日々のてまひまの日々

樋口さんの日々

日々のてまひま」立ち上げのきっかけを作ったが、「NPO法人まる」代表である樋口さん。障害のある人たちの一番近くで働き、その活動を支援してきたからこそ分かる社会福祉施設の現状と「日々のてまひま」に賭ける想いを伺ってきました。

障害のある人に対する 社会の価値観を楽しく愉快に変えていきたい

樋口さんがこの世界に入るきっかけとなった、長渕剛大好きなひろしさんと一緒に。

工房まるメンバー達の作品がデザインされた、遊び心満載のオリジナルカレンダー「maruカレンダー2015」。

運命は突然に

福祉施設を取材するのはいいが、障害者の友達はいないし、彼らとどう接したらいいかも分からない。上手に笑顔が作れるだろうか? そんなことを考えて緊張していた私の心を見透かしたように、樋口さんが「工房まる」を初めて訪問した時の話をしてくれた。

「実は僕も初めて「工房まる」を訪ねたとき、メンバー(利用者)達のいるアトリエに行けなかったんです。どうやって声かけたらいいんやろ? 普通に挨拶していいとかいな? 変にテンションあげて行くのも恥ずかしいなぁと、余計なこといっぱい考えて固まってしまって」。もともとは会社員兼バンドマン、障害者福祉についての知識は皆無だったという樋口さん。バンドを解散して将来への不安を漠然と抱えていた時に、音楽で繋がりのあった友人の吉田さんが開所した福祉施設「工房まる」に「遊びに来ない?」と誘われたという。

事務所で固まっている樋口さんを見かねた吉田さんから「これみんなの前で弾いたらおもしろいよ」とギターを手渡され、ギター片手にアトリエの扉を開けることに。それが運命のはじまりだった。「こんにちはーって登場したら、速攻みんなに囲まれましてね。「長渕剛弾いて-」とか言われて、自己紹介する前に歌わなくちゃいけないはめになっちゃって」。ギターを鳴らした瞬間に、メンバーみんなが手拍子とタテノリでノリノリに。「それがめちゃくちゃ心地よくて。僕が今まで経験したライブを越える楽しさだった。僕もテンションあがっちゃって、必死でテクニックを披露していくわけですよ。最後には感極まって泣きそうになっていましたね」。その後は、今まで何を悩んでいたんだろう? と思うくらい、音楽などの趣味の話を木工作業しているメンバーと交わしていたという。その時の心地良さが忘れられず、1か月後には転職。3日目には自分の好きな音楽を流しながら送迎をしていたそう。「今もずっとあの時のライブ感が続いているんですよ」と楽しそうに話してくれた。

1997年に吉田さんが開所した福祉施設「工房まる」に樋口さんが加わったのが翌年の1998年。10年近く「工房まる」で障害のあるメンバー達の支援をして福祉分野の経験を積んだ。2007年に「工房まる」が法人化されると同時に「施設運営だけでなく、障害のある人達をもっと地域や社会とコミットさせたい!」と、樋口さんが代表となり「NPO法人まる」を立ち上げた。「工房まる」でのアート活動の経験を生かし、「工房まる」以外の施設の仕事を仲介したり、施設関係者を対象とした人材育成セミナー等を開催。これらの活動で多くの福祉施設と繋がるうちに、樋口さんは各施設が「どうすれば売れる商品ができるのか」に苦悩していることを痛感したという。

工房まるが手掛けるアート作品たちは、樋口さんの手により社会へどんどん進出中。

お情けは通用しない

2006年に障害者支援に関する法律が変わり、それまでは「障害者をケア」すれば良かった施設が、「障害者の仕事を創出して給与を支払い自立を促す」という流れになった。法律が変わったことで設備投資はできても、生産力を高めることはなかなか難しい。クッキー1枚作るにしても巷の菓子店の味とは雲泥の差だった。「モノを作って売るためには、商品開発・製造・管理・営業と多くの業務をこなさなくてはならないのに、職員は障害者の日々のケアで手一杯。そもそも人材がいないんです」。

大半の施設は作ったものを地域のバザーなどを中心に販売しているが、ある程度しか売れない。そこで発生してしまうのが「障害者が頑張って作っているから買ってください」という構図だ。「昔はそんなお情けが通用したが、今は商品勝負でやらなきゃいけない時代。市場はちゃんとしたものを買いたがっているのに、施設が完全についていけていない状態なんです」。

樋口さんは施設に対してセミナーやワークショップを開き、商品開発やデザイナーと繋がる方法、工賃や値段のつけ方、販路開発のやり方などを惜しみなくレクチャーしてきた。功を奏し、魅力的な商品を作れる施設が増えてきたが、やっぱり売り続けられないという。
「商品を魅力的にしていくためには、デザインやマーケティングなどの専門知識と販売のノウハウが必要です。僕もまだ福祉職員がちょっと外を意識するくらいのレベルでしかない。ある程度のアドバイスはできても、なかなか実行には移せなかったっていう感じですね」。
プロの手を集め、市場の需要に応え得る魅力的な商品を作って販売する『中間支援』をしたい。それが『日々のてまひまプロジェクト』立ち上げのきっかけだった。

日々のてまひまが手掛けた商品第一弾『彩りパスタセット』のパンフレットの写真には、どっかーんと落書きが描いてある。「障害者の商品に落書きするとは、けしからん!」なんてお怒りの声が聞こえてきてもおかしくない。

ポリシーは、「愉快に楽しく!」

「施設にはおもしろいストーリーがいっぱいあります。彼らは楽しく作っているのに、その思いが残念ながら届かない。福祉とか障害者って社会的に重い印象があるじゃないですか。僕はその価値を軽くして、深くして、そして最後には愉快にしたい。そのために間口をひろげて、施設の日常ってユーモアたっぷりですよ! 楽しいんですよ! っていうのをちゃんと発信したいんです」。パスタの制作メンバーの写真に、同じ障害者である「工房まる」のアーティストが落書きをする。あまりのインパクトに思わずパンフレットを広げてみると、そこにはパスタの作り手である施設メンバー達の愉快なストーリーがあり、笑って熟読してしまう。「実はライターさんの最初の原稿に修正をお願いしたら、想像以上に愉快なものが上がってきて。施設に原稿チェックを出す私の方がドキドキしました。ありがたいことに、施設長も超喜んでくれたんですけどね」。オシャレなだけじゃない、ふざけているわけでもない、「日々のてまひま」だからできる計算。こんなチャレンジが可能なのも、障害者や施設のことを理解し貢献してきた樋口さんがいるからこそだ。

「僕らは福祉施設職員ではなく、彼らを社会とつなぐプロデューサー」樋口さんはスタッフに常にこう言っているという。「福祉施設や障害者に対して、よく知らないが故の誤解や嫌悪を抱いている人はまだまだ多い。これは福祉の根強い問題だと思うんです。僕らはそんな社会の価値観を、正しく真面目にだけじゃなくて楽しく愉快にも関われるって変えていきたい。障害者と関わるのにマニュアルなんかなくて、ごく普通にボケたり突っ込んだり、何気ないコミュニケーションを楽しんでいけるように垣根を飛び越えてもらいたいんです」。

ビックウエーブの予感

樋口さんが「日々のてまひま」を立ち上げたことで、今まで事業として関わってきた案件に具体的な話ができるようになった。施設に出向き「日々のてまひま」のコンセプトを説明すると、施設側が商品を提示してくれるというすごくシンプルな関係もできた。「うちの商品を扱ってくださいと期待されると嬉しいし、同時にプレッシャーもすごく感じます。こんなにスペシャルな知識と技術が集まっているんだから、これから素敵なことが起こるに違いないと確信しています」

今まで樋口さんと繋がっていた施設が、「日々のてまひま」の仕組みや姿勢をみて素晴らしい! と感動してくれる。福祉に携わる人も喜んでくれる。「ようやくここまで形にできました。もう波は起きているし、それをしっかり大きくして結果を残していかなければいけない」。

現在、障害者アートの著作権管理、商品を開発・販売するためのコンサル事業、施設職員を悩ます煩雑な書類のシステム化なども計画しているという。
「日々のてまひまのメンバーには、商業、プランニング、プロダクトデザイン、Webデザインなど、各ジャンルのスペシャリストが集まっているんです。僕が“福祉施設の抱える問題”を話す度に、いろんなアイディアが湧き出てくるのがすごく気持ちいい。それできる! できる!! って」。今までずっと一人で考えていたことは何だったんだろうと感じるほど、アイディアがどんどん前進するのがわかるという。樋口さんのエネルギー溢れる笑顔から、このプロジェクトへの期待の高さが伝わってくる。

インタビューの最後に、これからの展開について尋ねてみた。

「施設には障害のあるメンバーに対するケアと商品の製造に専念してもらうことができれば、障害者の自立への近道になると思うんです。日々のてまひまがビジネスの領域でムーブメントを起こし、社会への発信力となることで、障害のある人に対しての関わり方をちょっと考えるきっかけが生まれる。福祉施設側も、“できない人をフォローする”のではなく、“彼らができること”をしっかり社会に繋げていく。そんな価値観がちょっとずつ広がっていけばいいなと。その先に待ってる結果はもう想像できるでしょって感じです。楽しいことをどんどん起こしていきますよ!」

突然歌が始まったり、誰かのおかしな発言に爆笑したり、工房はいつも明るくにぎやかだ。

profile

NPO法人まる 代表理事 樋口龍二
音楽活動をしながら染色会社に勤務していたが、工房まるの施設長である友人の吉田氏に誘われ1998年に「工房まる」に転職。障害のある人たちと社会をつなげるコーディネーターを目指す。2007年NPO法人まるを立ち上げ、コミュニケーション創造事業を設立。障害のある人たちのアートイベントの企画・運営、行政や企業との合同イベント企画・運営、その他の啓発活動を行う。同時に「エイブルアートカンパニー」の福岡事務局も務める。障害者の社会参加と自立支援に対する取り組みが高い評価を受け、平成26年に第22回福岡県文化賞を受賞。

3月の日々のてまひまの日々は…?!

みなさんは障害者施設にどんなイメージを持っていますか? 失礼ながら私は「ちょっと暗くて閉鎖的」な印象を持っていました。しかし!「工房まる」は、とにかく愉快でなんだかオシャレ。施設の暗いイメージを爽快に覆してくれたのです。

次回は、樋口さんを福祉の世界へ引きずり込んだ吉田さんにインタビューしながら、工房まるをディープにお伝えしていく予定です。

(取材・文/いはらともえ)


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