたくなる場所”をつくりたいです。若い世代が参加できるイベントや企画も考えています。やっぱり、みんなが「我がビル」と思えるようにしたいですね。5年、10年経ったときに、「俺、ワンビル好きだよ」って言ってくれる二十歳の子たちが現れたら、報われた気持ちになるのかなと思っています。



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