早良区内野の生姜農家「山の農園」

早良区内野の生姜農家「山の農園」地元のベテランと一緒に取り組む、きまじめな生姜づくり

2016.03.23(水)

山の農園 米澤 竜一さん

福岡県と佐賀県を分かつ脊振山系。その福岡側のふもとに広がるのが、早良区の内野地区です。ここは、山系を伝わる豊かな水脈と肥沃な大地がもたらす、良質なお米の産地。しかし、山あいの中山間地のため広い作付面積が確保できず、高齢化が進んで生産規模は縮小しています。そんな中、農業経験のまったくないひとりの青年が、この地の畑を借りて、生姜づくりを始めました。地元の人にやめておけと言われながらも実直な生姜づくりを続けて7年、少しずつ生産量と販路を拡大してきています。まったく”畑違い”の仕事をしていた彼が、いちから始めた生姜づくりの奮闘を、追いました。


激務の出版業から農家に転身

—生姜作りを始めたきっかけを教えてください。以前は全然違うお仕事をしてらしたとか?
ええ、僕は26才の頃にコピーライターの先輩たちと4人で会社を立ち上げて、雑誌や広告の編集や記事制作をしていました。設立から10年以上、休むまもなくがむしゃらに働いていたんですが、ある時、腸閉塞という病気で倒れて入院することになり、会社を一ヶ月休みまして。それまで、そんな長期の休みを取ったことがなかったので、張りつめた糸がぷつっと切れたようになったのか、ふと思ったんです。「俺、何しよっちゃろ。こげんことやるために生まれて来たんかなぁ?」と。このままじゃいかん、なんか別の生き方を探そう!と決意して、そんな時、古本屋で「農で起業する! 脱サラ農業のススメ」というあやしい本に偶然出会い、「これだ!」と。それが就農のきっかけです。今ではだまされたと思っていますが(笑)、こんなに面白くやりがいのある仕事にめぐり合えたのは、この本のおかげでもあるので、感謝しています。
—農業には昔から興味があったのですか?
いえ、草一本育てたこともありませんでした。でもなぜか迷いもなく、周囲の反対に耳も貸さず(笑)。農業をやろうと決めてからの行動は、早かったですね。すぐに会社を辞める準備を進めながら、新規就農者として農業を始めて成功している永香農園の片岡さんのところに弟子入りし、農業の基礎を学びました。それから、この早良区内野の農地を見つけ、思い立ってから一年たらずで就農してしまいました。

米澤さんのメインの生姜畑は、山の斜面を切り開いた段々畑の、一番上の部分。面積は2反(約2,000㎡)。農地としては厳しい条件の面もありますが、見晴らしは最高!

—農地はどうやって見つけたのですか?
農業委員さんからの紹介です。近くに温泉があって、会社勤めをしていた頃は週末によく来て、この辺の景色を眺めていたんですよ。だから、いいところだなという実感はあって。それでたまたま、内野の農地が空いていると聞いて、すぐ見に行きました。
—運がいいですね。
ええ。ただ、見ず知らずの人間に貸してくれる畑ですから、決して条件のいいところではありません。最初に借りた畑は、10年以上ほったらかしにされていた、いわゆる「耕作放棄地」です。山の中にあり一枚一枚が狭い段々畑ですので、平地の広い畑に比べると作業効率が悪く、日照時間も短いので作物の成長も遅くなります。それに、獣害もひどくて、イノシシやアナグマが畑で暴れまわったり。だから、ワイヤーメッシュを張り巡らせるといった対策まで必要でした。
—えー、それは大変ですね!
その分、メリットもありますよ。まず、山の一番水をそのまま使えます。これは、成分の90%以上が水である生姜にとっては、とても大切なこと。水が媒介する病気のリスクも少なくなります。それから、昼夜の寒暖差が大きいので、作物がおいしく育ちます。効率は悪いけれども、手間ひまをかければおいしいものが作れる土地は、僕のスタイルに合っていましたね。

脊振山から湧き出た一番水を、ホースで引いて使っています。高低差があるため、水圧を利用してポンプいらずで撒くことができるとか。

—まったく経験がない状態で農業を始めたんですよね? 最初はご苦労されました?
それはもちろん。今年で7年目ですが、毎日が試行錯誤の連続です。永香農園で1年間習い、熊本の生姜の名人のもとでも勉強させてもらいながら、満を持してスタートしたつもりでしたが、自分で育ててみると、まったくうまくいかない。頭ではわかっていても、実際にやってみるといろんな手落ちがあるんです。それに自然が相手ですから、毎年、想像もしない出来事が起きる。台風で、生姜の新芽がなぎ倒されたこともありましたし、今年は、雪でビニールハウスが潰れてしまいました。でも、そんなことでへこたれちゃいけないし、へこたれる暇もありません。農業の場合、特に生姜は1年で1回しか作れませんから、毎年が本当に真剣勝負です。
—地元の人との交流もあるんですか。
ええ。地元で農業委員をされている正崎さんをはじめ、内野の方々は、みなさん非常に開放的で。野菜をいただいたり、いろいろ手伝ってもらったりと、お世話になりっぱなしで感謝のしようがありません。私も、もっとがんばって、いつか内野のみなさんに、お返しができるようになりたいですね。

何でも気さくに話せるという米農家の正崎さん(左)。猪狩りの名人でもあります。「最初は農業なんてやめとけって言っとったとですよ。でも今では立派んなって」。米澤さんを見る目はまるで息子のよう。

—いろんな作物がある中で、なぜ生姜を選んだのですか?
1年目にお試しでいろいろと作ってみた中で、割と上手にできて、自分に向いていると思いました。健康野菜としてブームになりつつあったというのも大きかったですし、僕自身、生姜が大好きなんです。自分が本当に好きなものじゃないと本気で作れないので。それに、加工品としての展開も面白そうでしたし、実際に、生姜ジャムを作ってみたら、すごく反響がありまして。最近では、生姜の飴やかりんとうも作りました。

「koto koto kitchen」ブランドで出している生姜ジャムと、自家製の生姜粉末で作ったしょうがあめ。生姜ジャムは、奥様の手作りです。SNSを活用してプロモーションし、じわじわと人気上昇中。

—生産や販売で大事にしている点はありますか。
まずは、安心して食べられる生姜作りですね。始めた当初から農薬は必要最低限に抑えてますし、自分の生産技術が上がっていくにつれて、使う量もより少なくて済むようになっています。また、人間でも食べられる大豆や米、麦など穀物を使った安全な有機肥料を使って、土作りをしています。販売の面では、当初は秋の新生姜のシーズンだけ販売していましたが、その後、地下室を活用するようになり、一年中生姜を出荷できるようなりました。
—農業を初めて現在7年目ですが、収支の方はどうですか?
お恥ずかしい話ですが、最近になってようやく、なんとかなってきたという感じです。農業といっても新規事業の開業ですので、最初は本当にお金がかかりました。若干の貯蓄はあったのですが、初めて最初の1〜2年で全部使い果たしました。2012年に農水省の青年就農給付金制度ができたので、今から農業を始める方は、僕が始めた頃よりスタートしやすくなっていると思いますよ。ただ、楽をすれば苦労が先延ばしになるだけですので、給付金には頼りすぎない方がいいと思います。

米澤さんの生姜は、みずみずしくさわやかな辛みが特徴。「うちの生姜は、生きたままでお店に並んでますから。地中に植えたら芽が生えてくるくらい、新鮮です」と米澤さん。

—なるほど。今後の目標はありますか?
まずは、生姜の畑を5反まで拡大して、生産量をもっと増やすことです。それから、妻が中心になって作っている生姜の加工品も人気が出てきたので、専用の加工所を作り、生産と販売体制を確立し、自前の販売チャネルを持てたらと思っています。
—それはいいですね! 最後に、この地域が今後目指す姿について、米澤さんの意見を聞かせてください。
内野地区は中山間地ですので、大量生産の野菜づくりには向いていませんが、水のきれいさ、空気のきれいさ、土質の良さがあって、とてもおいしい野菜が作れるんです。福岡市内まで近いというメリットもあります。最近は都会に限らずとも、いいものは多少値段が高くても買う人が増えていますよね。だから、きちんといいものを作って、それが支持されて、生産者も増え、地域が活性化するというサイクルを作っていきたいですね。まだまだ成功とはいえませんが、その道筋をちょっとでも切り開いていけたらと思っています。

kotokoto kitchen by 山の農園

ブログURL http://koto2yama.exblog.jp/
問い合わせ yamanonouen@gmail.com

※「山の農園」米澤さんの生姜は、現在、JA福岡市直営の「博多じょうもんさん 入部市場」、「博多じょうもんさん 福重市場」、等で購入できます。


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