正直ブランド

暮らしのなかに草花を。

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2013.10.16 up

福岡市博多区の御供所町。歴史ある寺社が並ぶ寺町の細い路地に、小さな花屋「月麦(つむぎ)」がある。店主の沢村日菜さんが育てる草花は、どれも凛としてたくましい。
贈答や装飾用としての花は、その美しい見た目がすべて。少しの傷も許されないため、農薬の力を頼らざるを得ないのが一般的という中で、できるだけ自然の循環に沿った栽培法を選んだ沢村さん。どのような想いで草花と向き合うのだろう。

自分が育てた花を

梅雨の晴れた日、店内に足を踏み入れると、薄夏の香りに包まれた。店には、アジサイ、ジューンベリー、バラなど、季節の花がずらり。ホーローのバケツ、陶器の平皿、逆さにした電球などを鉢や花瓶代わりに、心地いい距離感を保って飾られている。
「このアジサイは、うちの畑で育てたんですよ」穏やかな笑顔で迎え入れてくれたのは、店主の沢村日菜さん。店から少しはなれた自宅の庭で、草花やハーブを一人で育てている。

月麦の店内。栽培に力を注ぎはじめてからは、それまで週に5日開いていた店が2日しか開けられなくなった。それ以外は、予約による販売だ。

自然栽培の花。その栽培・流通は、全国でも数少ない。一般的な花栽培では、虫食いなどを避けるために農薬が使われることがほとんど。殺虫剤以外にも、除草剤、鮮度保持剤、水揚げ促進剤、色に変化を与える着色剤、ピカピカに見せるためのワックスなど、さまざまな化学薬品の使用は珍しくないと言われている。花は、野菜と違って直接体内に取り込むものではないため、化学薬品の使用基準や規制がなく、市場でもその種類や量は明確に表示されていないのが現状だ。
沢村さんがそんな花に疑問を持ちはじめたのは、15年ほど前。生け込み、花束、ブライダルフラワーなど、大手の花屋であらゆる花の仕事を手がけていた頃だった。花好きが高じてこの道に進んだ沢村さんにとって、「とにかく花を触るのが好きだったから、本当に楽しい毎日だった」というその思いに反して、声が出にくくなったり、咳が止まらなくなったりと、徐々に体調の不良に見舞われるようになった。
「朝から日が暮れるまで、一日中お花に触れていました。もしかしたら、そのせいかもしれないって思いはじめたんです」。体調不良と並行し、「花を花として扱えなくなってきている自分にも気がつきました」という沢村さん。
花屋を退社し、自宅をアトリエにして花教室や花の予約販売などをしながら、無農薬で花の栽培もスタートした。
「その頃はただ勘で、花を育てるなら無農薬だなって思っていました。昔から虫が好きだったから、虫をむやみに殺すことに抵抗があった。それに土も汚されるし、きっと人の健康も、って」
8年前に「月麦」をオープン。今では30平米ほどの広さの庭いっぱいに、季節の草花を育てている。

こじんまりとした店内には、市場で仕入れた花と沢村さんが自然栽培で育てた花が並ぶ。色、形、大きさによってディスプレイにはさまざまな工夫が。

陽射しが心地よい軒先には、多肉植物が慎ましく並ぶ。

季節の花オルレアは、市場で買い付けたもの。市場では農薬の使用履歴は分からない。沢村さんは「長年のカンで選んでます」と話す。

雑草も虫もそのまんま、だけど手はかける

店から車を走らせること40分。川や田んぼに囲まれた西区の郊外に、沢村さんが花を育てている「つむぎ畑」がある。畑にはこの日、アジサイ、シモツケ、オリーブ、バラ、ハルジオンといった季節の花をはじめ、ミント、和ハッカなどのハーブが、足首が隠れるほどに茂る。ところどころに生えたセイタカアワダチソウを指差して、「この子にアブラムシが寄ってくれるから、ほかの花には寄らないんですよ」と沢村さん。「この子」という言葉から、雑草扱いされてしまいそうな草花にも他と変わらず愛着が伝わってくる。
もともとコンクリートでがらんどうだった庭を、地道にコンクリートを剥がして土を敷き詰め、畑につくり変えた。苗を植え付けたり、種を蒔いて育てるうちに、緑あふれるガーデンになった。

つむぎ畑では、雑草や虫たちも自然のままで、季節の草花が思い思いに咲く。

つむぎ畑では、ビニールハウスや温室を使わない“露地栽培”が中心だ。ビニールハウスをメインとするいわゆる“施設栽培”では、一年を通じてさまざまな花を育てることができる。それに比べて露地栽培は、育てられる花の種類や時期が限られる。「だからいいんです。四季折々の花を見るのも、また楽しいんですよ」ここでは、農薬や化学肥料を一切使用しないだけでなく、土を耕すこともせず、できるかぎり“自然の状態”で花を育てている。取り入れているのは、「自然農」と呼ばれる農法だ。耕さず、虫や草を敵とせず、農薬や肥料を使用しないのが特徴で、環境に負担の少ない永続的な農法として、その大きな可能性が注目されている。

つむぎ畑でも、雑草は一度にすべてを刈るのではなく、手で少しずつ刈り取っていく。草に寄ってくる虫の居場所がなくなってしまうからだ。少しだけ刈った草はその場に寝かせられ、微生物、虫の糞や死骸とともに肥料となり、ゆっくりと時間をかけて土を肥沃にしていく。立派な花を咲かせるための肥料も、「花の育ちが悪いときは頼りたくもなるけど使いません」と沢村さん。「自然は絶妙なタイミングとバランスの上で成り立っていると思うから、それをなるべく壊したくないんです」と語る。

庭の手入れをするうちに自然にできた“けもの道”は、飼い猫たちの散歩道でもある。

いのちと共存した花づくり

もともとパーマカルチャーに関心があった沢村さんは、2011年3月に起きた福島第一原子力発電所の事故をきっかけに、自然農にシフトした。農法の根底にあるのは、土、水、草花、野菜、虫、人間など、すべての“いのち”のあるがままの姿に寄り添い、従うこと。
ゆえに虫や草を敵とせず共存している“いのち”と見なすので、農薬を撒いたり雑草をむやみに引っこ抜いたりもしない。またその土地の循環をなるべく乱さないように、大型の設備や機械など外部の力は極力持ち込まず、使うのは少しの道具と人の手。あとは、ただただ自然に委ねるのみだ。
「畑を見ていると、私もこんなふうに生きていければって思うんです。それぞれのいのちが、生かし生かされ合って輝いているということを、自然はちゃんと知っているから。3.11以降、私たちの生き方がさまざまな問題を引き起こしているということに気がつきました。問題はひとりひとりの内側にある。生活を見直さなければ、また同じことが繰り返されてしまう。私は自然農に出会い、ここに答えがあると思えたのです」

今年から新しく田んぼを借りて、自然農の米づくりにもはげんでいるという沢村さん。ただ農薬を使わない花や米の栽培を目指すのではなく、その根っこにある“生き方”を模索してたどり着いた場所だ。
「農薬や肥料は、使えば使うほど土壌が汚れて微生物が住みにくくなり、土がやせる。結果、また肥料にたよらざるを得なくなる。農薬に限らず、私たちはこの悪循環の中にいるのではないでしょうか。農薬を使うこと=悪いのではなく、経済や見た目を重んじるこの社会の風潮に問題があるのだと思うのです」と語る。

brand_tsumugi08今年から田んぼを借りた沢村さん。雑草と共存した自然農の米づくりにもはげむ。「いのちがあふれている田んぼです」

草花をもっと身近に

カットされた草花を待っているのは、水揚げ作業だ。切り花をいかに元気に、長く保ってあげられるか。そのためには、この行程がもっとも重要だという。
例えば水揚げが難しいアジサイの場合、茎をトンカチで砕いて吸水面を広げ、ビニール袋をかぶせて保湿し、茎のなかを掻き出してミョウバンをすり込むことで消毒し吸水を促すなど、ざっと挙げただけでも想像以上に手間がかかる。気の遠くなるような作業を経てようやく、デリケートな切り花を美しく保てるようになるのだ。けれども沢村さんは「面倒だと思われるかもしれませんが、水揚げ作業も楽しいんですよ」と、なんとも軽やかだ。

沢村さんが手がけたブライダル用のブーケ。ラグラス、小菊、のこぎり草、ブルゴーニュなど、初夏に咲く白い花の組み合わせ。

沢村さんの大切な仕事道具であるハサミ。花の種類や特徴によって使い分ける。黒いハサミはかれこれ18年も使っていて、思い入れの深いものだそう。

ドライフラワーは、ひとつひとつ屋内に吊るして乾燥させ、店のディスプレイやイベントの演出に使われることが多いのだとか。

アジサイの水揚げは素人の手におよばずとも、頂き物の花束や庭に咲く草花くらいは、生き生きと飾ってあげたいもの。そこではじめたのが、「はなあそび」という名の教室だ。つむぎ畑で育てられた花を使って、季節のコサージュやリースを作ってみたり、気のおもむくままに生けてみる。扱う花の種類も、春の花、和花、ハーブ、葉っぱ、なかには苔玉などユニークな素材も登場する。「参加者から、花が好きになりましたという感想が寄せられたときは、本当に嬉しかった」と話す。誕生日、記念日、お祝いと、特別なときに欠かせない花。だけれどこの道20年の花屋が目指すのは、特別なものとしての花だけではなく、日々の暮らしの中に当たり前にある花なのだ。「普段は教わることがないけれど、水揚げの仕方とか生け方とか、知っているだけで本当に日常が豊かになると思うんです。小学校でも取り入れたらいいのに」。こんな身近な草花が、切り方や生け方次第で、いつまでも眺めていられるような美しさを放ってくれることを、幼い頃から知っていたら、どんなに豊かだろうと想像する。

畑からの帰り道、小さい頃に原っぱのシロツメクサを摘んでは花かんむりを作って遊んだ記憶がふと蘇った。最近とんと花なんか摘んでないけれど、たまには道ばたや庭の隅に咲く花に目を向けてみるのもいいかもしれない。まずは足下に咲く花から。

夜のはなあそび。つむぎ畑のハーブをメインに、思い思いに束ねていく。

まるで森のような玄関先にて。「花を見てると、自分のこと解っている気がします」と、植物に対する気持ちはどこまでもまっすぐ。

取材・文/堀尾真理 写真/木下由貴

アナバナ取材メモ

  • つむぎ畑にお邪魔した際、一番最初に目に飛び込んできたのが、庭の隅でなんとも気持ち良さそ〜うに寝そべる猫たち。自然に任せて育つ草花のなかで、安心しきってお昼寝中のご様子でした。分かります。私も取材中、「この庭でコーヒー片手に読書なんかしたら最高だろうなあ…」と何度頭をよぎったことか。そんなリラックス度満点の畑ですが、今後「はなあそび」の教室として開放していく予定だそうです! 「まずは足下に咲く花を自らの手で摘んで、水揚げするところから」とおっしゃる沢村さん。コーヒー片手に読書も夢ではありませんね。


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