正直ブランド

日用品を愛用品に。

2013.7.16 up

毎朝8時になると、広いリビングのフローリングをほうきが走る。掃除と言えど、決して力は入れない。すーっとやさしく頬をなでるように、ゆるやかに。「このほうきはね、30年以上毎日使っているんですよ」。棕櫚のほうきを製作する『まごころ工房 棕櫚の郷』の看板娘・木下貞子さん愛用のほうきの毛先は、健やかな女性の髪のように艶やかだ。天然素材のほうきは、使えば使うほど味わいが増すと言う。

自然がくれた天然のワックス。フローリングにこそほうきを!

『まごころ工房 棕櫚の郷』は、自然豊かな福岡県うきは市にある。工房に向かう道中、JR久留米駅から久大本線に乗り換えると、目前に広がるのはのどかな田園風景。電車は30km以上も連なる耳納連山に平行して走り、窓をのぞけば農作業を終えたおばぁさんが丸太を椅子代わりにしてひと休憩している。そんな景色のなかで、棕櫚のほうきは作られている。
到着して早速ほうきを持たせてもらった。掃除道具と言えば掃除機が主流の現代、ほうきに触れるのはとても久しぶりのように思う。すらっと伸びた柄を手にとれば自然と背筋が伸びて気持ちがいい。床を掃くと小さな埃が次々と吸い付き、やわらかな毛先が通り過ぎた後は、空気までもが一新されるようだ。
「棕櫚とは、ヤシ科の常緑樹のこと。皮の繊維をとかしてほうきの毛先を作ります。皮は油分を含んでいて、言わば天然のワックスになるんです。シダなどの他の植物でもほうきは作りますが、棕櫚は格別。埃も吸い付きますし、同時に床の表面のケアもできる。だから畳のみならず、フローリングの掃除にもどんどん使っていただきたいんです」と貞子さん。独特のしなやかな毛並みやこの油分しかり、棕櫚のほうきには、自然がくれた産物が充分に生かされている。

30年以上愛用しているというほうきで、毎朝掃除するのが貞子さんの日課。「連ドラを見ながら、ささっと掃くんですよ〜」

環境問題や省エネの波に押され、
棕櫚のほうきが復活!

環境問題が取り沙汰される今では、電力を使わずに掃除ができる昔ながらのほうきが暮らしの道具として見直されはじめたが、明治時代から日本で当たり前のように家庭や学校で使われていた棕櫚のほうきは、時代の波に押され息を潜めた。
「今うちで使っている原料の棕櫚は、専門業者から仕入れているんだけど、かつてこの一帯の山々でも生産されていてねぇ。家業と言えば農家が多く、農閑期の間に棕櫚を収穫してほうきを作ったり、残りの材料で農作業に使う縄ヒモをよっていたんよ。うきはをはじめ筑後地域の人々の生活と棕櫚のほうきは、切っても切れない関係だったんだけど...」と御年79歳になる工房の初代であり会長の且益(かつよし)さんが語る。高度成長期が訪れ、掃除機が一般家庭に普及し始めると、ほうきの需要も激減。生産のピークを迎えていた40年ほど前には100人を越える従業員がいたが、発注が減るにつれて事業も縮小せざる終えなくなり、家族中心の経営を余儀なくされた。うきはに数十軒あったほうきの工房も、ここのみになってしまったと言う。
そんな棕櫚のほうき作りが再び脚光を浴びたのは、20年ほど前。きっかけは、テレビの取材からだそうだ。九州の職人を紹介する番組で、且益さんが出演。昔ながらの手法をかたくなまでに守り続ける職人の姿がブラウン管に映し出された。「放送が終わった瞬間から、注文が殺到してびっくりしたよ。昼夜を問わず電話が一週間ほど鳴り続けたねぇ」と、当時の様子を振り返る。

作業場でいつもの椅子に腰をかけて作業する且益さん。

デフレに消費社会…。
時代が変われど、まごころで作る。

ほうき作りの工程を覗かせてもらった。主にほうきを作るのは、職人である且益さん。今やほうきをいちから手作りできる職人は、全国でも且益さんを含めて3人ほどしかいないそうだ。棕櫚の皮が何十段にも積み上げられた作業場で椅子に座って皮の良し悪しを選定し、皮を束ねて捌いていく。一見完成品とも思えるほうきが工場の天井から100本近くも吊るされているが、作業はまだまだ続く。捌いてもとりきれない皮の繊維を叩いて除き、さらには水洗いして日陰で干す。この作業を何度も繰り返すことによって、美しくてなめらかな毛先ができあがる。完成までに要する時間は、およそ1ヶ月。その苦労を聞こうとしたが、「愛娘を嫁に出すような気持ちで一本一本作っとるんよ」とこの道61年のベテランの口元はほころんでいる。

ほうきの毛となる棕櫚の皮。良質なものを見極めて使用する。「皮が厚くて、繊維が詰まっているものがいい。そういう皮はどんどん光っていくから、光皮(ひかりがわ)って呼ばれているんよ」

皮を丸めてステンレスの線で巻き付ける『玉結い(たまゆい)』の作業が終わったら、柄に針金を巻いて皮を通していく組み立ての工程に。

組み立て終わった毛を一晩水につけて、機械で捌いて毛の長さを揃える。その後は、作業場の天井に吊るして毛を乾燥させる。

乾燥させた棕櫚は埃が出てくるので、埃落としの機械を使って埃を落とす。「埃がでないように、再度水洗いして乾燥させて…を繰り返してようやくできあがるんよ」

仕上がりの最終チェックを担うのは、2代目であり社長を務める宏一さんだ。且益さんが作り上げたほうきをさらに捌き、毛先の長さを調える。お客様へ手渡す最後の砦ということもあり、宏一さんの目は鋭く、真剣そのもの。「ほうきはあくまで暮らしの道具であり、消耗品じゃないんですよね」と言いながら一本のほうきの仕上げに2〜3時間かける。そうやって厳しいチェックを受けて作り上げられたほうきは一生ものだ。お客様のなかには、60年以上使っている人もいると言うが、この丁寧な作業工程を見れば丈夫でしなやかなものができ上がるのは、素人が見てもよく分かる。

且益さんの息子であり、社長の宏一さんが仕上げの担当。

何度も何度もといてから毛並みを整える。短い毛や長い毛を見逃さずに。最後に椿油のスプレーをかけて完成。

完成品に貼るラベルを書いたり、手紙を添えたり、ほうきにかぶせる布を作るのは、女性陣。且益さんの妻である貞子さんは、絵を描くのが趣味で、パッケージを製作したり手紙に筆でさらりと季節の花々を描き一言添える。「お客様からいただいたお礼状は、一枚一枚ファイルに入れて保管しているんですよ」と貞子さん。手紙はどんな小さなものでも保存しており、1年分の便りを1冊のファイルにまとめる。この方は北海道で出会ってお付き合いが10年になるとか、お孫さんが生まれたのだとか、俳句が上手な方がいるのだとか―。全国各地で自分たちが手がけたほうきを愛用してくださっている方々への想いが止まらない。

お客様からいただいた手紙をテーブルいっぱいに広げる貞子さん。いただいた手紙には返信も必ず忘れない。

達筆な貞子さんは、パッケージも担当。「何でも手作りするのが好きなんです」

ほうきにかぶせるカバー(別売り)は、久留米絣を使って製作。

話を聞き終えると、辺りの景色は少し茜色に染まっていた。帰りの電車に飛び乗り、再び田園風景を眺めながら木下家のみなさんの仕事ぶりを振り返る。ふと、買って帰ったほうきが目に入った。〝まごころ工房〟と書かれたパッケージ。それは、どんな時代が来ようとも自分たちは変わることなく真剣に心を込めて仕事をするんだという決意。〝名は体を表す〟とは、このことだと腑に落ちた。

(取材/文/撮影 ミキナオコ)

アナバナ取材メモ

  • 「棕櫚のほうきを嫁に出す時は、実は仕上がりは50%程度なんですよ。使っていく人がかわいがってくださるうちに、いいほうきになっていくんです」と貞子さん。確かに、新品もさることながら、貞子さんが30年以上使われているほうきの方がとてもツヤツヤしていて魅力的でした。私も買って帰ったほうきを育てていきたいなぁと思いました。
  • [まごころ工房 棕櫚の郷]
    福岡県うきは市浮羽町浮羽301
    ☎0943-77-2212
    http://houkiya.jp/

    ■ 工房では、メンテナンスも行っています。
    購入後の相談もお気軽にお問い合わせください。

(左から)極撰はたき7,350円、極撰荒神8,400円、まごころ長柄17,850円
*上記は2013年までの価格です。素材の価格高騰により2014年より価格変更の可能性があります。


POPULARITY 人気の記事

PAGE TOP